第57話 ハラルドはナタリーと遺跡の仕掛けを起動する


 碑文の前で考えていた俺が隣を見ると、ナタリーが脱いでいた。


「お、おまえっ、何をしているんだ……!」


 外行き用の上着を堂々と脱いで、小ぶりな胸が露わになりそうなところで、俺は慌てて顔を逸らしてうったえた。

 だがナタリーは脱衣をやめることはなかった。


「ハラルドさんも脱いでください」

「はぁっ!?」


 全てを脱ぎ捨てたナタリーの要求に、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 隠していた顔をもう一度向けて、おそるおそるナタリーを見る。


 細腕で胸を、手で股間を覆い隠していた。

 肝心な部分は見えないが、それでも普段見えない部分がたくさん見えてしまっている。本人も恥ずかしいのか、赤くなった顔でうつむいていた。


「お前、なんでこんなところで服を脱いでるんだよ……」

「もっとたくさん触れ合えば、もっと魔力を受け取れるんですよね」

「まさかそのために脱いだのか?」

「はい……」


 薄々は分かっていたが、いきなりステップを超えすぎではないだろうか。

 確かに直接触れている場所が多いほど、受け取れる魔力も多くなる。

 手袋や服越しでは魔力を受け取ることはできない。だから理屈は理解できるのだが、踏ん切りをつけるのが早すぎる。


(え……いや待て。前と様子が違わないか)


 俺はそこで不思議に思った。

 ナタリーがいきなり脱いだことは、むしろ自然なことだと思い直した。

 以前に水浴びを覗いてしまった時は笑顔で、一緒に入ろうとさえ申し入れてくる始末だった。あの時はとても心配になったものだ。


 今もナタリーは全裸だ。俺の前に肌を全部晒している。

 しかし前と違って明らかに恥ずかしがっているような雰囲気を感じるのだ。


「なあ」

「は、はいっ」

「こんなことを聞くのは変かもしれないが……恥ずかしいのか?」

「うぅ、はぃ。恥ずかしいです……」


 顔を真っ赤にしながら、ナタリーはしおらしくうなずいた。

 俺は、思わず生唾を飲んだ。

 全く恥ずかしがっていない時でも、こんなに可愛らしい女の子の裸を見て罪悪感を感じながらドキドキしてしまっていた。

 いまは、そのときの何十倍も胸が高鳴っていた。


「うう。お恥ずかしいものを見せて、申し訳ないですっ」


 体を真っ赤にしていくエルフの少女は、明らかに『性』を自覚している。

 どうして様子が以前と違うのだろう。


「ううっ。は、はやくハラルドさんも脱いでください」


 俺が呆然としていると、少し怒ったような口調で、涙目で訴えてきた。


「え、あ、ああ」 

「一人でこのままなのは、すごく恥ずかしいです」

「分かった。なら後ろを向いていてくれっ! 俺も後ろ向くからっ!」


 こんな最悪な状況なのに、そのことを忘れてしまいそうになった。

 俺は混乱したままナタリーから背中を向けて、ローブから脱ぎ始める。

 

 いま、決して正面を見られるわけにはいかない。

 唇を噛みながら、絶対に見られないように注意しつつ上着を脱いで、ズボンを外した。服は、ナタリーと同じく膝上まで溜まった水に放置するほかなかった。

 ひとしきり脱ぐと、ちゃぷん、と。動く音が背後から聞こえる。


「もう、いいですか……?」

「ああ……」


 首だけを後ろに向けているナタリーと視線があって、お互い同時にそらした。

 なぜ俺たちは、こんな密室で全裸になっているのだろう。

 足元に浸かっている水が妙にぬるく感じた。お互いにすっかり恥ずかしがって、とても気まずい気分でいると、背後からナタリーが近づいてくる音が聞こえる。

 

 ちゃぷ、ちゃぷんと。閑静とした部屋に綺麗な水音が響く。

 してはいけない妄想が膨らんで、心臓がどんどん高鳴っていく。


 ぴとりと。

 言葉にならないほど柔らかい人肌が、背中に張り付いた。


「これで、どうでしょうか」


 柔らかい胸の感触を感じて、それだけでも息が止まりそうになった。

 か細い少女の腕が胸板に回されて、ぎゅっと抱きしめられる。

 お腹や足の感触まで直接伝わってきて、あまりになまめかしい感触に生唾を飲んだ。俺は我慢できなくなる直前で必死に耐えながら、声を捻り出した。


「な、なあナタリー」

「はい。なんでしょう、ハラルドさん」

「こんなことをしちゃ、まずいって教えただろう」


 むろん魔力を受け取るためだと分かっている。

 しかし俺の心の準備はまったくできていないので、今すぐにやめてほしかった。理想の仲間と間違いを犯すわけにはいかないのだ。

 背中に押しつけられたナタリーの素肌からも、小さな鼓動が伝わってくる。

 とくん、とくんと。最初よりも次第に早くなってくる。


「人間さんの恥ずかしい気持ちが、やっとわたしにも、わかりました」


 前に回されて、胸に伸びてきている手が脇腹を撫でた。

 分かったと言いつつ、分かっているとはとても思えない媚びるような動きだった。そのうえ、ぎゅうと強く体を抱き寄せてくる。


「肌を見られて気持ちが落ち着かなくなりました。体が熱くなって、今もムズムズしてたまりません」

「な、ナタリー……」


 ごつこつとした肌と、触れるだけで沈むような肌。

 お互いに汗が滲んでくるのが伝わってくる。二人とも言葉にできない刺激に包まれていて、動かないのはまさしく奇跡だった。

 

「それでも、今はやらなくちゃいけないと思ったんです。だから怒らないでください」

「お、怒るわけがないだろう」

「こんなことをするのはハラルドさんだけです。だから魔法をお願いします……」


 自分でやっておきながら、よほど恥ずかしくなってきたらしい。腕が小刻みに震え始めた。

 俺は千切れそうになる理性をふんじばって、背中に直接当たる柔らかい感触に必死に耐える。裸のエルフ少女が抱きついているおかげで、受け取れる魔力はさっきと比較にならないほど多くなる。

 魔力も無限ではないだろう。一度で決めなければならない。


(集中しろ)


 自分たちの置かれた状況を思い出し、脱出するという強い気持ちを胸に置く。

 雑念を消す。杖を握った状態で両手をあてがって、目を開いた。

 

「……いくぞ、ナタリー!」

「はいっ!」


 俺とナタリーは、全力を出した。

 背中から直接に注ぎ込まれる膨大な力を、スキルで前方に受け流していく。


「う、うぐぐっ……!」

「みゅうっ……」


 変な声を出すナタリーに対して、俺は荒れ狂う魔力を押さえ込んで流した。

 生まれたままの姿で立つ俺たちの周囲に、ありえないほど濃密な魔力が流れ出していく。その量は上級魔法数十回分。人間では到達し得ない魔法を制御していることが、自分でも信じられなかった。


 想像を絶する魔力を流し込まれた碑文は、緑色の明滅を始める。

 だが明確な反応に喜ぶ余裕はなかった。


「くぅ、う、おおっっ……!」


 俺は碑文の金属が吸い込みきれなかった魔力が漏れ出していくのを、抑えることに必死になった。光の濁流に呑まれて気をやってしまいそうになる。


(パウルを倒して、ナタリーと二人で脱出するんだ……ッ!)


 こんなところで終わるわけにはいかない。 

 碑文の明滅の速度はあっという間に変化して、徐々に輝き続ける時間の方が長くなった。最後の一押しに、爆発的な魔力を強引に押し込んだ。


「うおおおっ!!」

「あああっ!」


 瞬間、地下室に閃光が爆発する。

 叫んだ俺たち二人は、光の中に飲み込まれて意識を飛ばした。

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