第捌話 そのお宝、一筋の希望につき。

 歩矢は和州の腕の中でどんどん体温が失われていく。


 それが歩矢が死んでしまったことを如実に示していて和州に重く圧しかかる。


 「雨の当たらない場所にでも……」


 丁度、和州が雨宿りをしようとしていた屋根付きの入り口がある集会場へと歩矢を運んで床に寝かせ、水分を絞った自分の半袖のワイシャツを胸元にかけてやる。こんなことに意味はないが、現実を受け入れられず、歩矢の体が冷えていくのに耐えられなかった。


 「これは……」


 ぼんやりと眺めていた和州はあることに気付く。


 それは腹から引き抜かれたナイフの柄に、ある家紋が入っていたのだ。それもものだ。


 その家紋は歩矢の話に出てきた彩羽家のものに酷似したものであり、和州にも見覚えのあるものだ。


 それは学校の教室で和州の隣の席に座る女子生徒、彩羽侑がいつも持ち歩くバッグに付いているものだ。中学の頃から幾度となく見ている。


 「まさか襲ってきた犯人って……?」


 侑が犯人とは信じたくはそれ以外に考えられない。仲の良い友人がそんなことをする人だったという事実に心を抉られる。


 更には歩矢の体温の低下は止められず、死後硬直も始まり死を痛烈に実感させられてしまう。たった今、和州が犯人だと決めつけていたが大事な家族だった歩矢は自分を庇って死んでしまったのだ、と。


 和州は侑と歩矢の二重で精神的ダメージを受け、なんとも惨めな気分になる。


 和州の体は僅かに指先が動く程度でそれ以外はほとんど動かず、歩矢をただ見つめることしか出来ない。


 そうしてると思い出すのは歩矢と出会い過ごしてきた10年間で、それをひたすら頭の中で再生させ続ける。始めこそは歩矢に対する疑心から始まった家族兼師弟関係だったが、ほとんどの部分で心を許していて今となってはどれも楽しい思い出だ。


 そんな時間も永遠には続かず、和州の涙は涸れ果ててしまうではないかという程に泣いてようやく涙が止まった。


 それでも中々動く気力も出ず、ただぼんやりと歩矢と交わした最後の会話を反芻する。


 「そういや、ロケットペンダントに写真が入ってるって言ってたな……」


 いつも持ち歩いている両親の形見であるロケットペンダントをポケットから取り出し、蓋を開ける。


 最初に見えるのは、この10年で見慣れてしまい、その当時に懐かしさすら覚える家族写真。暗い未来が待っているとは考えもしていないような楽しそうな光景が見て取れる。


 それをロケットペンダントから外してみる。


 「歩矢さんに父さんと母さんも……」


 家族写真の下には歩矢が言ってた通りに写真が入っていた。歩矢が言っていた2枚だけではなく和州の誕生日の度に撮ってきた家族写真も全て揃っている。


 その中でも今は歩矢が写る写真へと目を向ける。


 歩矢と和州の両親の写真。歩矢の話にも出てきた師弟関係を結んだ記念撮影をした時のものだ。写真の中の歩矢は和州には見せたことのないような無邪気な子供っぽい笑顔を見せていた。


 それには和州も自然と笑みが零れ、また涙が浮かんできてしまう。


 そして隣に並べていたもう1枚の和州が知らない写真に目を移す。


 和州の両親と歩矢の母である歩紗が写った写真だ。歩矢の面影がある歩紗の隣で響香は和州も知っている透明感のある薄い青の石を掲げている。


 和州はおもむろにロケットペンダントの中にしまっていた道返玉を取り出し写真とそれを見比べ、両親の存在を感じる。


 和州はふと視線を外に向けると雨はすっかり止み、空は白み始めていた。


 「まだ、終わった訳じゃないよな……。力を貸して、父さん、母さん。」


 一筋の希望に少し頬を持ち上げるとおもむろに立ち上がり、ナイフを片手に慎重に歩矢を抱きかかえる。そして、とある決意を胸に半日近く前まで歩矢と過ごしていた自宅へと向かって歩きだした。


 自宅に着き、歩矢の自室にあるベッドに歩矢を横たえさせた。


 「流石に体力が持たないな……」


 一晩中泣き腫らしていた和州には体力の限界が近づいていた。このままでは何も出来ないと自室に戻って汚れた服を脱ぎ、ベッドに崩れ落ちた。





 目を覚ました和州は妙に頭がすっきりしていた。


 時刻を確認するとまだ朝の8時を過ぎた所でそんなに眠った訳でもない。それでも意識がはっきりとしているのは、溜まり過ぎた疲れのおかげで熟睡出来たからなのかもしれない。


 それでも脳裏に焼き付いた昨日の光景だけは今でも目の前でちらついていた。


「やっぱあいつしかいないよな……」


 彩羽家と彩羽侑、話と記憶で酷似した家紋。


 ここまで揃えば侑が犯人であることしか考えられない。あまりにも情報が揃いすぎている。


 「いや、けどそれで歩矢さんが犯人じゃなかった例があるからな。早まる訳には……。」


 また間違いを犯してしまわないようにと違和感の残るものはないか今一度情報を清算する。


 まずは彩羽という苗字が同じだということ。この苗字はありふれたものではない。寧ろ相当に希少なものだ。偶然と切り捨てることは出来ない。


 次に歩矢の話と侑のもので家紋が一致していること。


 和州も家紋がある家はこれまでに1度しか見たことがないが、その時の歩矢の話によると、現代において家紋は本家の人間によって使われるものだそうだ。分家以下の人間にとっては家紋文化など消失してしまっているのだという。


 このパターンを考えると恐らくは侑の家が元は彩羽の本家だったのだろう。


 歩矢の話に出てくる彩羽家も同じ家紋を使っていたことからこの家が彩羽本家と考えられ侑の家と同じであると考えられる。


 そして、最後に歩矢の話では彩羽家には和州と同い年の娘が1人だけいた。


 ここまで一致していればどう考え直してもその娘が侑で間違いはない。


 「どう考えてもあいつが犯人であることは崩れないか。」


 和州が中学の頃から仲良くしていた相手がそんなだとは信じたくはないが仕方がない。


 知り合ってからずっと何もせずこのタイミングで来たことを考えると、歩矢にバレた盗みが何らかの形で侑も知ったのかもしれない。あの時はいつになく顔に出てる節があったため、その可能性は十二分にある。


 「父さんと母さんのことを知ってた彩羽は僕に怪しいところがないかずっと観察してた。


 だけど昨日になって僕の盗みを知って彩羽に両親のことを思い出して、許せなくなってしまった。そんなところに家を出てきた僕を偶々見かけて犯行に至ったといったところか。


 あれは僕を狙った動きだったからそれしかないだろうな……」


 彩羽家の執事という選択も考えられないし、それで確定と言えてしまうのだ。


 執事は死亡,逮捕で動ける者はいない。瀕死の1人がどうなったかは分からないが和州の家出を狙うという計画性のない行動を見るに侑である可能性が高い。


 執事が和州の両親を殺した時は計画的なもののようだったため、瀕死から回復した別人だとしてもその人が犯人である可能性は低い。もし、執事が犯人ならば和州の両親を襲った時のように何かしらの計画を立ててから行動に移していたことだろう。


 だとすると侑1人しかいないことになる。


 「やっぱりいくら考えてもこの結果にしかならないな……。行動を移す前に、まずは学校に電話しないと。」


 昨日はあんなことがあったが、今日は火曜日でいつもと何も変わらず学校がある日だった。気分が良くないからといきなり休みに変わったりするような都合の良い世の中ではない。


 だが、和州にはこれから目的があり、学校に通っている場合ではない。


 目的、それは歩矢の話にも出てきた死返玉を盗むことだ。


 歩矢の話では、信じられないことに代償さえ払えば死人を蘇生することが出来るという。それに、死返玉のありかは彩羽家、つまりは侑の手にあるという結論に至った。


 そういった貴重なものを盗みだすことは和州の専売特許と言える。和州には子供の頃に両親に習った技術と10年かけて積み上げてきた経験がある。


 1度はバレてしまったが、盗みを妨害され失敗したことなど1度もない。


 しかも、生き返った体に魂を吹き込むための道返玉は和州の手にある。


 それさえ盗み出せれば歩矢を完全に生き返らせることが出来るかもしれないのだ。これほど条件が揃っていてやらない選択肢などどこにもない。


 だから、和州はこれまで通り泥棒らしく盗んでやろうということだ。


 歩矢は十種神宝を使うことを止めていたが和州には関係ない。たとえ自分が犠牲になろうとも罪滅ぼしとして、そして恩返しとして行動に移す覚悟が和州にはあった。


 いつも盗みの時に着ている黒い服に袖を通した和州はその覚悟を胸に、死返玉の持ち主である侑がいるであろう場所、学校へと向かって行った。


 学校の校門に着いた和州は一度足を止め、大きく深呼吸をする。


 こうして今は誰もいないであろう侑の家でなく持ち主がいる学校に来た理由は2つある。


 1つ目は和州は侑の家を知らないからだ。学校での交流以外に外で会ったことが無いため、家の所在地を知る余地がないのだ。


 2つ目は死返玉は侑が持ってる可能性が高いからだ。和州もそうなのだが、形見となるものは肌身離さず持っている。だから、死返玉を現在も侑が所持しているのなら学校に持ってきている可能性が高いのだ。


 「よしっ」


 和州は体調が悪くて休んだことになっている上にこれから盗みをしようというのだ。教師が歩矢のような聞く耳を持っている訳がないため、絶対にバレる訳にはいかない。


 だから両手で顔を挟むように叩いて気合を入れ、とりあえず教室の中の様子を確認しに行くために敷地の中へと足を踏み入れていく。


 廊下で見つからないようにこそこそと教室の前まで移動し、耳を欹てて中の様子を確認する。


 そこでは眼鏡をかけた中年の男性教師が教壇に立ち、丁度1限目の数学の授業でn進数の説明をしているところだった。


 そのため後ろの入口の方から顔を覗かせても、近くに座る侑と華鳴を見るのにお熱な恋奈のような一部に例外があったが、ほとんどは板書の書き取りに集中しており誰にも気づかれることはなかった。


 因みに他の例外は華鳴で、後ろの席で目立ちづらいことを良いことに船を漕いでいた。和州はそんな教室の風景を見ていると何とも新鮮な気分になった。


 どうやら今日の欠席は和州1人だけのようで、侑は自分の席で何事もなかったかのように授業を受けている。


 和州は前の方にある時間割に視線を逸らすと3限目に体育があることに気付いた。今日の日程を何も確認せずに出てきてしまったためどこのタイミングで盗みに移すか測りかねていたのだ


 「これは朗報だな。」


 最悪下校時間まで待機して侑の隙を突くか家までストーキングすることも考えていたため、これは和州にとって嬉しい誤算だった。


 「じゃあ、時間になるまで外で待機だな。」


 運よく晴れているため、見つからないように自転車小屋の陰に佇み時間をやり過ごす。


 2回目の終業のチャイムが鳴り終わり少しすると男子はサッカー、女子はテニスをするためにぞろぞろと外に出てくる。


 本日3度目の始業のチャイムを聞き終えると誰もいなくなっているはず教室へと侑が持つであろう死返玉を頂きに向かう。普段は肌身離さず持っている可能性があるが、流石に体育の時は邪魔になるためバッグの中にでも入れるはずだ。それを好機と捉えた和州はこの隙を狙う算段だ。


 「おじゃましま~す。」


 そこには誰もいないし和州も普段から使っている教室なのだが、ついつい断ってしまうのは人の性か。そのことに思わず苦笑が漏れる。


 「さて、と。早速探しますか!」


 迷いなく侑の席へと向かって行き、机の横にかけられたリュックを漁り始めた。


 大きい方のチャックの中には綺麗にたたまれた制服と着替え,コスメが入っていた。何とも女子のイメージに当てはまるようなバッグの中身になっていた。


 「彩羽の奴こんなものまで持ってきてるのかよ……」


 より深く漁っていくと、表紙に色白で白い服を着た女子高生が大きく描かれた人気のSFコミックが入っていた。背表紙には近くの図書館のシールが貼られているため、借りてきたものなのだろう。


 だが、それ以外に出てきたものはなく、メイク道具の中を探しても見つからなかった。


 ならばと脇に付けられたポケットを探し始めると目的のものが見つかった。


 四角いケースの中に入れられたそれは下部が尖った形をした赤い玉で、中には2つの濁った白い点と1つの明るい点が浮かんでいた。


 その形と見た目は以前に和州が調べた時に記載されていた特徴と同じで、それが死返玉であることは直ぐに分かった。


 それを手にし、教室を出ようと立ち上がるとガラッと教室の扉が開いた。


 「数学の時に変な視線を感じたと思ったらやっぱりあんたか、和州。女子の視線感知、嘗めないでよね。」


 声がする方に向けられた和州の視線の先にはニヒルな笑みを浮かべた侑と蔑んだ目の華鳴の2人の運動着姿があるのだった。

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