第拾玖話 その探偵、ベテランにつき。
「う、嘘だろだろ……」
「いいや、白宮。これは本当の話だよ。今聞いたんだ」
今しがた歩矢から電話で聞いた話を出来るだけ冷静に努めて2人に話した。
「お前……! 吐いて良い嘘と悪い嘘の区別も……」
3人だけの部屋に取り乱した華鳴の怒鳴り声が木霊するが後ろからそっと恋奈に抱きしめられ、押し黙る。
それでも華鳴の目つきは未だ鋭く、荒ぶる心が落ち着きを見せる気配はない。
「華鳴ちゃん……」
音を嚙み殺したような静かな声が緊張感で静けさで満ちた部屋でいやに響く。その目には涙が溜まっていていつ決壊してしまってもおかしくはない。
「恋奈……というかお前ら、なんでそんな冷静でいられんだよ」
取り乱し恋奈がそんな様子になっていることにも気付けていない華鳴は彼女を睨め付けながら押しのけ、腹の内からイライラを吐き出すように鋭く言葉を発する。完全に八つ当たりだ。行き場のない不安とイラつきが自分よりも冷静な2人に向いてしまっているようにしか見えない。
そして拳を固く握り締め、仁王立ちになる。
もう誰も信じない、これ以上近寄らせない、そんな意思が感じて取れる姿勢だ。
「華鳴ちゃん。私だって、同じ気持ちなのですよ」
「それは僕だって同じだ」
「うるさいっ! そんな、そんな冷静でいて何が同じ気持ちだ。嘘を吐くのもいいかげんにしろっ!」
恋奈が涙を堪え切れなくなりポロポロと零しながら話しかけようとも和州が恋奈と一緒に声を掛けようともそれら全ては受け入れられない。むしろ、華鳴は肩で息をして更に心を閉ざそうとしてしまう。
これはもう、何を言っても止められない。和州はそう確信し言葉も発せられずただもどかしくなるだけ。
和州は華鳴もここから離れて行ってしまうのかもしれないと諦めかけてしまっていた。
その時。
「あたし、1人でやる」
華鳴はそう言い外へと駆けだしていってしまう。
「お、おい……白宮!」
横では恋奈が追いかけに行く傍ら和州は声を上げるものの体が動かずただ立ち尽くすのみ。
そういう点では和州は探偵である自分とそれ以外の人では違うものだという認識が拭い切れないでいるのだろう。
だから侑やこうして目の前で華鳴が離れて行っても声はかけられるものの強く引き止めることが出来ない。そして、探偵として経験を積んできたからこその対応をとっても素人目には冷たく映るようで理解されることは無い。
認識の差はどうにも埋めがたいものだと和州は強く実感する。
一方で華鳴を追いかけた恋奈はというと玄関を出た所で追いつきその体を抱きとめていた。
「直ぐに追いついちゃいました。相変わらず、華鳴ちゃんは運動が苦手ですね」
「は、放せ……」
「嫌なのです」
華鳴は抱き着く恋奈から逃れようとするが小柄で非力な彼女ではそれを振り払うことは出来ない。
華鳴は暫く暴れた後息を切らしていると耳元に鼻を啜る音が聞こえることに気付く。
「恋奈、お前今泣いて……」
そう、恋奈は泣いていた。
華鳴が飛び出し、我慢していた涙腺を決壊させてしまったのだ。
そういう恋奈は大粒の涙を流し顔がクシャクシャになるのも構わず涙声で言葉を発する。
「嫌なのですよ。華鳴ちゃんまで居なくなっちゃのは……侑ちゃんも戻ってきて一緒に居たいのです。この4人と歩矢さんと一緒に。そして、その侑ちゃんを見つけるには和州君達の力が必要だと思うのです」
「それは……でも、お前は分かったけどあいつは冷たくて……」
恋奈の様子に理解を示した華鳴だが、未だ和州には敵意に近しいものを持っていることには変わらない。
それに対し恋奈はフルフルと力無く首を横に振り、はっきりと口にする。
「和州君だって華鳴ちゃんと同じように冷静で心配で胸がいっぱいになってるのですよ?」
「はぁ?」
「気付きませんでしたか? 話をしている時の和州君、辛そうでしたよ? しかも華鳴ちゃんをあんなに説得したじゃないですか。それが心配じゃなくて他に何があるのです?」
恋奈は脱力した華鳴を解放しながら「私、人を観察する癖があるので気づいちゃいました」と言ってテヘへと笑う。
「それは……」
暫く間が開いて突然、恋奈は微笑みを浮かべとあるカミングアウトをする。
「華鳴ちゃん、びっくりしちゃうかもしれないですけど、私女の子が好きなのです! あ、これは和州君には内緒なのですよ? 恥ずかしいので……」
「いや、僕も聞いちゃったんだけど……」
声がして恋奈が後ろを振り向くと玄関に戻らない恋奈の様子を見に来た和州が立っていた。
「学校の皆には秘密なのです…… 和州君はいつから?」
「影井が僕のことを語ってくれた辺りから。分かってくれてて嬉しかったよ」
「うぅ、と、ともかく私は女の子が……って何度も言わせないで欲しいのです」
「あぁ、聞いた聞いた」
「おー。聞いたなー」
恋奈は「どう? びっくりしたでしょ!」と言いたげな目で見るが、はぁ……というのが和州達の正直な感想。何せ、今更過ぎる話だ。全員、とっくに気付いている。
「あれ……びっくりしないのです? 自分でも中々なカミングアウトだと思うのですよ……」
完全に誤魔化し切れていたとしか思っていない恋奈は手を薄く赤らんだ頬に当て、首を傾げ不思議そうにする。
そんな相変わらずな様子に2人共、苦笑を漏らすのを禁じ得ない。
「その話が侑の今の状況になんの関係があるんだー?」
恋奈の説得があって時間が経って、いつの間にか冷静さを取り戻した華鳴が続きを促す。
「聞けば華鳴ちゃんにも分かって貰えると思うのです。ともかく、ですよ。その中でも私は侑ちゃんが一番のお気に入りなのですよ」
怪訝そうな顔になる華鳴を気にせずに恋奈は後ろ手に手を組みながらもどこか吹っ切れたように前を向いて続ける。
「だから、学校にずっと来なくて落ち込んじゃいました。好きな人と何日も会えないなんて寂しいのです」
この気持ちが分かりますか?とでも言いたげな目を向ける。その姿は哀愁が漂い、実にもの悲しさのあるものだった。
いつもならネタとして笑って流す和州と華鳴も今回ばかりはそうもいかない。何せ、普段はちょっとふざけて百合を言及しようとすると逃げていくのだが今はこうして自分から話ているのだから。
そもそもな話、侑が捕まってしまったかもしれないというこの状況でふざけられる訳がない。
「でも、こうしてお見舞いのために侑ちゃんの家に来ていつもの侑ちゃんのことを思い出したのです」
最後に顔を合わせたのはたった数日前なのに恋奈は何故かこれまでの日々を懐かしむように遠い目で宙を見つめ、僅かに笑みを浮かべる。
「華鳴ちゃん、和州君。ここで1つ質問です。元気がない時、侑ちゃんに何て言われますか?」
華鳴は少し思案し、ハッとしたように目を見開く。
「そ、それは……」
「それは?」
「『元気出さないとダメだぞ!』って……」
「ですよね? 華鳴ちゃん」
恋奈は侑の発言が思い出されたことが嬉しいのかふふと笑い声を零し「和州君はどうですか?」と問うてくる。
「僕も同じだよ。よく言われた」
「お前ら、最初からそんなこと考えるっておかしいだろ……」
恋奈に言われて華鳴はいつもの侑を思い出したのか、普段の調子を取り戻し始め、呆れたようにそんなことをボソッと呟く。
果たしてその呆れは直ぐにその考えに行きつかなかった自分に対するものなのか、はたまた直ぐに侑の言葉で冷静さを保とうとした2人に向けたものなのか。あるいはその両方に向けられているのかもしれない。
「いや、白宮。僕は違うよ」
「んー?」
「母さんが『辛気臭い顔はするな。元気出しな』ってよく言ってたし……それに、僕は歩矢さんから長年探偵として訓練されてるからね」
「伊達に探偵はやってないってかー? 伝説的な探偵さん?」
華鳴は最近学校で噂される和州の呼び名を頭上にある和州の顔を見ながら言う。華鳴は徐々にいつもの調子を取り戻しつつあり、既にその顔からは先ほどのような曇りは消え去っている。
「そういうこと。それにしても影井、助かったよ。僕の理由じゃああなった白宮を元に戻すことは出来なかったと思うから。彩羽のことを常に考えてるお前が居てくれて良かったよ」
「どういたしまして、なのですよ。でも、和州君。流石の私でも常に侑ちゃんのことを考えてる訳ではないですよ。あの時は偶然です。そういうことを考えるのは学校にいる時とか、家に居る時とか……」
「それ、ほとんどの時間じゃん」
おしとやかな笑みを少し不満気な表情へと変化させ訂正を入れる恋奈に華鳴は思わず突っ込みを入れる。
「そうとも言いますね」
「そうとしか言わないだろー」
こうしている華鳴の口調も表情もいつもと大差ないもので大分余裕が生まれている。先程までの暴走気味だった不安と焦燥は何とか胸の奥に押し込めたようだ。
「少し時間を食っちゃったけど、調査を始めるよ」
全員の気持ちが前に向いたことを確認した和州は歩矢からの伝言を伝えるべく呼びかけ2人に耳を傾けさせる。
「うぅ……いや、こんな時に悪かったよ。で、これからどうすんだー?」
「侑ちゃんの為なら何でもするのです!」
苦虫を噛み潰したような顔の華鳴と息巻いた様子の恋奈と対照的な2人だがやる気だけは満ち満ちている。その証拠に2人の目には輝きがあり、諦めなど1つもないことが窺える。
「まずは、白宮と影井。最後に彩羽と会った日の僕が帰ってからのことを教えてくれ
「和州が侑と険悪になってた日だったかー?そういえば侑に追い払われて帰ってたもんなー。知らないかー」
「何かあったのか?」
「あったと言えばあったなー」
「ちょっと大変だったのです」
華鳴と恋奈は訳ありげに視線が下に向け、表情に陰りが生れる。
「ん? お前ら、何かしたのか?」
何故かプルプルと震えている2人のそれは嫌なことがあったというよりも笑いを噛みしめているような雰囲気があることに和州は気付く。
「んーいやー、あたしらがしたんじゃなくてなー」
「これは多分今回とは関係ないと思うのですが……」
訝しむ和州に返す2人の反応は歯切れが悪い。まるで、和州には言い辛いような何かがあるようだ。
結果、和州の2人に対する猜疑心は尚更深まっていきどんどん鋭い目つきになっていく。
「関係ないと思うのですが、あの後私たちは一緒に学校を出て3人でカフェに行ったのです。そして、何があったのか事情も説明して貰いました」
「あいつはあれで意外と結構引きずる部分があるからなー。幼稚園の頃だってあたしがちょっと間違って……」
「お前らの仲が良かった話は今は良いから……んで?」
いきなり飛び出た華鳴の侑との思い出話に苦笑しつつも時間がない今は元のカフェに居たという話に戻す。
「そして、私達は雑談していました。私達だって女の子なのでお話は大好きなのです!」
「その時に確か侑が撮った写真をSNSにアップするとか言い出してアプリ開いてたなー」
「うん、まぁ……なんてことはない話だな。それで?」
「その時に侑ちゃんが見つけたのですよ」
「今学校で話題の和州の噂なー。侑の奴が更に拡散して……あいつなまじフォロワー数が多いからそこそこの影響力があるんだ。いやぁ、あれは笑ったなー」
「!? ……え、は?」
学校を超えて噂が広まってしまっていたという事実に流石の和州も動揺を禁じ得ない。
「あ、心配しなくて良いぞー。少し見てたら個人名は無くて伝説的なって話だったからなー」
「この辺りに住んでるってことは特定されてたみたいですけどね」
華鳴と恋奈は楽しそうに笑いながらそんなことを説明する。
そんなことだからやけにここ数日の依頼量が多かったのかと和州は1人納得する。ここ数日はくだらないふざけたものが歩矢への依頼として届くようになっていた。その理由がSNSで話題になって歩矢の事務所が特定されたからだとするとしっくりくる。
和州はそう思いながらも、これの何が楽しいのかとくだらないことに楽しそうにする2人をやや呆れた様子の目で見る。
「ま、そんなとこだー。少しして侑とは別れて2人でアガたんに行って、あとは和州の知っての通りだなー」
「なるほどね……その後は2人共、彩羽とは連絡とってないんだよな?」
「あたしはそーだなー」
「私も同じなのです」
和州は侑との空白になっていた出来事を整理しながら顎に手を当てて考える。歩矢に調べるように指示されたこと、気になることそして各員の安全面を考慮しながら思案し、方針を出す。
「まずは白宮。事務所はちょっと怖いから、家に帰ってこの辺りの監視カメラと今のSNSの話が彩羽の誘拐に関りありそうか調べてくれ。彩羽個人の名前とかはどうなっているのかとか何でも良い。それを元に僕か歩矢さん……いや、師匠が判断するから」
「んー」
「ただ、1人行動は危険だから戻る間は僕と通話を繋いでおくようにな。それと、あまり細い道は通るなよ。何があるか分からないからな」
完全に仕事モードに切り替えた和州は華鳴を見送ると次は恋奈の方に向き直る。
「影井には僕と一緒にこの家に何か残されてるものはないか、この辺りに監視がないかを確認して貰う」
「私は和州君と一緒なのです? さっき、『私は女の子が好き』って言ったばかりなのに……」
「今の所、あっちに行っても影井にやって貰うことはないからな。我慢してくれ」
「冗談なのですよ? 侑ちゃんの為に頑張るのです!」
「そ、そうだったのか……まぁ、頼りにしてるからな」
和州はおしとやかにニコニコとする恋奈に頷き「影井にそういうこと言われると冗談に聞こえないんだよな」とボソッと呟く。
「何か言ったのです?」
「いや、何でもない。じゃあ、始めるか」
和州は百合少女の百合発言に何とも言えない微妙な心境にされながらもようやく調査に手を付けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます