第玖話 その少女、百合につき。

 「女子の視線感知、嘗めないでよね。」


 和州の視線の先には腕を組んだ侑と上に羽織った黒いパーカーのポケットに手を突っ込んだ華鳴がいた。


 「彩羽……それに白宮も……」

 「私のバッグを漁って、和州のえっち。」

 「おい、侑。ふざけるところじゃないだろ。」

 「いやぁ、決定的なものを押さえて嬉しくなっちゃってね。」

 「全く、おまえは……」


 華鳴も手を頭に添えて真面目そうなことは言っているが心なしか楽しそうにしている。これが幼馴染である2人の距離感なのだ。


 そんな様子でも和州から冷たい目を離すことはなく逃げる隙もなく、和州は覚悟を決めるしかない。


 「さて、お遊びもこのくらいにして、話を聞こうか、和州。私のカバンを漁って何をしてたのかな?」

 「しかも学校を休んで朝から監視してまでな。」


 ここから逃がしはしないとでも言うように少しずつ和州に詰め寄る。


 見つかった時点で覚悟を決めていた和州は数秒だけ目を閉じ侑に語り掛ける。


 「なぁ、彩羽。」

 「何よ?」

 「昨日俺を襲いに来たのってお前だよな?歩矢さんを殺しておいてよく平気でいられるな。」


 数メートル離れた地点でピタリと止まる。


 「何のことかな?って言いたいけど、無理があるよね……。ナイフ、回収出来なかったもんね。やっぱり気づかれちゃってたか。」


 しんみりとする侑の隣で華鳴が頬を引き攣らせながら顔を見上げる。


 「おい侑、おまえ……襲って殺したって」

 「華鳴。今は黙ってて。後で説明するから。……何も言ってなくて、ごめん。」


 侑は華鳴の言葉を遮ると俯き極まりが悪そうにする。


 「……ちゃんと話せよ。」

 「うん、分かってる。」


 2人の間ではこれだけで十分だ。幼馴染同士で、ある程度過去のことは知っているため、やむを得ない事情があったことが把握出来てしまうのだった。


 それに、華鳴は侑が話すことを信じてるし、侑も華鳴に隠し立てをするつもりもない。


 そんな信頼関係の現れだった。


 華鳴の信頼を感じた侑は勇気を振り絞り顔を上げて和州の顔を今日初めて近くで見る。それは相当にやつれていて憎しみを込めた目をしている。


 「あの、和州……」


 侑は言葉を探すように呼び掛け、また黙り込んでしまう。


 「それを話すつもりで来た部分もあるんだけどさ……ここで話すのも何だし、場所移さない?私たちはお腹痛いってことで早退することになってるしね。」


 場所を日中で今は誰もない昨夜の公園へと移し2人と1人は改めて対面する。


 改めて向かい合うと緊張感がそれまでの比ではない。だが、死返玉を手にし使用したい和州は物怖じせずに静寂を破る。


 「昨日のあれは僕のことを知ってたってことで良いんだよな?」

 「うん、そうだよ。」

 「お前の秘密ってことならあたしも知ってるぞ。だからあたしに気を使わずに話を進めて構わない。」


 侑だけでなく華鳴も知っていることを主張し、話がスムーズになるように気を回す。


 「そうか……。けどな、彩羽。そうだと言ってもあんなことをする必要は無かっただろ。何であんなことをしたんだよ。」


 話していると感情が爆発してしまい殴りかかりたくなるのを語気を強めることで堪える。


 そんな和州の眼光は、それに射抜かれた侑がたじろぐ程に鋭い。


 「うん、そうだね……。私も感情的になり過ぎちゃったとは思ってる。」

 「んなっ……」


 和州はこのまま責めるつもりでいたのだが、あっさりと認められてしまい何も言えなくなる。


 「でさ、和州。その手に持ってるものはどうするつもり?一応パパとママに関わるものらしいし、亡くなった執事が大切にしてたものだから返して欲しいんだけど。」

 「目的を果たしたら返すよ。だからあまり邪魔しないで欲しいんだけど。」

 「それって一体何に使うものなの?私、何も聞いてないんだよね……」


 和州は早く歩矢が眠る家に帰って死返玉の力を試したいが、要領を得ない話で引き止められフラストレーションが溜まる一方だ。


 「おまえに話す必要があったか?」

 「私は知りたいんだけど……そうだよね。昨日のことがあるしそう簡単には教えて貰えるわけないか。」


 侑は言葉を区切ると昨日とは打って変わって晴れている空を仰ぎ見る。そのまま大きく息を吐きだすとようやく本題に入る。


 「和州も早く帰りたそうにしてるし、本題に入るね。話したところで自己満足にしかならないかもしれないけど和州には知ってて欲しいんだ。」


 侑にはいつものようなおどけた表情はなく、至って真剣な面持ちになっている。


 「うーん、どこから話そうか……。やっぱり私のパパとママの話からかな?」

 「いや、それは知ってるよ。悪事に手を染めたことを探偵に暴かれて刑務所に勾留されたんだろ?そして絶望して自殺をした。」


 侑は和州に言い当てられ目を丸くする。


 「知ってたんだね……じゃあ、君の両親が私の家から貴重な物を盗んだことがパパとママが自殺した最大の原因になってることは?」

 「盗みをしたことは知ってはいるがそれが原因だとは……」


 侑はまたもや意外そうな顔になる。まさか自分の子供に自分の盗みを明け透けに話す親がいるとは思いもしていなかったのだ。


 「何で彩羽は父さんと母さんが盗みをしてたって知ってたんだ?」


 あの両親がミスをするはずがないと信じる和州は借問する。


 「パパとママが捕まって引っ越すときにね、持ち出そうとしたの。だけど何もなくて……だから執事が調べたの。どうやったかまでは分かんないんだけどね……それで結果だけ聞いたんだ。」


 詳しくは気づいて即座に監視カメラを確認したが、彩羽両親が捕まった日の映像がなくなってる部分があった。偶然にしてはおかしいと怪しく思い、探偵のいる方を見たらその時間帯は歩矢1人でちらちらと気にするような行動を取る様子が確認され一緒にいた2人が犯人だと分かった。


 その後2人を調べていくと阿多武という苗字であると分かった。


 ついでにその過程で道返玉の存在が発覚した。十種神宝はその手の人たちにとっては有名なもので、分かる人には見た目で分かる。だから、2人が持っているのを目にした執事はその存在に気付いた。


 そんな話だったのだが、当時は和州と同じ6歳の侑には話されることは無く終わってしまったという訳だ。


 「そんな過去があって私は育ってきた。パパとママの自業自得な部分もあったとはいえ泥棒には恨みがある。そして中学に入った時に……」

 「同じ名字で直ぐに気づいた、と。」


 阿多武なんて苗字の人はそうそういない。それであの泥棒の子供なのだと気づいたということだ。


 「うん、そう。初めは両親と同じで泥棒をしてないか確認するつもりで近づいたんだけど、全然、一般人にしか見なくてね……しかも話してみたら意外と良い奴でさ。そんなことをしてる内に仲良くなっちゃったって訳。」


 侑は単純な自分に呆れを含んだような懐かしさを覚えているようなはにかんだ笑みを見せる。たった数年前のことだというのに和州も郷愁を感じさせられる。


 そう感じてしまうのは昨日今日で激動の変化があったからだろう。こういう時に昔懐かしんでしまうのが人間というものだ。


 「そんなんだから良い友人だってずっと思ってた。そう思ってから和州を疑うことも全く無かった。だけど、それもずっとは続かなかった。」

 「登校してきた僕を見て顔に出てたってことか?どうも、その時の僕はやつれてて分かりやすい顔をしてたって歩矢さんにも言われたからな。」


 和州の最大の疑問である何故侑にもバレたのか、その答えの核心に迫る。


 「いや、違うよ。疲れてるようには見えたけど流石にそれで怪しみはしないよ……。泥棒をしてることを知りながら見るとそういうことなんだろうな、とは思ったけど。私が『いけないこと』って言った時に動揺したのは気づいたけどね。でもそれも事情を知った上で注意して見てないと分からない位だったよ。」

 「歩矢さんの観察力が異常なだけか。」


 和州は伊達に間近で10年も探偵に見られてきた訳ではないこと、そして歩矢の探偵としての優秀さを改めて思い知らされる。


 このことは既に十分に理解していたはずだが他人の口からはっきり言われるとまた感じ入るものがある。


 「じゃあ、どのタイミングで気付いたんだ?」

 「昨日の朝、学校に行く前だよ。」

 「は……?会ってすらいないのに何で……」


 和州は顔を見られてすらいないのに気づかれたことに困惑する。盗みに向かうときは人気のない暗い道を選び、周囲の確認も万全だった。そこで見つかっていたはずがない。


 「一昨日ね、恋奈から電話があったの。」

 「は……電話?それが何の関係が……」


 あまりにも突拍子もない話で和州は思わず聞き返してしまう。


 「うん、電話。『お金持ちそうな家の中から和州君が知らない女性の人と出てくるのですよ。どんな関係なのでしょうか。凄く綺麗なのですよ。侑ちゃんは知っているのです?』ってちょっと慌ててる声で言ってたんだ。私も和州が女の人と居るって言うからびっくりしたよ。」

 「歩矢さんが依頼を受けた時の話か……。全然気づかなかったな。」


 百合好きである恋奈は歩矢の美貌に見惚れ、気になって電話したのだろう。恋奈は歩矢のことを知って何をするつもりなのかは和州には分からないが、あの百合少女が女の人の話を持ち出すときはほぼ確実にそうなのだ。


 「しかも、恋奈が後を付けて行ったら2人は探偵事務所に入っていくって言うじゃん?私的にはさ、探偵っていうとどうしても泥棒のことを思い出しちゃうんだよね……パパとママの所に探偵が来た日に泥棒が入ったからさ。」

 「え……後まで付けられてたの?」

 「何も分かんなかったの?」

 「ああ。歩矢さんも何も言ってなかったし……」


 和州が初めて歩矢の手伝いでストーキングをした時など相当に苦労したというのに、素人なはずの恋奈が全く悟らせないとは恐るべきストーキング技術だ。


 百合少女、恐るべし。


 「じゃあ、それで何か怪しいとでも思った訳か……。でもそこからどうやって調べたんだ?恋奈に場所でも聞いたのか?」

 「いや、違うよ。高校で知り合ったばかりのあの子にはまだ何も話してないしね。そんなの聞けないよ。」

 「影井なら聞くなって言ったら何も言わずに教えてくれるとは思うけど。でも、それだと知る方法なんてないんじゃ……」


 これだけの説明では納得がいかない。和州の家を知ることが出来た訳でもないから待ち伏せも出来ない。そもそも見られたのは歩矢といる時だけだ。


 和州が泥棒に入った確証はどうやって持ったというのか。


 「それを調べたのはあたしだよ。侑も昔のことがあるし監視カメラをちょっと……心配とかじゃなく、侑に頼まれてな。あたしの技術があれば簡単なことだったからな。」

 「なるほどな……プログラミングが出来る白宮なら監視カメラの映像を覗く位は造作もないか。そういえば、僕の事情を知ってるって言ってたしな。」

 「その通りだ。」


 それだけ言うと華鳴はカバンから棒付きの飴を取り出し咥える。


 「私は華鳴に調べて貰った訳よ。それで、その映像を見せて貰ったら和州といる女の人ってパパとママが捕まった時の探偵じゃん?だから、家の中に出入りする様子は普通だったけど一応夜の所まで調べて貰ったの。」


 飴を舐め始めもう説明する気のないことを主張する華鳴の後を侑が引き継ぎ続ける。


 「人目につかない道を通って来たけど、家の近くにあった監視カメラに引っかかってたってことか……」

 「うん。だから学校で会った時に言おうとか考えてたんだけど言えなくて……でも、何かはしたくてもやもやしてイライラしてた。そんな時に雨の中を1人で歩く和州が私の家の前を通ってるのを見かけて衝動的に……。」

 「家、この辺だったのか……」

 「ここに来る途中あったでしょ、ボロ屋。あれだよ。パパとママがいなくなって執事も捕まって死んじゃって……世間体的に親戚にも匿って貰えないから住む場所があそこしかなくてね。」


 和州も侑もお互いに顔を逸らそうとはしない。不器用ながらも思いの丈を吐き出し、正面から受け取めようとしている。


 「まぁそれで、感情的になっちゃったって訳。敵討ちでもないけど、そういう感じの意味を込めて家紋が入ったものを使ってね。」


 最後の告白を受け全てが繋がった和州は息を吐きだし、嫌に晴れている空を仰ぎ見るのだった。

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