第拾弐話 その探偵、結成につき。
「良いですね!私、やります!」
その場の全員の予想を裏切るように侑はあっさりと了承した。いくら何でもはいそうですかといく程お気楽な頭をしているとは誰も思っていなかったのだ。
「お、おい待て、侑。もう少し考えろ。どう考えてもこの提案は怪しいだろ。」
「大丈夫だよ、華鳴。私がやったことを見逃してくれたんだし。一緒にやろ?恋奈も一緒にさ。和州もいるし絶対楽しいよ!」
「私は侑ちゃんがそう言うなら良いですよ~」
「そうは言ってもあたしは……」
軽率に決めてしまう侑と恋奈とは違い、いまいち歩矢を信用しきれていない華鳴は渋っている。これが一般的なリアクションだろう。
「確かに、白宮の言うことはもっともだな。」
「和州……?」
まさかな方向からの援軍に華鳴は眉を顰める。普通に考えれば和州は華鳴を説得する立場のはずだ。そんな相手からの肯定に何を言われるのかと身構える。
「けど、これは怪しいものでも何でもないよ。勧誘したのにはちゃんと理由がある。」
「理由、か。やっぱりあたしらに何かしようとしてるんじゃないか。侑、今すぐ取り消せ。」
「まぁまぁ、話くらいは聞いてくれよ。」
ここで少しでも言い方を間違えれば華鳴には絶対に了承はして貰えない。そうなってしまえば侑と恋奈の決断も覆ってしまうかもしれない。
空気はピリつき、場の緊張はこれでもかという程に高まっていた。
失敗が許されない和州は焦る華鳴を止めると、入り過ぎた力を抜くように一呼吸置く。
「理由って言ってもそんなに変なものじゃない。警察に行かせられない分、僕らで大丈夫かどうか確認しておこうってことだよ。警察に突き出すと僕も一緒に行かなくちゃいけなくなるしね。僕たちの目的はそれだけ。3人には何もしないことを保証するよ。」
「和州の言う通りじゃ。どうか、入ってはくれんかの?」
歩矢にも追い打ちがかけられ華鳴に視線が集中すると、黙り込んだまま俯いてしまう。結果、少し長めの前髪が前に垂れ、和州たちからはその表情は伺えない。
「僕個人でも白宮のプログラミングの腕を買っての話でもあるんだ。お願い出来ないかな?」
顔が見えず不安が募るばかりでついつい言わなくても良いようなことを言ってしまう。が、これが最後の一押しとなった。
「っあーもー仕方ないなー。そこまであたしの力が欲しいってならやってやるよ。それ以外の意味なんてないんだからな。良いか、勘違いすんじゃないぞ。」
華鳴は最後にビシッと和州を指差し、真っ赤な顔で言い放つ。
完全な不意打ちに照れる様子も誤魔化し切れていない上に台詞がツンデレになってしまっている。
あのタイミングで和州が褒めてくるなど考えもしなかったのだ。
「あたし、もう帰る。」
「あっちょっ華鳴!」
侑は約束通りに和州から返された死返玉を手に掴み、病室を出ていく華鳴の背を追う。
「和州が退院してからお願いするぞ。」
「はい!」
歩矢から背中に声を投げ掛けられた侑は振り向き返事をする。
そして最後にお辞儀だけすると恋奈と一緒に病室を出て行った。
「和州もよく説得してくれたの。儂ではこうはいかんかったろう。助かったわい。」
「別に、これ位……」
そこからは和州の入院生活は目まぐるしく1週間が過ぎた頃。遂に3日後に退院の許可が下りた。
その間、1日1回の検査を受け、侑達が持ってくる学校の課題をこなし、騒ぎが広まってしまったせいで看護師から生暖かい視線を向けられた。
和州の元に見舞いが来たことに歩矢たちを叱りつけた看護師が気づくと「嬉しいのは分かりますが、感情的にならずにもう少し考えて行動して下さいね。」とも言われたりした。
病室で五月蠅くしたことを相当根に持ったようだった。
退院当日の朝。手早く荷物をバッグに詰込み、退室のための最後の準備を整える。
和州は道返玉を手に取り、ふと気になったことを歩矢に聞いてみた。
「あの、歩矢さん。」
「何じゃ?」
「今は関係ないことだけど……歩矢さんはお母さんと道返玉を使って話してみたいとは思わないの?貸すよ。」
和州は手の中にある死者と話せるお宝である道返玉を差し出す。
「いや、儂は使わんよ。」
「やっぱり十種神宝は危険だから?けど、これを使っても目に見える傷は何もなかったしこれ位なら……」
和州が道返玉を使用したことによる外傷は2回とも見て取れなかった。
それなら何も危険はないはずだと考えるのが人間の心理というものだ。一度目立つものを見てしまうとそれだけにしか目がいかなくなってしまう。
「儂もそれは考えておったのじゃよ。そしてつい先日お主の様子を見てピンときた。道返玉の代償、恐らくは負の感情を増幅させることじゃろうな。」
「負の感情を増幅……?」
和州は言われてもどういうことなのか分かっていない様子だ。自分の感情の変化には意外にも自分では気付きづらい。そういう場合には人から指摘されてやっと気づくのだ。
「1回目の時は儂に、2回目では侑に感情の矛先を安易に向けておったじゃろ?どちらもきっかけはあったがの、些か過剰すぎる。」
「つまり、こっちは体に傷を与えることではなく精神的な傷を大きくしてしまうことが代償になる、と。」
和州は手に収まっているものに目を向ける。何度もそうされてきたそれは和州の手に良く馴染んでいる。
それでも、いくら形見でも危険が伴うものであることには変わりはないようで。
「今はまだ予想じゃがの。とにかく、危険はあるじゃろう。使わん方が良い。儂も、お主もな。」
「そうですね……分かりました。」
「分かったなら良い。……と、ついでにじゃ。使う前と後でこれらに何か変化はあったかの?」
歩矢は和州が眠っている間に撮影した道返玉と死返玉の写真を和州に見せる。
「道返玉はなさそうけど……こっちは……」
死返玉の中央には3つの白い点がある。使用前、その内の1つは輝いていた。
「けど、今はその1つも他の2つみたいに光が鈍くなってる。」
普通であれば見逃してしまいそうな変化だが、和州も伊達に探偵として鍛えられてはいない。目聡くその変化を見つける。
「もしかすると使用制限か何かかもしれんの。人1人を生き返らせるのじゃ。言わば禁忌じゃ。いくらお宝とは言え、そうであっても不思議はなかろう。使いはせんが念のため様子を見ておく必要があるの。侑には儂から連絡しておく。」
「はい。」
話がつくと今度こそはと荷物を抱え2人で並んで病室を出て行く。2人のその姿は和州の歩矢に対する壁が取り払われたからか、心なしか以前よりも仲睦まじく見える。
そのまますっかり顔馴染みになった看護師に挨拶をしながら院内を突き進み、外へと出ると担当医の水瀬が待っていた。
「元気になって本当に良かったよ。退院、おめでとう。」
「お世話になりました。ありがとうございました。」
「世話になった。ありがとう。」
2人して頭を下げ礼を言うと病院を後にする。
最初に向かったのは今回の事態のきっかけとなった和州が盗みを働いた家だ。目的は言わないでも分かるだろう。
驚く相手に頭を下げていると驚くほどにあっさりと許された。寧ろずっと開けられないものを開けて貰えてと感謝をされる始末で拍子抜けしてしまう程だ。
その後はスーパーに立ち寄り和州の不在で不足してそうな食材を買うと家へと帰って行った。
「2週間は空けてたからな……部屋がどうなってるのかが怖い。」
「いや、怖いとはなんじゃ。儂でもやっておったわ。」
「ハイハイ。」
「少しは信じてくれても良いじゃろうに……」
玄関の前で和州は久々の帰宅で歩矢のことだから汚部屋になっているのではないかと身を竦ませる。
歩矢ならばごみや服が積まれていても何ら不思議はない。綺麗なままで保たれているよりもそっちの方が自然だ。
「よし。」
大きく深呼吸をして覚悟を決めるとドアノブに手を掛ける。
ドアを開けていくとまず見えてきたのは廊下。
「良かった。廊下は無事だ。」
そこは特に何かしら異常があるようには見えなかった。廊下までもが汚いという最悪の事態が回避され、和州は胸を撫で下ろす。
そのまま進んでいき一瞬の逡巡は捨て去り、一思いにリビングのドアを開け放つ。
「なん、だと……」
リビングには和州が想像だにしなかった光景が広がっていた。
あまりにもあり得ない光景に幻覚でも見ているのかと目を擦って見直す。が、何度やっても見えてくるものは変わらずリビングの様子は同じままだった。
「嘘だ。」
「嘘も何もなかろうが。いつも通りじゃろう。」
「そのいつも通りがおかしいんでしょうが。」
そう、2人の言う通り部屋は和州がいる時と変わらないいつの通りの様相を保っていた。つまり綺麗。
まさか歩矢がこの状態を保っていられるとは思えず、和州にはにわかには信じ難い事案だ。だが、自分の目で見たものは信じるしかない。
「どんな心境の変化なんです?」
「儂だって反省しておるとずっと言っておっろう。お主に任せっきりにしたこともマズかったのかと自分でやってみただけじゃよ。料理だってしておった。自分でやってみて思ったが、大変じゃのう。これまで、悪かったの。」
「歩矢さん……!せっかくだし全体を見てくる!歩矢さんが綺麗に保った家を目に焼き付けておきたいから。」
「あ、和州っ待っておくれ。」
和州は歩矢の静止も聞かず軽い足取りでリビングを出て行く。
それはもう新しいおもちゃを買って貰った子供のような目をしていた。誰が見てもうきうきわくわくと胸を高鳴らせているのが見て取れる。
そんな和州がリビングに戻って来た時、その表情は死んでいた。
「あの、歩矢さん?」
「何も言うでない。」
リビングと廊下の他に綺麗に保たれていたのは風呂トイレだけ。あとは掃除が為されておらず、埃やらごみやらが溜まりに溜まっていた。
それを見た和州はさっきの得意げな歩矢は何だったのかとため息を漏らした。
だが、いつものだらしなさのある一面が見れてほっこりしたのも事実だ。これで安心感を覚えてしまう和州はもうダメなのかもしれない。
「まぁ、綺麗な部屋があっただけでも良しとするか。あとは僕が掃除するから。」
「さっきも言うたじゃろ?和州1人に任せるつもりはないと。」
和州は一瞬驚いた顔になるが直ぐに笑みへと変化する。
この歩矢には違和感しかないが、この変化が和州には嬉しかった。些細ではあるがずっと言い続けたことが叶ったのだから。
「始めるか。1日がかりだ。」
和州は満面の笑みで言う。そんな眩しい笑顔も掃除が嫌いな歩矢から見ると悪魔の笑みにしか見えないのだが。
「うへぇ……」
「ほら、嫌そうな顔はしない。」
空き部屋,収納部屋,2人の自室を掃除機をかけて整理していくと時間は矢のように過ぎていきあっという間に夜になった。
掃除が完了すると歩矢も手伝いながら夕食を作り、今は食べている最中だ。
メインは初心者でも簡単に作れるハンバーグだ。一応料理が出来るとはいえ、ほとんどやらない歩矢の手は危なっかしいもので和州のこの選択は正解だと言えるだろう。
そんな手作りハンバーグを半分ほど食べた所で和州は意を決したようにナイフとフォークを机に置く。
「……?和州、どうしたのじゃ。」
それに気づいた歩矢はフォークに突き刺したハンバーグを口に運ぼうとしていた手を止める。
「歩矢さんに話しておきたいことがあって。」
「ふむ……まだ何かあったのか。どれ、言うてみい。」
真剣な様子に歩矢も和州と同様ナイフとフォークを置き、背もたれにゆったりと背中を預ける。
歩矢が話を聞く態勢に入ったことを確認すると軽く息を吸い止めてから吐き出し自分の決意を切り出す。
「目が覚めてからずっと考えてたんだけど、やっぱり僕十種神宝を集めたい。」
それを聞いても歩矢は何も言わず目で続きを促す。
「やっぱり、僕も泥棒の子供だからかな。父さんと母さんが道返玉を入手したように僕も探して集めてみたい。勿論、お宝だから誰か人の手にあるんだと思う。だから盗まなくちゃいけない。けど、道返玉も死返玉も良くないことをしている人の手にあった。だから残りもその可能性がある。それなら問題ないよね?
それに、僕が集めることで代償の被害を受ける人を無くせる。侑もだけどそれで苦しむ人は居るからね。」
和州が一息で言うのを聞き届けると歩矢は目を瞑ってまた見開いた。その間実に2,3秒程度の出来事だったが和州にはとてつもなく長く感じられる。
「お主の言いたいことは分かった。確かに悪事をしている者相手専門じゃからとお主の両親のことは見逃しておった。それで削れる力もあるからの。十種神宝ともなればそれも大きいのやもしれん。被害を無くしたいという考えには儂も同感じゃ。」
「だったら……!」
和州は目を輝かせて勢いよく立ち上がる。
歩矢に考えが肯定された。だったら認められたのかと期待する。
「その前に1つ質問じゃ。確かにこれほどのものならば悪事をしている者が所持をしている可能性も大いにある。じゃが、善人が持っておったらどうするつもりじゃ?盗むのか?」
これに和州は顔を顰める。
和州もこの可能性は考えていない訳ではなかった。だが、具体的解決策は何一つとして思い浮かばなかったのだ。
そういった人から盗むなど論外だ。これまでの和州ならそうしていたのかもしれない。
しかし、今回のことを経験した和州はそうしようとは思えなかった。もう身内でのトラブルは経験したくないのだ。
それに、大きな動力になっていた歩矢への憎しみももうない。
そんな心境で善人と言える人から盗むことが和州にはもう出来なかった。
「それは……話し合いでも何でもして……と、とにかく、その時に考える。」
「それが無計画と言うのじゃろうに……とは言え、儂も案を出せと言われても難しいんじゃがの。」
和州の顔からは輝きが消える。再度、静かに座り直すのを確認すると歩矢は補足する。
「そう勘違いはするでない。儂も基本的にはお主の考えには賛成じゃからの。情報集めは手伝ってやるとしよう。それだけならいつもとさほど変わらんしの。今の話のことも含めてあとは自分でやるのじゃ。明日から来る3人にも上手く伝えることも忘れずにの。」
「……!ありがとう!」
想いが通じたことに和州の顔には花が咲いたような笑顔に戻る。
そこからはまた何でもないような雑談をして食事を再開し、2人で片付けをしてと過ごしている内に夜が更けていった。
そして日付は変わり朝になる。
退院後も安静に出来るようにと担当医だった水瀬が調整したおかげで今日は土曜日だ。和州もこれには大いに感謝した。退院して直ぐに学校に行くとか嫌すぎる。
着替えを済ませリビングに降りていくが歩矢はまだいない。少し変わったとはいえ朝の弱さは健在だ。
仕方ないと朝食を作り、歩矢を起こす。
やはり朝の乱れ具合も相変わらずで、寝癖が付き、パジャマははだけかかっていて着やせする体がちらちらと和州に見えている。
渋る歩矢を和州は無理やり着替えをさせ、2人で朝食を摂る。
「もう少しで3人が来るの。」
「その前に昨日出たゴミを捨ててくるよ。」
「いや、それは儂がやろう。朝食作りは任せっきりにしてしもうたしの。」
「じゃあ、お願いしようかな。……けど、待ってて。まだ捨てたいものがある。」
和州はリビングを出て階段を駆け上がり自室へと入っていく。
そして戻ってきた和州の手には初めて盗んだ時のチョコ菓子の箱が握られていた。何も言わず袋の中に入れ、歩矢に向かって頷く。
ごみ捨てから歩矢が戻ってきて少し経つとチャイムが鳴る。
「僕、出てくる。」
「うむ、頼んだ。」
和州が玄関へと向かいドアを開けると手前に侑と華鳴が並び、その後ろに恋奈が居た。
「いらっしゃい。3人とも。」
「今日からよろしくね!」
「……ん。」
「楽しみです~」
和州は自宅兼事務所となっている家の中へと迎え入れる。
そうして5人はまた新たな1歩を踏み出すのだった。
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