第拾漆話 その決心、すれ違いにつき。

 「ほい、これ。お昼食べてないかと思ってね。強引に時間取っちゃった感じになったから」

 「助かる。ありがとう」


 侑の手から渡されたのは学校の購買に売っている焼きそばパン。


 和州はこれを食べてることが多い。特段好きな食べ物という訳ではないが学校で見かけると何故か食べたくなってしまうのだ。


 これを渡してくる辺り伊達に中学から付き合いがある訳じゃないな、と妙な関心を覚える。


 「それにしても、今日一日で随分と話しかけられてたね。さっすが~」


 和州が遠慮なく食事を摂っていると、廊下に居た時とは打って変わった侑の明るい声が侑と和州、2人きりの空き教室に響く。


 「それはお前のせいだろ……」

 「まあね。色々確認してみたんだけどさ。なんか、やけに学校で探偵と泥棒が話題になってたね。中には和州の名前もなく伝説的な探偵がこの街に居る泥棒を捕まえたとかね……もはやブームが来かけてるよ」

 「それはもはや来かけてるんじゃなくて来てるって言うんじゃ……?」

 「ハハハ」

 「別に、笑うところじゃないと思うんだけど。それにしても、僕の知らないところでそんなことがね……てか、そんな話をするためにここに来た訳じゃないだろ?」


 侑は黙り込み、間が開く。


 和州も要件の予想はついている。だが、これは侑の意思の問題でもあるため焼きそばパンに齧り付き、咀嚼し飲み込んでただ待つだけにする。


 そうしていると全て食べ終わり、袋をクシャッと丸めて近くのごみ箱に投げ捨てる。


 入ったことを確認すると、侑もまた覚悟が決まったように口を開いた。


 「盗みが必要だってことなんだけどさ……昨日、私ね、もう少しだけ待っててって言ったじゃん?」

 「言ってたな」

 「うん……決めたの」


 侑は一度目を瞑り、長い息を吐く。


 そして、再び開かれたその目には迷いが一切なかった。


 「やっぱり、私は認められないかな」


 和州にも多少の覚悟があったとはいえこの返答には効くものがある。


 侑に認められないからと言って直接的な弊害がある訳ではない。だが、それがあるかないかでは大分違う。


 強引に進めてしまっては実際に行動に移した時に罪悪感で動きが鈍ってしまうだろうし、今後の和州たちの関係性にも支障が出てしまうかもしれない。


 特に後者、関係性なんかは和州にとってトラウマものだ。つい最近経験したものなのだから忘れようもない。


 これではどうしても慎重になり、行動を起こそうにも動けなくなってしまう。


 「私もね、考えたんだよ。でもね、ダメだった。パパとママは泥棒に入られて自殺しちゃったからね。別にそれを恨んでる訳でもないし蒸し返すつもりもないけど、私は認められない。ここでそうだねって言ったら2人を否定することになっちゃう」

 「否定って……そんなこと言ったら僕だって同じじゃないか。ここで彩羽の言い分に納得して諦めたら父さんと母さんがやってたことを否定することになってしまう。そして、これは僕自身がやりたいことなんだ。僕たちみたいに何も知らずに力を使って被害を受ける人を無くしたい。それは、彩羽だって分かるだろ?」


 最後は辛そうに悲痛に呻き声を漏らすだけになる。


 侑は真っ直ぐに向けられる和州の眼差しを受け止め一瞬の逡巡の後に答えを出す。


 「うん。分かるよ。和州の気持ちだって、どれだけ本気で考えてるのかもちゃんと分かってるつもり」

 「だったら……」

 「……昨日の依頼でね、和州が翔馬君を探してる時に優しいんだなって思ったの」

 「……?」


 脈略もない侑の語りに和州は小首を傾げる。


 「だって、警察も捜索してくれないような案件まで必死になってこなしてたからね。正直、お金にも名声にもならないじゃん?私の探偵のイメージってそういうのだったからさ。特に、和州なんてああいうこともしてた訳じゃん?だから、尚更さ」


 ここで言うああいうことは泥棒しか考えられない。今更ではあるが和州が悪事を働いたことは場所が学校であることを考慮して伏せたのだろう。


 逐一そんな気遣いをする侑の優しさも大概だと思いつつ訂正を入れる。


 「別に。僕が優しい訳じゃないと思うけど……確かにお金や名声にこだわる探偵も居るかもしれない。けど、僕たちみたいなのが多数派だと思うよ。それに、警察の手が回らないような所に手を掛けられるのが探偵の存在意義だしね」

 「存在意義、か……なんか、カッコよくていいね、それ」

 「これは歩矢さんの受け売りなんだけどね……」


 和州は頬を掻き、恥ずかしそうに苦笑を漏らす。


 そんな様子に侑は受け売りを聞かされる和州が目に浮かんでくるのか笑みを浮かべ、軽く頷いている。


 「ほんと、仲良いよね。2人は」


 そんな前置きを置くと緩んだ空気に飲まれないよう息を吸い、浮かんでいた笑顔を仕舞う。


 「そうは言っても私のイメージが覆されて凄い優しく見えたの。でもね、そんな和州を見てて少し怖くなったの」

 「怖い?優しく見えたのに?」


 優しく見えたけど怖く感じた。これは矛盾しているのではなかろうか?


 意味が分からない和州は虚を突かれる。


 「うん。ちょっと言語化が難しいんだけどね……普段から和州を間近で見てる私だからこそ感じる怖さって感じなんだと思う。どこも変な所はなかったとは思うんだ。多分、他の人が見てもこういう風には思わなかったんじゃないかな?そう、思うんだけどね……陽君に話を聞いた時とか普段は距離のある人にしか見せないような爽やかな笑みを浮かべて、言葉にしない所まで様子を見ただけで察知してて……私たちってまだ高校生なんだよ」


 侑は説明しきれていないもどかしさが溢れ出たむず痒そうな顔で一度呼吸を置く。


 「なのにさ、そんなことが出来るのが、ちょっとね……」


 今度はその時のことを思い出し、肘を抱えるように腕を組む。和州にとっては何でもないその時のことが侑にとっては強烈なインパクトを残してしまっていたようだ。


 「それ位、彩羽も恋奈と華鳴も直ぐに出来るようになるよ。だからそんなものでも……」

 「そういうとこだよ、和州」


 侑は今得心がいったのか何かに気付いたように指摘を入れる。


 だが、和州には侑が何を言いたいのか分からず、ただ困惑するしかない。


 言葉の意味は理解出来ても意図が理解出来ず内容が伴ってこないように感じるしかない。和州にとっては当たり前のことを言ってるだけで『そういうとこ』と言われる覚えもなかった。


 「その顔、分かってないみたいだね……」


 そう言う侑の和州を見る目はとことん悲し気だ。


 「和州みたいのはね、高校生じゃないんだよ……こうして普通に学校に通って探偵までして、昨日見た感じだと家事までこなしてるんでしょ?」

 「それは、まぁ……」

 「しかも、探偵の能力も私から見ればずば抜けてるし、さっき怖いって言ったものだってさすごい体に馴染んでたし……長いことやってんでしょ?高校生でも出来ないようなことをずっと昔からさ」


 和州にも侑に言ってやりたいことがあるが、今はそんな雰囲気ではくただ黙ったままでいる外、和州には選択肢が無かった。


 「和州はさ、真面目なんだよね。ずっと弱音も吐かずにこういうことが出来ちゃう。だからさ……」


 話もクライマックスを迎え、侑は一度大きく深呼吸する。


 「泥棒をするってなったら、また真面目にやっちゃうんじゃないかなって思ってさ。練習だーとか言って関係ない人に盗みに入ってそうだもん。まぁ、最後の方とかはこうして話してて気づいたりした部分もあるんだけどね」


 侑は目に涙を浮かべ恥ずかしそうに笑う。


 「そ、そんなつもりは……」

 「前科、あるんだよね……ていうか、盗みをするのって倫理的にどうなの?」


 止めとばかりに追い打ちをかけられ、和州は何も言えずに項垂れる。


 「ごめんね」


 侑は最後にいつもと変わらない笑顔を見せると空き教室を後にした。


 1人取り残された和州は直ぐに動く気力もなく手短な椅子に腰かける。


 遠くから聞こえてくる騒がしい生徒達の声が自分を惨めだと笑ってるように感じられてならない。


 そこから動きもせずぼんやりと侑とのやり取りを反芻していると昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてくる。


 「もう、そんな時間か。戻らないとな……授業に遅れる」


 無意味に独り言を漏らし戻った教室では、侑が何食わぬ顔でクラスメイトと談笑する姿があった。その光景がより一層和州を虚しくさせたことは言うまでもない。


 もう一度考え直して貰おうと隙を窺うもクラスメイトに固められた侑にそんな間はなく、放課後になってしまった。




 今、教室に残っているのは帰宅部であとは帰宅するだけの人達と部活の準備に勤しんでいる人の2種類だ。そのため、まったりとした空気感とこれから活発になる忙しい空気感がごちゃ混ぜになり解放感を感じる雰囲気になっている。


 そのため、元より部活で活動するつもりもない和州と元お金持ちの娘で今は貧乏で心許ない親戚からの仕送りとバイトの給料で生活しているため部活で活動する間もない侑は持ち帰るものをリュックに詰込み、帰宅の準備をしていた。


 流石に放課後は部活やら何やらで侑は昼と同じクラスメイトに囲まれておらず、その代わりにと言ってはなんだが華鳴と恋奈と3人で話していた。


 「な、なぁ、彩羽」


 和州は昼間の説得のリベンジをしようと思い切って声を掛けた。どのタイミングでとか色々悩みはしたがここでたたらを踏んでも意味はなく、気にせず話を持ち掛けることにした。


 華鳴も恋奈も一応は関係者な訳で、聞かれても問題はない。


 「何?」


 昼のことがあったからか侑の声は突き放すようなもので冷たく感じる。


 「お前ら、何かあったのか?」

 「侑ちゃん、どうかしたのです?」


 隣にいた2人も当然のように侑の態度に気付く。が、昼間のことは2人には伝えられておらず知る由もない。


 「いや、ちょっとな……それで、彩羽。昼間の話の続きなんだけど……」

 「おーい和州。行くぞ」

 「早くしろよ」


 和州が話の続きをしようとした所で空気を読まない無粋な輩の声が割り込んでくる。


 何事かとそちらの方を向けば和州の男友達の大内と峰岸が立っていた。


 一瞬2人と何か約束でもしたかと考え込むも侑と話をする前に家に寄せると言っていたことに思い当たった。


 「行かないの?」


 和州としてはそれどころではなく渋っていると、侑がまた突き放すように言葉を発する。


 「いや、でも……」

 「い・か・な・い・の?」

 「……分かったよ」


 それでも尚、突き放そうとする侑に和州は折れて2人の元に向かう。


 そんな和州に華鳴が何やら声を掛けているが気づかないまま教室を出て行った。






 「お主も、随分と変わったのう……」


 大内と峰岸、そして途中でバイトで合流した華鳴と恋奈が帰った後のリビングで歩矢がしみじみと呟く。


 侑が来ないことは事情を聞いた華鳴から説明された。もしかするとこのままでは探偵のバイトを辞めてしまうかもしれないことも。


 「変わったってよりも全部彩羽のせいだから……それよりもその彩羽だよ。どうしよう……」


 和州は呻き声を漏らしながら頭を抱えて机に突っ伏している。


 「よもや、モテるお主が意中の人1人押さえられんとはの」

 「僕は真剣なんだけど」


 場違いなことを言って茶化そうとする歩矢に和州はジト目になる。


 「いや~すまんすまん。こんなのは初めてでつい、の。……で、お主はどうしたいんじゃ?和州よ」


 カラカラと楽しそうな笑いを収め、至って真剣な表情で問う。それはまるで依頼を受けている時のようで和州も気を引き締められる。


 「僕は……折角だし、戻ってきて欲しいな。白宮も影井も残ってくれそうなのは良かったけど。やっぱり彩羽にもいて欲しい。そして、僕がやろうとしてることを認めて欲しいかな」


 バイトに来た時に「雇われて直ぐに辞められる訳がない」「折角、歩矢さんと会えたので私も残ります~」となんだかんだで義理は尽くす華鳴と百合少女、恋奈が話していたことを和州は脳裏に浮かべながら自分の思いを歩矢に告げる。


 良くも悪くも自分のペースを貫く2人の存在はこういう時にこそ拠り所になる。和州は感謝してもしきれない思いでいっぱいだ。


 「そう思うのじゃったら2人で話し合える場を作ると良いのではないかの?あの調子じゃと、華鳴と恋奈も手伝ってくれるじゃろ」

 「白宮は口には出さないけどそんな感じだったしね……うん、明日にでも2人に相談してもう1回話してみる」

 「そうは言っても無理はせんようにな」

 「今回は無理をする要素がないんだけどね……」


 そして翌日。


 和州は決意を胸に登校するも侑の姿はなかった。それはその日だけのことではなく、その次の日になっても続くのだった。

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