第拾話 その探偵と泥棒、家族兼師弟につき。

 「なんでわざわざ家紋が付いてるものなんて使ってたのか気になってたけど、そう 

いうことか……」


 侑の説明に納得がいった和州は空を見上げていた顔を前に戻し、再度侑の顔を正面から見る。


 「うん。……あの、さ。やっぱりその石が何なのか聞きたいんだけど。」


 至って変わらず真剣な顔をした侑はおずおずと聞きづらそうに切り出す。


 「使い方次第だけど、話してくれたら今は見逃してあげる。使い終わったら返してくれるって言ってたしね……」


 未だに和州を信用しきったお人好し発言に和州は軽く息を吸い、大きなため息を吐く。


 「見逃してくれるのならそっちの方が良いか……」


 真剣な場面で侑が嘘を吐かないことを分かっている和州は頭を掻いて暫し思案し結論を出す。そして聞き耳を立てる華鳴の前で侑に死返玉の説明をした。


 「死んだ人を生き返らせることが出来るの!?凄いじゃん、それ!じゃあ、パパとママも……!」

 「いや、それは無理だと思う。」


 侑は希望は無いとでも言うようにあっさりと切り捨てられ愕然とし、一瞬だけ浮かれた気分が一気に冷えていく。


 それは表情の変化からも明らかで花のように咲いた笑顔も一気に萎む。


 「な、何でそんなこと言うのよっ。和州はそれを使って生き返らせるって言うのに何で私には無理だなんて言うのよっ。そんなのおかしい。」

 「いや、何もおかしいことなんてない。」

 「え……?」


 侑はポカーンとして和州が何を言ってるのか分からないとでもいうような顔をする。


 「いくら生き返らせることが出来てもない体を一から作り出すことは流石に出来る訳もない。まさか、両親の体を残してる訳ないだろ?」

 「あ……」


 侑はシュンとする。


 それは生命の創造と言えてしまう代物で、存在しない体を作り出せるのは死人を生き返らせる域を遙かに超えたものだ。


 「僕もこれを知った時、父さんと母さんのことで真っ先に考えた。けど、無理だよなって。」


 どことなく寂しそうに語る。


 それが過去に両親にまた会えると期待したであろうことを如実に物語っていた。


 「けど、歩矢さんならまだ間に合うはずだ。だから、早く帰らせてくれ。」

 「うん……それは早く帰りたかったよね……。けど、その石がそんな凄いものだったなんてなぁ……」


 両親たちが残したものが伝説的な代物だったことに侑は何か感じ入るものがあるのかしみじみとした様子になる。


 「じゃあ、僕は帰るよ。」

 「うん、分かった。」


 和州は2人に背を向け歩き出す、が黙り込んでいた華鳴に止められてしまう。


 「おい、待て、和州。」

 「ん?何だ、白宮。」


 やっと帰って蘇生が出来ると思っていた和州は不機嫌そうに振り向く。


 「その死返玉を使うのはそんなに簡単なことなのか?本当に出来るのか?おまえも言ってたが死人を生き返らせるなんて理を外れたことだ。いくら伝説的なお宝だって言ってもそう簡単なことじゃないだろ。」


 華鳴は咥えた飴をカラコロと鳴らしながら言う。ぶっきらぼうに話すが、和州も侑もそこには全く触れなかったため心配に思ったのか案じるような声音だ。


 「確かにそうだね。どうなの?和州。」


 特にそこについて話すつもりもなかった和州はしかめ面を作り頭を掻きむしりため息を吐いた後、素直に答える。


 「白宮の言う通りだ。死返玉を使うには代償が要る。でも僕の罪ぼろしでもあるし覚悟が出来てる。これまでのつけを払うときが来たってことだ。それに、僕が歩矢さんを生き返らせたいんだ。他の誰でもないこの僕が。」

 「で、でもさ和州……そうなるようにしてしまったのは私で。和州がそんな気負うことは……」

 「とは言え僕が招いたことだ。」

 「そ、それは……」


 侑は「違う」と言いたいが自分の行動の発端は和州にあったため何も言えない。


 だから、手を強く握り和州に言いたかったことは飲み込む。


 「正直な奴め。」

 「で?伝説のお宝でもただの伝承なんだ。覚悟があったからってそんなことが出来る保証なんてどこにもないだろ。」


 華鳴はこれ以上の問題を起きないようにと心配しているが、素直に心配が出来ず突き放すように言う。


 「いや、それは前例が2件あるからな。大丈夫だ。」

 「前例?信用できんのかよ、それ。」

 「ああ。歩矢さんが集めた情報だからな。彩羽の所の執事2人がやったんだとよ。」


 急に話を向けられた侑は何の話か分からないと言うように首を傾げる。


 「自殺した当主とその妻の蘇生のためにその身を犠牲にって聞いたんだけど。」

 「え……?じゃあ、2人が近い時期に死んじゃったのって……」

 「そういうことだ。」


 またもや娘である自分が何も出来なかったことを知ったショックで自失する。


 「で、でも、パパとママは生き返って無いよ?」


 やがて言われたことを飲み込んだ侑は悲壮感溢れる声を上げる。


 「それは、死返玉だけでは肉体を蘇生出来るだけだからな。元通りの状態にするにはもう1つが必要なんだ。」

 「で、それはおまえが持ってると。」

 「そうだ。」


 華鳴は一連の話に納得がいき、肯定されるともう言うことは無いというように侑の方を見る。


 「そんなことをしちゃうと和州は」

 「侑。」


 和州の固い決意に口出ししようとする侑を止めるため、華鳴は自分の頭の少し下の位置まで手を持ち上げ目の前の肩に手を添える。


 「華鳴……」


 そっと頭を横に振る幼馴染の少女を見て言いたかったことは喉元で抑え込む。


 「私も、分かった。でも、まだ和州とは落ち着いて話せてないから……無事でいること。良いな!」


 無理やりではあるが、侑らしい元気で力強さのある言い回しに和州は笑みが零れる。


 そして、不覚にも思ってしまう。侑のことはどうしても憎み切れない、と。


 和州と侑との間には未だ諍いが残ってはいる。一度腹の内をさらけ出したと言っても一度は襲われ結果として歩矢が死んでしまっている。そう簡単に解消できる話ではない。


 それでも侑は猛省し、大切な形見を差し出すことで過ちを無くすことは出来なくとも償いはしようとしている。


 偶々死返玉を持っていて生き返らせることが出来るだけで都合が良いだけなのかもしれない。だが、侑は誠意を見せた。自分の気持ちを押し殺して和州がやりたいことを後押しした。そして、また話すために無事でいろとまで言うのだ。


 そんな相手を悪い奴だとただ切り捨てることは和州には出来ない。


 それが故の笑みだった。


 「そんな無茶言われてもなぁ……僕がどうなるかはやってみないと分からないし。」

 「そこは肯定してよ!」

 「変に肯定してダメだったら怒るだろ?」

 「それは嘘を吐かれる訳だからね。」

 「ほらぁ。」


 和州と侑のこんなやり取りが何でもない日常のようでその場は笑いに包まれる。


 「じゃあ、行ってくるよ。」


 心持ち先ほどよりもすっきりした顔で和州は公園を出ようとする。


 「うん!無事でね!」

 「……」

 「ほら、華鳴も黙ってないで。」

 「えぇ……その、待ってる。」


 全てが上手くいくと信じて疑わない笑みを湛える侑と恥ずかしそうにしている華鳴に見送られ、今度こそ公園を出て歩矢がいる家へと足を運んでいく。


 「ただいま。」


 逸る気持ちを抑えきれず自然と駆け足で移動し、家の玄関をくぐる。


 真っ先に歩矢が眠る部屋へと向かって階段を駆け上がっていく。


 歩矢の自室の目の前に辿り着くと立ち止まり、ふぅ~と大きく息を吐く。やはり死んでしまった歩矢の姿を再度見るのは勇気が要るし、緊張してしまう。


 侑と華鳴にはあんなことを言っていたが、もし失敗してしまったらどうしよう、もし情報がデマだったらどうしよう、と和州の胸中は不安でいっぱいなのだ。


 その一部は吐き出された息と共に出て行き和州の覚悟が決まる。


 ドアをノックして開けると和州の目には朝と変わらずベッドに横たえられた歩矢の姿が映る。


 「歩矢さん、遅くなりました。」


 返事はないと分かっていてもついつい声を掛けてしまう。そうするのは習慣か、はたまた未だ信じられていないが故か。


 「僕が今からこの死返玉で生き返らせますからね。歩矢さんの話を聞いていたので道返玉も直ぐに使えるように準備してます。」


 ロケットペンダントに仕舞っていた道返玉を取り出し2つをそれぞれ片手で握る。


 「じゃあ、いきますよ。」


 死返玉を持った右手で歩矢の手を包むように握る。


 10年前に道返玉を使った時に両親のことで胸をいっぱいにしたように歩矢のことだけを考える。


 歩矢と初めて会った時のこと。だらけるだけでなにもしなかったり、だらしない恰好で家をうろつく歩矢に口を酸っぱくして注意をしたこと。歩矢の晩餐に顎で使われたこと。そして探偵の手伝いをしたこと。


 ろくでもない思い出が多い気もするがそれらで胸を埋め尽くした。


 直後、手の中の死返玉は燃えるような赤い光を放出し部屋中を満たすと中心に浮かんでいた3つの白い点の内の最後の1つの白く輝いているものが光を失う。


 青白くなっていた歩矢の頬に僅かに赤みが差すと共に和州には代償が降りかかる。


 頭には割れたのかと思うような痛みが襲い掛かり、全身が異常な位に重くなる。止めとばかりに腹の中が搔きまわされるような不快感を感じ、口からは血が噴き出した。


 和州はそれでも何とか意識だけは保ち、道返玉を収めている左手を出し同じように歩矢との思い出で心を満たす。


 道返玉が青白く発光したところで和州は不可に耐えられなくなり意識を失ってしまった。






 和州は真っ暗闇の中規則的な音を聞いた。それは「ピッ、ピッ」とゆっくりとしたもの。


 なんとなくだが、傍には慣れた気配も感じた。


 未だ夢見心地のような意識の中、一体その気配は何なのか記憶を探る。


 そこで思い当たったのが歩矢。


 だが、歩矢は死んでしまったことも思い出す。


 「僕も死んだのか……?いや、その後に死返玉を使って、それで……歩矢さんはどうなったんだ?」


 そう考え始めると同時に徐々に意識が覚醒していく。


 目を開き最初に飛び込んできたのは真っ白の知らない天井。


 次いで手に違和感を感じ視線を向けると点滴が打たれ、心電図モニターへと繋げられていた。


 「病院……?」


 和州は置かれている状況から自分がどこにいるのかを割り出す。


 「和州!目が覚めたか!」


 周囲の確認をする和州に湿りと喜びが同居した声がかかった。


 「え……歩矢、さん?」

 「そうじゃ!儂じゃ!良かった。」


 喜びに跳ね上がった歩矢はナースコールを押し和州が目を覚ました宗を伝える。


 「歩矢さんがここに居るってことは、上手くいったんですね。」

 「そうじゃ。じゃが、危険じゃから十種神宝は使うなと……」


 呆れたように、だがそれ以上に嬉しそうに歩矢は話す。


 「じゃが、何よりもありがとう。」

 「そ、そんな……歩矢さんは知らないかもしれないけど、あんなことになったのは僕のせいですし……」

 「その経緯は謝りに来た侑と華鳴とやらに聞いた故、知っておる。全て承知の上で言っておるのじゃ。ありがとう、和州。」


 歩矢の真っ直ぐな台詞に和州が言葉に困っていると病室の引き戸がノックされ、看護師を引き連れた中年を通り過ぎた男性の医者が入ってくる。


 「初めまして、和州君。私は君の担当医の水瀬みなせだ。よろしく。」

 「は、はぁ……よろしくお願いします。」


 散々世話になっておいて今更感は否めないが挨拶をしない訳にもいかず返すと、水瀬は満足そうに頷く。「じゃあ、この場で体の状態を診るよ。」と言い聴診器を当て、体の調子を尋ね簡易的な検診が終わった。


 「うん。問題は無さそうだね。いやぁしかし、あの状態からよく持ち堪えたねぇ。本当、若いって凄いよ。」

 「そんなに酷かったんですか?」


 家からの記憶がない和州は不思議そうに尋ねる。


 「酷いも何も、1週間目を覚まさなかったからねぇ。それに、運び込まれた時は内臓の出血で大変だったよ。」

 「1週間も……」


 和州はそんなに寝込んでいたのかと驚きを隠せない。せいぜい1日2日のことだとばかり思っていたのだ。


 「ちょっと怠さがある位だというなら1週間の経過観察をして何もなければ退院出来るよ。じゃあ、私たちはこれで。」


 診察を終えた水瀬と看護師たちは病室を出て行く。


 「どれ程儂が心配したか分かったかの?」

 「はい。……すみません。」

 「別に謝れと言った訳じゃないのじゃが……無茶はするでないと言いたいのじゃ。」

 「心に留めておきます。」


 和州の手を握ったままの歩矢も上半身を起こしている和州もそこから動くことなく、沈黙が訪れる。


 それは、親しさからくるのものではなく何か言いたいが言えないでいる居心地の悪いものだ。


 「のう、和州よ。」


 耐えきれなくなった歩矢が沈黙を破る。


 「何ですか?」

 「お主、その敬語を止めぬか?お主は儂の弟子じゃが家族でもある。それで敬語はおかしいじゃろ?」

 「今更な話ですね。」


 これで10年やって来た和州にとっては慣れた話方を変える意味が分からない。そんなことをしても意味がないだろうというのが本心だ。


 「いや、ずっと思っておったのじゃ。じゃが、お主に壁を作られていたからの……中々切り出せなんだ。今回は儂らの距離感が生んだ事態とも言える。じゃから少しづつでも進めていこうと思っての。」

 「そう、ですか……分かりまし、いえ、分かった。そうするよ。」

 「!……それは良かった。断られたらどうしようかと思っておったのじゃ。とりあえずは一安心じゃ。」


 和州から同意を得られて歩矢は顔色を喜色に染め頬を緩ませる。


 「ついでに儂のことは『師匠』と呼んでも良いのじゃぞ?」

 「呼ぶと思ってる?」

 「呼んでくれんのかの?」


 「今回は儂らの距離感が生んだ事態とも言える。じゃから少しづつでも進めていこうと思っての。」これはさっきの歩矢の言葉だ。


 これで和州は今を変えようと敬語を止めた。


 だったらこれまでとは違う呼び方をしてみても良いのかもしれない。


 「……気が向いたら呼びますよ、師匠。」


 だが、和州も気恥ずかしさがある。慣れ親しんだ『歩矢さん』という呼び方を止めるのはこれまでを否定するようで捨てたくはなかった。


 だから『師匠』と呼ぶことにするにしてもたまにだ。依頼の時だけというのが良いかもしれない。


 基本的にはこれまで通り『歩矢さん』と呼ぶことにする。師弟関係だけではなく和州と歩矢は家族でもあるのだ。これ位が丁度良い。


 「わ、儂のことを師匠と……!」

 「気が向いたら、って言ったよね?」

 「それでも良い進歩じゃ。」


 ひとしきり笑ったところで和州は気になったことを切り出す。


 「『とりあえずは一安心』って言ってたよね。てことはまだ何か?」

 「うむ。……1つ、お主に提案があるのじゃが。」


 和州は少し言いにくそうにする歩矢から提案を受ける。


 「え……本気?」

 「本気じゃ。」


 和州は全く予想もしていなかった内容に衝撃を受けるのだった。

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