第59話 ハラルドは血縁の兄と戦闘を開始する


 階段を登り切った先もまた、先ほど転移した場所に似た広場であった。

 空気の流れる音さえもうるさく感じるほどに、しんと静まり返っている。靴を履いていないために足音を消して移動できたことは幸いだった。


 この階層は、雰囲気や様相がほかと全く異なっていた。

 身を隠してあたりを観察する。


「なんだ、この部屋は……」


 壁が発光していないためか薄暗く、かわりに無数の蝋燭が立てられていた。

 火の香りを発しながら揺らめいてる燭台の数は数千以上だ。

 他にも血生臭い匂いも漂っている。

 その正体に気づいたナタリーは、口元を抑えてうなだれていた。


「ううっ……」

「生贄か」


 魔物の死骸や魔石が、血で描かれた魔法陣の上に規則的に配置されていた。

 部屋には三人の黒ローブの男が佇んでいて、小声で何かの呪文を唱えている。

 俺の知っている言葉ではない。

 耳をすませたが、聞き取ることはできなかった。


(あいつは……!)


 彼らの中心には、黒い本を手にしながら詠唱を行っている白髪の男がいた。

 その姿を見た俺は杖を強く握り締める。

 まぎれもなく兄であるパウル・マールム だ。


 碑文の転移は大成功だったらしい。

 こんなにも早く見つけられるとは思ってもみなかった。

 いま、まったく俺たちに気づかずに何かの儀式に夢中になっている。


(やつらは俺たちに気付いていない。いや、ここに居るなんて想像していないだろう)


 恐らくパウルは生贄の部屋に落として、這い上がれないと思っていたはずだ。

 事実、非常に危険な状況に追い込まれていた。

 ナタリーが古代文字を解読できなければ、俺が大量の魔力を流して遺跡の仕組みを発動させなければ、二人でこの場所に来ることはなかっただろう。


「ナタリー」

「わかっています」


 小声で囁きあって意思を伝えた。

 三対二の不利を覆すには、この機会を有効に使う必要があった。


 奇襲をかける。

 チャンスは一度きりだ。


 ……奴らが背を向けた。今が、チャンスだッ!

 俺は、全身で触れ合っているナタリーの肌から普段の何倍もの速さで魔力を受け取り、光系統魔法を構えて飛び出した。


「『ライト・ランス』ッッ!!」


 彼らが気付いて振り返った時には、遅い。

 光の槍が、彼らの目先に迫っていた。

 

「なっ、くそッ。『フレーマ・ウォール』ッ!」


 唯一、パウルだけがかろうじて、純粋な炎系統魔法の発動に成功して炎の壁で身を守った。

 咄嗟とはいえ、強力な光の壁に弾かれた魔法は消失してしまう。

 しかし他の二人はそうはいかなかった。


「ぎゃっ!」

「う、うがああっ!!」


 細く分かれた光槍の二本が直撃する。

 本来、光系統の攻撃は普通の人間には何の効果もない魔法だ。

 しかし『悪魔の魔法』に染まった人間に対しての攻撃力は絶大で、ローブ男達は思いっきり背後に吹っ飛んでいった。

 

「あの人は……!」


 倒れた一人のフードが脱げると、ナタリーが声をあげて気付いた。

 痙攣しながら倒れた男は、この街に訪れたときに遭遇した魔法使いだった。

 もう一人は全く知らない男だ。彼を気遣っていた仲間の姿はない。

 

「っ、ハラルドてめぇ! 一体どこからこの場所に侵入してきやがった!?」

 

 パウルは遅れながら俺に杖を向けてくる。

 目を血走らせており、尋常ではないほどに怒っているようだ。

 それに対して俺も怒っていた。


「お前、一体この街の人間に何をした!」

「んなこたあどうだっていい! てめぇらは生贄の部屋で野垂れ死ぬはずだった。どうやって脱出しやがったんだ……!?」


 予見されている可能性もあったが、仕掛けを発動されるのは完全に予想外だったようだ。

 パウルはこの巨大遺跡を使って何かを企んでいる。

 だがその機能を一部引き出したものの、完全に把握はしていないらしい。


「くそッ。まあ、いい。動けねえんならこいつらは用済みだ」


 意識を失った仲間二人に唾を吐き捨てる。

 そして俺たちが睨み続けているうちに調子を取り戻したらしく、俺たちの姿を見ていやらしく笑い始めた。


「クク、それにしても、その格好はなんだぁハラルド」


 指刺して、ここぞとばかりに今の俺の姿を嘲笑ってきた。

 全裸でローブを纏った姿はさぞ滑稽に映ったことだろう。

 

「さすがの俺様も、そんなモロ出しの惨めな格好で戻ってくるのは予想外だったぜッ。クハッ、ヒャハハッ!! 

「うるさいッ! 俺だって好きでこの格好で来たわけじゃないッッ!」

「ほう。よく見りゃあ後ろの女も裸か! こんな状況でお楽しみとは余裕じゃねえかハラルド。ああんっ?」

「ひぃっ!」


 パウルは半裸ローブ姿の俺から、背後で背負われているナタリーに視線を移して舌舐めずりした。

 様子を見ていたナタリーは顔を青くしながら、急いで俺の背中に身を隠した。


「俺は、過去の落とし前をつけるために戻ってきたんだ。お前には何もさせない、覚悟しろパウルッ!」

「モロチン恥晒し野郎が言うじゃねえか! いいぜ。来ちまったものは仕方ねえ!」


 余裕ぶった態度で服の埃を払ってみせる。

 そんな相手に、俺はナタリーの魔力を受け取って、真っ向から魔法を放った。

 

「『ライト・ランス』ッ!!」

「ククッ、その程度かよォ、ハラルドッ!!」


 パウルが杖を大振りすると、眼前に分厚い炎の壁が作りあげられた。

 魔法の光は、あっけなく紅色の熱の中に消えていった。


 やはり通用しないか。

 俺は舌を打った。

 元々パウルは悪魔の魔法以外の実力も高い。

 悪魔に魅入られて、狂ったように魔法を乱用するようになる相手よりも理性的で、厄介だった。


「パウル。お前は一体、ここで何をするつもりなんだ」


 相手の目的を尋ねる。


「何だ、聖教会の人間と手を組んだんじゃなかったのかぁ?」


 パウルは首を傾げながら、とぼけるようにかえしてきた。


「お前は強力な魔物を操っている。この辺りの街にけしかけているだろう」

「クククッ。ああ、そうさ」

「同じ人間を殺して、お前は一体何がしたいんだ!?」

「おいおい。そこまで分かってるなら聞くんじゃねえよ。仮にもマールム一族の人間だった男だろう」

「俺を、一緒にするなッッッ!!」


 俺がブチ切れると、パウルはそれを面白がるようになお笑った。

 俺は家族が理解できない。

 理解したくなかったから、家から逃げ出したのだ。

 

「なあハラルド。そもそもこの遺跡の塔は、何のために存在していると思う?」

「……そんなの俺が分かるはずないだろう」


 俺は横目で、古代文字を読んだであろうナタリーに視線を飛ばした。

 だが、わからないという風に首を横に振ってかえしてくる。

 それについての記述はなかったらしい。


「こいつは巨大なだけの木偶の坊じゃねえ。古代兵器なのさ」

「古代兵器……?」

「このあたりには地脈の力が溢れている。そいつを利用して、術者の魔法の威力を何倍にも引き上げる効果があるのさ」

「っ! お前っ、まさか!!」


 俺は思わず周囲を見回した。

 乱立した蝋燭に、生贄に捧げられたと思われる動物の死体。

 血で描かれた魔法陣の中心部にパウルは立っている。

 非常に嫌な予感がして汗を流した。

 なぜならこれは、俺が過去に唯一見たことのある、悪魔召喚の儀式であった。

 

「『すでに魔物が操れることハ確かめタ』」


 パウルは立ったまま、その場でうなだれた。

 不自然な声を出した。隠れていたナタリーが驚きながら様子を覗いてくる。


「なっ、なんですか! 急に声が変わりました……!?」

「…………」


 俺は、これから何が起きるのか悟っている。

 やつの体からぶわりと、邪悪な魔力が吹き出してくるのを感じた。


「操れる魔物はこんなモンじゃあネエ。全てを『滅ぼシテ、我々の生贄二捧げルノダ……!』」


 パウルの声と、聞いているだけで寒気が走るような地獄の声。

 二つの音が混ざり合っている。


「魔物を使って大勢を殺して、その犠牲で悪魔を呼び出すつもりか……!」

「ハラルドォ。計画のタメにッ、『ソノ女の膨大ナ魔力ヲ貰うゾ』』


 異様な雰囲気で低く笑うパウルの身体自体にも、変化が起きた。

 背後から黒い煙が湧き出してきた。


「なっ。お前、その姿はッ……!」


 じわりと浮かび上がった煙は霧散することなく、這い出してとどまった。

 それが出てきた瞬間、漂っていた邪悪な空気が一層濃くなった。


「あ、あぁっ。あれは、な、なっ……なにっ」


 背負われているナタリーが悲鳴をあげかけた。

 Aランクの魔物を目前にしたときよりも、ずっと怯えている。


 背中から這い出てきた恐ろしい異形が、徐々に白い形を成していく。

 パウルの背後で身体が形成され、骨の姿をからどった。

 巨大な牙を有した肉食動物の頭蓋骨に、ボロボロの黒い外套を纏っている。

 鋭く尖った歯を持つ生物の特徴を持たない存在。

 俺が幼い頃に見た上級悪魔が、再びこの世界に姿を表した。


「『サア。我らニ生贄ヲ捧げヨ、ニンゲン共』」


 杖を向けながら立ち尽くす俺とナタリーを、悪魔の空洞の眼が見つめる。 



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