第参話 その探偵、家族につき。
向かい合って座る和州に歩矢は何も言わず懐から取り出したものを机に置く。
「んなっ……」
和州は出てきたものに開いた口が塞がらない。
歩矢が取り出し机に置いたものは銀色に輝く細いリングに大きなダイヤが1つあしらわれ、周囲を彩るようにルビーやサファイア、エメラルドが装飾された指輪だった。
見覚えがあるどころの話ではない。その指輪は紛れもなく和州が昨夜に盗み出したものだ。
「どうしてそれを……。気づかれないで隠したはずじゃ……」
確かに和州が埋めているときは誰かに見られている気配はなかったはずだ。そもそもその時に見つかっていたら今のような状況になっていただろう。
「全く。やはりお主じゃったか。」
「あ……」
和州は今の発言が失言であったことに気付く。
歩矢は和州が盗んだとは思ってはいるが、言い逃れが出来ないようにあと一押し何かしら証拠が欲しかったのだろう。それを和州の口から引きずり出したのだ。
何も言わずに差し出したのはそういうことだ。
これは歩矢が良くやる手口で、サポートをしている和州も目の前で何度も見ている。
「それに昨日も見たばっかりだったのに……」
だから和州には気づけたはずだ。それでも引っかかってしまったのは動揺が大きかったからか。
「これに引っかかるお主もまだまだということじゃよ。そんなことよりもこれは何なのじゃ?」
静かに、だが怒りが多分に含まれた決して優しくはない声で問う。
「その前に1つ良いですか?歩矢さん。」
「なんじゃ?」
「どうして気づいたんですか?歩矢さんが寝てから家を出たはずでしょう?」
和州は最大の疑問点を口にする。
歩矢は寝たら朝まで起きないはずなのにどうしてその存在に気付けたのか、何故隠し場所がバレたのか、と。
和州が行動を起こしたのは歩矢が寝てからのことだった。行動をするのにも気を使っている。普通ならばその存在に気付けるはずもなく、ましてや隠し場所を暴くなどもっての外だ。
なのに指輪を見つけ出せたのはどういうことなのか。
「ふむ、順を追って話そうかの。儂はの、前から怪しいとは思っておったのじゃよ。」
歩矢は気づいた和州の不審な点を挙げていく。
1つ目。やたらお金の回りが良いこと。
和州は歩矢に小遣いを与えられてる額は決して多い訳ではない。だというのに特にお金に困ってる様子もなく買い物をしていることを不審に思った。
これだけなら気のせいだとも流せたが、それを疑念へと変える2つ目。眠れずにいた時のこと。一度だけ夜中にこっそり出歩くのを気づいたことがあること。
こればかりは怪しさは拭えなかった。だが、自分の家族で弟子の和州が悪いことをしているとは思いたくなかった。
だからこれは眠れなくてただ夜の散歩だ。和州が夜に出歩くのは保護者の役割を果たしている歩矢にとっては良いとは言えない。が、家事を任せっぱなしで疲れているのもあるのだろう、そう思い見逃すことにした。
そして疑念を確信へと変えた3つ目。書類が大量にあった部屋で床に備え付けの金庫に価値のあるものが入ってると聞いた際、僅かに和州の表情が変わったこと。
「あのお主の顔は価値あるものが入ってることに驚いたものには見えなんだ。あれは何か悪いことが頭をよぎった顔じゃった。その考えに動揺する素振りもなかったのでな。それで初めてではないのじゃろう、と悟ったのじゃよ。
じゃから、現場を押さえてやろうと夜に見張っておったのじゃ。いや、見張る積もりでおったという方が正確かの。
それにしても、寝たふりをするためにベットに入った瞬間に寝入ってしまったのは誤算じゃった。慌てて起きた時には既にもぬけの殻での。
そこにお主が帰って来おった。直ぐに外で土を掘るような音が聞こえてきての。じゃが、またもや眠さに負けてしもうての。酒を飲まんとお主に怪しまれそうじゃったし、これほど自分が情けなく思うのも中々ないのう。
じゃから、せめてと今日になって探したのじゃ。
掘り返した後はなかったがの、そこまでヒントがあればあとは簡単じゃった。目印になりそうな場所を探せば直ぐに見つかったからの。
そして、最後にこれは今思えばというものじゃがの。
お主、顔色が悪い時があるぞ?極端に酷い時があるからの、ずっと心配はしとったのじゃ。
隈が付いてる故、寝不足なだけかとも思っておったのじゃが……ずっと盗みをしておったんじゃろう?
現に、今も相当酷いぞ。自分で気付いておったかの?」
和州は昨夜に歩矢が言っていたことを思い出す。歩矢は確か「和州も余計なことはせずに早く寝るのじゃぞ。」こう言っていたはずだ。
ここにきて初めてこの意味深な発言の意味を理解した。歩矢が言う通り、あの段階で悟っていたからこその忠告のつもりだったのだろう。
「そんなことで……」
歩矢の観察眼には和州は脱帽するしかない。まさかちょっとした表情の変化だけで見抜かれるとは思ってもみなかった。
それだけでなく、お金の使い道までもが違和感を持つきっかけになるなど誰が予想出来ようか。
しかも、あの歩矢が一度でも起き上がったというのだ。酒を飲んだ状態でだ。それはにわかには信じられ難いが、事実として指輪が見つかってしまっているのだ。もはや信じる外ない。
「そんなことではないぞ。当然のことじゃ。何年お主の傍におったと思っておる?今日で丁度10年じゃぞ、10年。その間ずっとお主を見続けてきたのじゃ。儂の家族としても、弟子としても、の。それで分からん訳がなかろう。」
「そこまで分かってたんなら、どうして盗みに行く前に問い詰めなかったんです?」
「逆に聞くが、物証もなしにお主は非を認めたかの?」
答えは勿論NOだ。そんなことで悪いことをしたと認めるはずがない。証拠がないだとか気のせいだとかで言い逃れて終わっていただろう。
歩矢は和州のことを十分に理解していたということだ。
歩矢は出会ってからの10年の日々を懐かしむような遠い眼をする。頭の中では和州との日々が巡っていることだろう。
「まさかお主がそんなことをするとは思わなんだ。」
穏やかな顔は悲しみに暮れた表情へと変化する。
「で、これは何なのじゃ?」
そして最初の問いに戻る。
和州は静かに聞き入り、歩矢の言葉を否定するようにフルフルと力なく、だが確かに首を振る。
「答えよ、和州っ」
歩矢は空気が割れんばかりの大声を出す。
和州は歩矢の迫力に気おされ一瞬だけ固まり、感情が溢れ出す。
「僕は…ぼく、は………」
涙腺が決壊し、涙ながらに自分の想いを吐露していく。
それは和州が10歳になる少し前のことだった。
「おつまみを買ってきて欲しいって、歩矢さんも人使いが荒いなぁ。」
和州は歩矢のお使いで夜のコンビニを訪れていた。
カゴにレンジで温めるだけのもつ煮込みとサラミ,チーズが入れられていく。全て歩矢お気に入りのおつまみだ。
「これで良いか。」
レジに並ぶためにお菓子が並ぶ列の前を通っていく。
その途中で当時和州が好きだったパッケージに楕円形の鳥が描かれたチョコのお菓子が目に入る。
「勝手に買ったら怒られるよな……」
和州は許可なく勝手な行動をするのはダメだと歩矢に言い聞かされ、守らなければきつく叱られていた。
歩矢としては探偵として些細なトラブルが大事へと発展した依頼を幾度となく受けてきた。それを覚え、無用なトラブルは起こして欲しくないという思いからくるものだった。
だが、そんな考えだとは露も知らない和州には不満でしかない。
「歩矢さんばっかりずるい。バレないようにする方法は何か……」
そもそもお金は歩矢から預かったもののためレジを通した瞬間にバレてしまう。
だったらレジを通さずに持ち帰る、つまり盗んでしまえばバレないのではないか、そう考えてしまったのは泥棒を両親に持つ子供として当然の帰結だったのかもしれない。
だが、歩矢の顔が浮かび諦めようとする。万が一のことがあったら怒られてしまうのは目に見えて分かることだ。
「でも歩矢さん、今も家で飲んでるんだよな……」
そう考えると腹ただしく思えてくる。
歩矢は飲んで食べてと自由にするのに対し、和州だけは許可がないとお菓子を食べることも出来ないことに理不尽さを覚える。
「それに……」
それに、歩矢は父さんと母さんの仇じゃないか、そう思ってしまってからはもう止められなかった。
「ただで歩矢さんの頼みなんて聞いてやるもんか。」
その足でレジに向かい、カゴに入っているおつまみだけを会計する。
そして両親に教えられた人目があるときの盗み方を反芻し、お菓子売り場へと引き返す。
この場合のポイントは2つだ。
ポイント1。歩くペースを変えずに通り過ぎ、脇を通った瞬間に盗むこと。
教えに従って事前に確認した場所からチョコを1つ盗り、ポケットに入れる。
そしてポイント2。絶対に視線を彷徨わせないこと。
目と顔は普段歩くときと同じように前を向かせたままにし、歩き去る。
怪しくはないかバレてないかと不安になるが、「自分は買い物に来た一般人だ。何もしていない。」と言い聞かせ、振り返りたくなるのを我慢する。
「ありがとうございましたー」
店内に良く通る声の店員さんの声に送られ店を出る。成功だ。
両親に教えられたことを使い初めて成し遂げた。大きな達成感を感じ、和州はそのことがたまらなく嬉しくなり、高揚感が湧き上がってきた。
そしてスキップを踏むようなリズムで歩き、家まで戻る。
「やけに嬉しそうじゃの。何か良いことでもあったのかの?」
「なんでもないですよ。」
「儂にも教えてくれても罰は当たらんぞ?」
家に帰ってからも歩矢に気取られないようにと引き締めたつもりの頬が中途半端に緩んでしまう。
酔いが回り始めている歩矢はというとなにか良いことでもあったのだろうと解釈し和州の様子を微笑ましく見つめている。
そんなことがあってから数日経ったある日の夜。和州は初めて実行し成し遂げたあの夜の高揚感が忘れられずにいた。
「あれは良かったな。」
ベットに寝転がりながら空箱を天井に向かって掲げ、見つめる。
「明日、もう1回やろうかな。」
こうして、軽度の万引きが一つまみの喜びとなり、歩矢への反抗心の現れとして日常の中に根付いていった。
そこから更に4年が経過し和州が14歳になっていた。
初めは高揚感を覚えていた生活にも慣れがきて久しい。万引きはその頃になっても続けていたがスリルを感じるようなこともなく、飽きがきていた。
「お~い、和州よ。依頼主の下へ行く時間じゃぞ。準備は大丈夫かの?」
和州が部屋で懐かしさのある空箱を取り出し、思い出にふけっているとリビングから声がかかる。
「は~い。今行きます。」
空箱を机の中にしまい、外出用の服に身を包み依頼主の下へと出かけていった。
その日の依頼は最近行動が怪しい旦那の浮気調査をして欲しいというものだった。
手始めに、ターゲットが居ない間に男の自室を隈なく調査をすることになった。
「んー、やはり何もないのう。これは追跡調査が必要じゃの。」
その後も他の部屋も調べて行ったが目ぼしいものは何も見付けられず、翌日から男を直接調べることになった。
それから和州が学校に行っている間も歩矢が調査を続けていたが、何も収穫は得られず1週間が経過した。
「それじゃ、今日も行くとするかの。和州も大丈夫かの?」
「はい。準備は出来てますよ。」
その日は土曜日で、和州もサポート役として付いていける日で一緒に張り込みをすることになっていた。
「うむ。今は件の男も家に居るらしい。張り込みに出発じゃの。」
そうして2人は早速張り込みを始めた。
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