第拾壱話 その来客、クラスメイトにつき。
「本気?」
歩矢の提案に和州はその正気を疑いたくなってしまう。この人は何を言っているのか、頭は大丈夫なのかとどうしても思ってしまう。
「侑と華鳴、あ奴らには事務所で働いて貰おうかと考えておる。」
和州にそうまで思わせる提案はこれだった。
「あぁ、遂に歩矢さんの頭がおかしくなってしまった。これも蘇生の影響か……」
「いや、儂はまともじゃい。おかしくなったとは失礼な。」
歩矢は心外とばかりに腕を組み、頬を膨らませることで項垂れて頭を抱える和州に抗議する。
「いやいや、自分が殺された相手を引き込むとかどう考えてもおかしいでしょ。それに警察に引き渡さなきゃいけないし。」
「そうか……お主がそう言うならそうするのも良いじゃろう。じゃが、その時はお主の盗みも話さなければならんな。」
和州は痛い所を突かれそっぽを向く。
和州も自分のことが引き合いに出されてはどうにもできない。まさか自分の行いがこんな形で帰ってくるとは思いもせず、完全に不意を突かれた状態だ。
「とはいえじゃ。儂はこうして生き返った。他でもないお主のおかげでな。そんな恩人を警察に突き出したくもない。それにの、儂が生き返っては証拠もなかろう?カメラの映像を手に入れたとしても儂がこうしていては信じては貰えなかろう。お主はどうするつもりじゃったのじゃ?」
歩矢はにやにやと意地が悪い笑みを浮かべ和州を追求する。
当然のことながら歩矢が出来ないと言うものが和州に出来る訳がない。これでも探偵としての力量は歩矢の方が圧倒的に上なのだ。
それに和州も警察に突き出されたいはずもない。ここで和州が反論でもしようものなら容赦なく刑務所へと叩き込まれてしまうだろう。
和州もそれは本意ではない。
だからか何も言うことが出来ず、そっぽを向いたままの形で微動だにせず黙り込んだままでいることしか出来ない。
「警察にも行きたくない、証拠を出すことも出来ない、じゃろ?じゃからあ奴らを警察に差し出すことが出来んのじゃよ。2人にも警察には行かんように伝えてある故、心配は要らん。」
「そう、ですか……それで、どうして彩羽と白宮を雇おうと?」
和州は完全に説き伏せられ、諦めると逸れた話を元に戻す。
見逃すのは良いとしてもわざわざ雇う意味が分からない。
「それは今の話の続きになるのじゃが、警察に出せん分儂らで監視でもないが念のため様子を見ようということじゃ。勿論、お主も当てはまる。あ奴らが居ればお主が余計なことをせんか見ておるじゃろう。互いが互いを見張ることが出来るということじゃの。」
「それは……妙案だとは思う。僕も賛成はする、けど……僕も監視の対象か……」
和州は、途中に差し込まれた和州も対象者である話により、歩矢の提案に同意はするが歯切れが悪い。
微妙に信用されておらず、複雑な心境だ。
「それは当然じゃろ。お主の両親のように考えを持って悪事を働く輩を相手にするのなら儂も見逃す。じゃが、そうでない相手から快楽を目的にやるのはダメじゃ。」
和州は両親を出されると弱い。幼い頃に両親を亡くした和州は未練タラタラで未だに忘れられる訳もなかった。
これに従い、和州はこう言われてしまうと項垂れて何も言えなくなってしまう。
歩矢も同じ両親を亡くした身として理解していてやっていることなのだが、その予想通り和州にも効果は抜群だった。
「そうだな。なら、僕はもう何も言わない。歩矢さんの判断に従うよ。」
「あぁ、ついでに言うておくが、盗んだことは謝りに行って貰うからの?」
「はい……?」
もう終わりだと油断したところに付け加えられ目が点になる。
「『はい……?』じゃなかろうが。悪いことをしたら謝る常識じゃ。」
「歩矢さん、そのことは許してくれてたんじゃ……」
その件に関して歩矢は既に怒っている節は無く、和州は許されたものだと認識していた。そんな様子を見せられたらそう思ってしまうのは誰だって同じだろう。
「確かに儂はもう怒ってはおらん。じゃが、けじめはつけておけという話じゃ。儂も一緒に盗んだ相手の元に向かうし、警察沙汰にならんように尽力してやる。安心しておれ。」
「はい……分かりました。」
和州は叱られた仔犬のようにしょんぼりとする。
今でも見方でいようとする歩矢の優しさが和州の身には沁みて分かり、歩矢に迷惑をかけてしまうという申し訳なさと今後の憂鬱さで胸がいっぱいだ。
それに、和州はそこまでされると歩矢には今後一切頭が上がらなくなってしまうという事実にも胸中は万感の思いで溢れかえり、思わずため息が漏れ出る。
「ああ、和州よ。」
「まだ何か?」
「儂が口添えするからと変に気負わんで良いぞ。儂がしっかりお主と向き合っておれば発生しなかったことじゃからの。言うなれば儂なりの償いじゃ。これは年長者である儂の務めじゃというのに何を呆けておったのか……」
和州の感情の氾濫に目ざとく気づいた歩矢は、その行動が和州のためだけではないのだと釘を刺す。決して和州1人の責任ではないのだとはっきりと断言する。
「……そうだな。そう考えれば全て歩矢さんの責任になるな。全部歩矢さんが悪い。」
和州は「どうして僕の考えてることなんて分かったんです?」など野暮な質問はしない。その答えなど分かり切っている。歩矢のことだ。和州の様子から読み取ったに違いない。
だったら保護者ぶってる歩矢の顔を立てるつもりで全ての責任を押し付けてやろう、子供としての特権を最大限に使って甘えてやろうという和州なりの歩矢に対する信頼の証だ。
「全く、お主という奴は……」
歩矢も当然のことながら和州の答えの意味が分かっており、寄せられる信頼があまりにも嬉しいもので笑っている目尻には涙が浮かんでいる。
事実、これが初めて和州が歩矢に甘えた瞬間だった。
歩矢は和州と初めてあった10年前から待ち望み、諦めかけていたその瞬間。それがたった今訪れた。
それで感激するなと言うのは無理があるというものだ。
「何泣いてるんです?」
和州は意地悪な笑みを浮かべる。
「いやぁの……あれほどに強固な壁で儂を拒んでいた和州がと思うとな……」
歩矢は感極まり涙腺が決壊しそうになったところで引き戸が勢い良く開けられる。完全にこれまでの雰囲気がぶち壊しだ。
「チャオ~」
「チャオって、ここは日本だぞ、侑。……だがまぁ、随分と仲良いんだな和州、と歩矢。」
「なによ~。別に良いじゃん。華鳴こそ固すぎるよ。もっと楽しい感じでさ!」
「寧ろおまえはよくそのテンションになれるな。病院だぞ。」
その声は侑と華鳴のものだった。2人とも学校帰りで制服を着てリュックを背負ったままだ。さらに侑は顔の横で2本指を立てて決めポーズを取ってキラッとした笑みを浮かべ、華鳴はその上にパーカーを着てポケットに手を突っ込んでいる。
「彩羽……それに白宮も。」
「はいはーい。皆大好き彩羽侑ちゃんです!和州もすっかり元気そうで何よりだよ~」
「だからおまえはもっとこう……」
「和州とはこうじゃなくっちゃね。」
華鳴は胸を張る侑のどうしようもなさに額に手を当て、大げさにため息を吐く。
そうして言い合っている2人を外から見ているだけの歩矢は微笑ましげにからからと笑っている。歩矢がこの光景にそれほどに楽し気なのは自身が中卒な上、中学ですらほとんど学校に通っていなかったからだろう。
「うふふ。それでこそ侑ちゃんです~」
「影井……お前も来てたのか。」
「ふむ……まだ見ん顔じゃな。」
恋奈はひょこっと入り口の陰から顔を覗かせにこにこしながら中に入ってくる。
「私は影井恋奈と言います。あなたが歩矢さんですか?侑ちゃんと華鳴ちゃんからお話は聞いてます。随分と大人っぽくてお綺麗ですね。」
「た、確かに儂が歩矢じゃ。わ、儂がお、大人っぽくてき、綺麗など……」
恋奈はほんのりと頬を朱に染めうっとりとした笑みで歩矢を見る。対する歩矢は言われ慣れないお褒め言葉を受けしどろもどろになりながら顔に両手を当て、表情を緩ませる。
「このリアクション……脈ありなのかもですよ。」
恋奈はボソッと呟くが、これを聞き取ったのは和州だけだった。
侑と恋奈はまだ言い合いをしてるし、歩矢は照れていてそれどころではない。
1人だけ状況を把握できている和州は全力で首を横に振るが、恋奈は妄想を膨らませ始めもじもじとしていて気づく気配はさらさらない。
もはや病室はカオス。
「どう収拾つけるんだ、これ……」
遂には和州までもが思考を放棄してしまった。
その病室は口争いをする2人と別な意味で照れる2人、そしてその様子をただ呆然と眺めるだけの和州だけとなり混沌と化した。もはやこの場に止められる者が居なくなくなってしまった。
そしてその1時間後。偶然病室の前を通りかかり騒ぎを聞きつけた看護師の前には全力で謝罪をする歩矢の姿がそこにはあった。
「さて、と。お主らが来たところで丁度良い。」
「いや、歩矢さん何言ってんの。今怒られてたよね!?何なかったことのように振る舞ってんの!?」
歩矢は手を前に突き出し時間を巻き戻そうとする芸人のネタをやろうとする。
「別なネタを挟んでも誤魔化されないからな。」
が、その前に和州はストップをかけ、必死で今のことを無かったことにしようとする歩矢に現実を突きつける。
「僕を取り残してカオスな病室にした挙句の果てに看護師さんに怒られたことの言い訳は?」
「ないのじゃ。じゃがのう……儂としても今のは相当に応えてのう。」
「だから、誤魔化してでも忘れようと……だとしても、僕に一言言うべきでは?ねぇ?こういう時はけじめをつけた方が良いんですよね?僕が起きた時言ってましたもんね?」
カオスな病室で1時間も放置された和州は大変ご立腹だ。歩矢を一瞥すると後ろに立つ3人にまで大きく見開いた目を向ける。
結局、歩矢は和州の圧に耐え切れず看護師が居た時の光景が和州の前に再現された。
「うん、今回は見逃すけど、次はないからな?……はぁ、で、歩矢さんがしたかった話って?」
和州はいつまでも言っていられないからと怒りを鎮め、先に進める。
和州の珍しい反応にクラスメイトの3人は腹が捩切れそうになっているが和州はこれに反応したら負けだという強迫観念に似た何かが浮かび、無視を決め込むことにする。
「うむ、今こ奴らがここにいるのは和州が起きたからと儂が呼んだからなのじゃ。」
「その話を侑ちゃんたちに聞いたから私も来たのですよ。」
和州はいつの間に連絡されていたのか全く分からないがとりあえずここはスルーする。
「さっきの話をこ奴らにするぞ、和州。良いな?」
「良い、けど恋奈は……」
恋奈は何も知らないはずだったと和州は侑と華鳴の方に目配せをする。
「あぁ、そのことなら大丈夫。私と華鳴で説明したから。」
「侑1人じゃ心配だったからな。」
華鳴は誰もなにも言ってないのに言い訳するように付け足し妙に恥ずかしそうにする。
「だそうですよ。」
「うむ、そうか。やっと本題に入れるの。」
歩矢はさっきまでの情けない姿とは打って変わった態度でふるまい一拍を置く。
「侑、華鳴。お主ら儂と和州の探偵事務所に入らんか?勿論、恋奈も歓迎するぞ。お主も和州の友人じゃからの。あぁ、心配ない。バイト代も払うてやる。」
こうして歩矢たちの探偵事務所の命運が大きく変わる提案が為された。
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