第64話 ハラルドと古巣のメンバー僧侶リザは和解する



 俺たちが屋敷に滞在できる時間はそれほど長くない。

 長く居続ければ教会の人間が戻ってくる可能性があったし、邪教側の人間だって、全員が駆逐されたわけではないだろう。

 敵に見つかる前に、ことを済ませる必要があった。


「よし。これも保存がききそうだな。こっちも……」


 朝日が登り始めて、街を照らし出した頃。

 俺たちは食料保管庫に入って、鞄に荷物を詰め込んでいく。

 ナタリーに探すのを手伝ってもらいながら、保存食を確保しているのだ。


「こっちもしばらく食べれそうだな。持っていこう」

「あの、いいのでしょうか……?」


 俺が布包みの乾燥肉を手に取っていると、ナタリーがおずおずと尋ねてきた。

 泥棒じみた行為に罪悪感を感じた様子だ。

 しかし俺は、自信を持ってかえした。


「ここには主がいないんだ。腐らせてしまうよりは活用した方がいいだろう」

「他の誰も食べにこないのですか?」

「いるとすれば教会の人間くらいだろうが、廃棄するだろうな。そうなればここにあるものは全部ゴミにされるぞ」

「それは勿体ないです!」


 廃棄されると知ったナタリーは飛び上がって。真剣に探し始めた。

 薄暗い木造倉庫をキョロキョロを見回すのをよそに、俺も持っていた肉を鞄に放り込む。


 まあ泥棒であることには違いない。

 だが、生き延びるためなら許されるだろう。


 


 荷物を回収した俺たちは、旅の用意を整え終わった。

 懸念していた食料も、鞄パンパンになるまで補充できた。

 足りないものがあるとすれば金くらいだが……


(さすがに、そこまで持ち出すわけにはいかないな)


 どうせ邪教のものだから、と奪うのはまだいい。

 しかし商人と取引をしていた一般人にも被害が出てしまうかもしれない。

 

 倉庫を出た俺たちは、そのまま屋敷のエントランスに戻ってきた。

 最初に来た頃よりも日は高くなっていて、薄暗い早朝は終わっていた。

 豪勢なシャンデリアの下で、カバンを降ろす。

 そして最後の確認を済ませた。


「もう持っていくものはないな」

「ありません!」


 ナタリーが手をあげてこたえた。

 今は騒動になる前に、街で買った魔法使いの三角帽をかぶっている。

 長耳が飛び出ており、周囲の音を聞いて警戒できる体制だ。

 そして他の装備はというと、どれも肌が見えづらいものになっていた。

 なぜそれを選んだのかは……まあ、聞くまでもないだろう。


 一方で俺は、屋敷から似た色のローブを拝借してまとっていた。

 もちろん邪教の印のついた特別なものではない。

 どこにでも売っている普通のものだ。

 これがないと落ち着かない。悪いが、これだけは貰っていくとしよう。


「屋敷を出る前に魔法をつかって姿を隠すぞ。そのまま街を脱出する、いいか」

「はいっ。はぐれないようについていきます!」

「まだ教会の人間がうろついているはずだ、注意しながら進もう」


 俺は念押しして頷き合い、手を重ねた。

 杖を振って魔法を使って姿を隠したあと。

 こっそりと玄関の扉を開いて外に出た。


 目の前に、瑞々しい屋敷の庭が広がっている。

 まっすぐ正門に続く道の途中に、ぽつんと一人の少女が立っていた。


「……っ!」


 俺は息が止まりそうになった。

 ナタリーも緊張したのか、握り合った手がこわばったのを感じた。

 聖教会側の人間が立っていたのだ。

 リザだ。

 ぽつんと一人で、俺たちを待ち構えるみたいに立っていた。


(なぜここに。いや、そんなことより、扉を開けたところを見られた……っ)


 出鼻をくじかれて冷や汗を流す。

 そこで俺はリザのスキルを思い出した。


 確か直接触れた相手『一人』の詳細を知る能力だと言っていた。

 だが、邪教側の人間に対してスキルを使っていたのを目にしている。

 もう俺の情報を見ることはできないと思っていたが、まさか今も居場所が見えているのだろうか。

 そうだとすると、まずい。


「ハラルド、そこにいるの」


 短い言葉で聞いてくる。

 やはり俺を待ち構えていたらしい。

 周囲を警戒したが、しかし不思議なことに、リザの他に人の気配は感じられなかった。音に敏感なナタリーも首を横に振っていた。


(何のつもりだ。俺たちを捕らえにきたんじゃないのか)


 聖教会は悪魔の存在を許さない。

 悪魔に関わる一族である俺を、そのまま野に放ってはおけないだろう。

 俺の仲間で、亜人であるナタリーの対処も考えていたはずだ。

 しかし、リザに攻撃的な気配は皆無だ。


「姿を隠したままで構わない。あなたに伝えることがあって来た」


 リザは俺の困惑に一切構うことなく話し始める。

 やはり俺たちの姿は見えてはいないようだ。

 見えていないはずなのに、俺は真っ直ぐに見られているような気がした。


「聖教会は戒厳令の後から街の入り口は厳重に封鎖している」

「…………」

「けれども、朝のうちに街にやってくるよその商人を止めておくことは難しくなっている。混乱に乗じて逃げられるはず」


 彼女は朝日を背景に、俺たちを救うような言葉を述べてみせた。

 リザの言葉に嘘はないように見えた。


「私のスキルは、あなたたちを追うことはできない。でも命令されたら従う」


 それだけを言い残して踵を返した。

 俺には理解できなかった。


「すぐに街を立ち去るといい」


 なぜ彼女は、わざわざそんなことを言いにきたのだろう。

 

 俺は視線でナタリーに意思を伝える。

 ナタリーは少し驚いた様子だったが、頷いてくれた。


「待て」


 戦闘も覚悟の上で隠蔽の魔法を解いた。

 声をかけると、リザは足を止めて俺たちの方に振り返った。


「どうして聖教会の人間のお前が、俺たちを手助けするんだ」


 細い目は相変わらずで、声だけでなく表情からも感情が読みづらい。

 彼女は門の方に背を向け、改めて向き直る。


「お前たちにとって危険な俺を逃せば騒ぎになるだろう」

「…………」

「一体、お前は何がしたいんだ?」


 リザは少しの間うつむいて、やがて答えを出した。


「コルマールの街で、ずっとあなたを見てきた」

「……その頃から監視していたんだったな」

「うん」

「血縁だと確定したいまなら尚更、俺を野に放すべきじゃないだろう」


 リザは首を横に振った。


「わたしが教会に所属しているのは『スキル』を持っているから」

「スキルを……?」

「子供の頃に親が私を教会に所属させた。私の信仰心は、他の人ほどじゃない」

「お、おい。そんなこと言って大丈夫なのか……?」

「神様は大切だけれど、無関係な人を傷つける教義は好きになれない。今回の騒動で少しくらい反省するといいと思う」


 その言葉を聞いて動揺した。

 聖教会の人間とは思えない突飛な発言だ。

 もし他に聞かれていたら、彼女はとんでもない目に遭うだろう。

 しかし、それは彼女の感情が『まとも』であることを示していた。


「教会に命令されて、従わざるを得なかったってことか」

「そう」

「まあ、全部納得はできないけど……そういう立場だってことは分かったよ」


 色々なことに、いきなり納得しろと言われても無理がある。

 しかし俺と似た境遇なのかもしれない。

 子供の頃にねじまがった・・・・・・家に生まれたら、家から逃げ出しでもしない限りは囚われてしまう。

 そう思うと、多少は彼女に同情できた。


「あなたを危険人物として監視していたけれど、違うことはすぐに分かった」


 リザは懐に手を伸ばして、自分のギルドカードを取り出してみせる。

 彼女の『所属パーティ』の欄が空欄になっているのが見える。

 少し懐かしむような視線でそれを見つめた。


「あなたは人一倍必死だった。あの・・パーティを支えていたことを、わたしは尊敬していた」

「……そういう風には思えなかったけどな」

「顔に出ないというのは、よく言われる」


 ギルドでは、疫病神だの無能だのと、さんざん言われていた。

 しかし思い返せば、パーティに所属していた頃にリザから侮蔑の言葉を受けたことは一度もない。


「あなたは悪い人じゃないと思う。だから逃げて、見つからない場所に行って。今なら死んだと思わせることができる」


 俺は今まで、嘘や適当な言葉に何度も騙されてきた。

 しかしリザの言葉は違うと分かった。

 純粋で嘘のつけないナタリーと、同じ空気を感じたからだ。


「使い捨てとはいえ、聖教会が俺を利用するのは少し妙だと思っていた」


 思い返せば妙なことはあった。

 今回の件は聖教会であっても手を焼くような事件だ。

 しかし悪魔に属する家の人間を、盾役とはいえ利用することは考えにくい。


「そうするように仕向けたのもお前なのか」

「うん。一番偉い大神父様がいなかったから、押し通した。それが唯一助かる方法だった」

「俺がここに来ることが分かっていたのは、どうしてだ」

「荷物を置いたままにしていたことを覚えていた」


 そういえば、この屋敷に踏み込んできた聖教会の人間の中に、リザもいた。

 俺たちの荷物が残っていたのも、手を回してくれたのかもしれない。

 

「俺は……」


 リザは信用できる。

 俺はようやく警戒心を解いて、言った。


「お前に恨みはない。助けてくれて、感謝する」

「……そう」


 リザは許されることを求めて来たわけではない。

 しかし俺はパーティであった出来事をすべて忘れて、リザと接することを決めた。

 純粋に、裏から助けてくれたことを感謝した。

 

「これを持っていくといい」


 リザは離れている俺たちに布袋を投げてくる。

 俺は魔法でキャッチして、ナタリーのほうにゆっくりと受け取らせた。

 片手で受け取ったナタリーは、耳をぴんっと立たせた。


「銀のお金です……!」


 ナタリーの手で開かれた袋の口を覗き見ると、十数枚の銀貨が入っていた。


「リザ、この金は何だ」

「パーティの報酬。少ないけど、あなたの取り分」

「報酬? お前が払う必要はないだろう」

「わたしはリーダーじゃないけど仲間だったから。必要以上のお金は不要だから、あなたにあげる」


 彼女はメンバーであり、この件に一切の責任はない。

 俺に支払う義務なんてないはずだ。

 しかし返そうにも、今の俺たちに当面の金が必要なことは事実だった。


「さようなら、ハラルド」


 言いたいことは全て言い尽くしたのだろう。

 錫杖を軽く鳴らしながら、リザはそのまま門の方を向いて歩き去っていく。


「人間さん……」


 ナタリーは布袋を握り締めて、門のほうに去っていく後ろ姿を見守った。

 俺は複雑な気持ちで彼女を見送った。


(俺をそんな風に思っていたやつも、いてくれたのか)


 好意的に思ってくれる人間がいたなんて考えもしなかった。


 もう二度と彼女に出会うことはないだろう。

 別れ際、ギルドの人間から姿を消した時と違って、寂しさを感じていた。


「今度は、友人として会えたらいいな」


 俺はそんな風に言う。

 門の前まで歩いていたリザは、足を止めて振り返る。


「うん。ハラルドも、そっちの仲間の子も元気でね」

「は、はいっ……!」


 エルフのナタリーにも普通の人間のように接した。

 鈴音を鳴らしながら、リザは朝日に包まれた明るい街に姿を消してゆく。


 ギルドの人間は全員大嫌いだ。

 彼女は、唯一の例外だ。

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