第56話 ハラルドはエルフ族と遺跡の碑文の秘密に迫る


 水を滴らせる碑文は身長よりも高く巨大で、青色の金属で作られていた。

 唯一の希望となったその部分に刻まれた記号文字は、やはり俺には読めなかった。かわりにナタリーが前に出て、長く書かれた内容を確認してくれる。


「こっちには何が書いてあるんだ」

「ええと。少し待ってください……あっ」


 慎重に読み進めていたナタリーは、途中から夢中になって碑文を読み進める。

 何かを見つけたのだろうか。

 俺がもどかしい気持ちで待っていると、振りかえってきらきらとした視線を向けて訴えてくる。


「す、すごいです! 聞いてください」

「何か書いてあったのか!」

「この魔法を起動すれば、ここから出られるそうですよ!」

「本当か!?」


 俺も思わず声をあげた。

 最悪の事態に陥って絶望していた俺たちにとって、最高の朗報だ。


「脱出するためにはどうすればいいんだ。俺は何をすればいい?」

「この石に魔力を注ぎ込んでください……あっ」

「どうした」

「魔力だけを注いでほしいのですが、大丈夫ですか?」

「そんなことか。俺のスキルなら問題ない」


 右手を掲げて、軽く魔力を放出してみせた。

 周囲の空気がぼんやりと歪んだのを見て、ナタリーも「おおっ」と声をこぼした。

 俺のスキル『代行魔術』は、他者の代わりに魔法を使うことができる。

 だが本質は魔力を受け取るところにあり、魔法の構築を勝手にやってくれるわけではない。おかげで子供の頃は必死になって練習を繰り返した。


「受け取った魔力を貯めておくことはできなくても、流すくらいならできる」

「ではお願いします。やっちゃってください!」


 試しに片手で碑文に触れると、不思議な感じがした。

 湿気と、冷たい金属の感触のほかに、手のひら自体が吸い寄せられているみたいな奇妙な感覚を感じたのだ。


(魔力が吸われているのか……?)


 どうやら触れた部分から、少しづつ内側に魔力が吸われているみたいだ。

 微量だが受け取ったナタリーの魔力が減っていくのを感じる。

 ここに魔力を流せということだろう。


(それなら、まずは中級魔法くらいの魔力を注ぐ……!)


 どれだけ魔力を使っていいか分からなかったので、このくらいは必要だろうと考えて、いきなり中級魔法程度の魔力を流す事に決めた。

 魔法を構築せずに、手のひらから魔力だけを放出させる。

 ナタリーの綺麗な魔力が碑文に注ぎ込まれて、際限なく吸い込まれていった。

 しかし、何も起きる気配はない。


「何も起こらないな」

「もっといっぱい注いでください!」

「足りないのか、分かった。それなら上級魔法の魔力を注げば……!」


 今度は中級魔法の十倍。

 ナタリーと握った手が熱くなる。受け取った魔力がそのまま碑文に流れ込んでいき、思わず声をこぼしそうになった。

 上級魔法は、今俺が使える中では最強の魔法だ。

 これほどの魔力を注げば、さすがに何かが起きるはずだ。

 

「あっ、ちょっとだけ明るくなりました!」

「本当か!?」


 俺は必死になってよく見ていなかったが、碑文が僅かに淡く輝いた。

 しかし気を抜くとすぐに変化は収まってしまった。無限に吸われていった魔力が、そのまま失われてしまうのを感じる。


「っ、はぁ! はっ、うう……」


 金属から手を離して、のけぞった俺は大きく息を吐いた。

 かなり気力を絞って制御していたこともあって反動も大きかった。ふらふらと数歩後ずさって息をつくと、ナタリーが気合を込めてくる。


「まだぜんぜん足りません! もっといっぱい注いでください!」

「嘘だろ、いまので足りないのか?」


 俺は強く困惑した。

 今俺は、上級魔法二回分の魔力を一気に注ぎ込んだ。

 それなのにちょっとした変化しか起きなかったというのは、ショックだった。


「あっ、ハラルドさん、ごめんなさい……少し休みましょう!」

「お前は相変わらず平気なんだな……」


 またナタリーに魔力欠乏の症状が出ておらず、疲れてさえいないことも驚くべき点だ。このエルフは本当にどれほど魔力を持っているのだろう。

 しかしこれは本当に参るような事態だ。思わず頭を抑える。


「もう魔力を注ぐのは限界だぞ」

「だめなんですか!?」

「ああ。一度に注げる魔力には限界があるからな……」


 ナタリーから受け取れる魔力をめいっぱい引き出したのだがだめだった。

 イメージは、巨岩だ。

 目の前の道を身長を大きく超える岩が塞いでいて、それを無謀にも一人で踏ん張って動かそうとしているような、そんな無駄な行為をしているように思えた。

 ナタリーの言う通り。もっと大量の魔力を一度にぶつけてやる必要がある。


「もっとたくさん魔力を流せないんですか?」


 ナタリーの問いに、首を横に振った。

 それはできない。いくら『代行魔術』の効果で他人の魔力が受け取れるといっても、その効果には限度がある。


「一度に受け取れる量を増やすしかないが、これ以上は無理だ」

「両手を使ってもだめでしょうか」

「両手?」


 ナタリーにそう言われて、俺はふと気付いた。

 確かにその考えはなかった。


 俺のスキルは、直接触れた相手から魔力を貰うスキルだ。

 この力で魔法を使ってギルドで活動してきたが、その中で上限いっぱいに魔力を引き出してきた経験は一度もなかった。全て片手でことたりたのだ。

 

 両手を使ったらどうなるのだろう。

 ナタリーは『上限』以上の、膨大な魔力を小さな体に秘めている。

 それを今まで以上に引き出すためには、スキルの効果をもっと引き出すほかにない。そのために『触れる部分を増やす』のは、有効ではないだろうか。


「試しに手を繋いでみていいか」

「もちろんです」


 ギルドで嫌われていたため、一度も試したことがなかったことを申し入れる。

 もちろんナタリーは了承してくれた。

 俺たちは正面を向いて両手を握りあい、そして実感した。


「なんだか、両手が暖かいです」

「……すごい」


 ナタリーの小くて可愛らしい手と、俺のごつごつした手が触れ合っている。

 接触した箇所すべてから魔力が伝わってくる。

 俺も知らなかった。触れる部分が多ければ多いほど、一度に受け取れる魔力も大きくなるのだろう。


「これなら、いけますか!?」

「いや、両手じゃ多分足りない。もっと沢山の魔力が必要なはずだ」


 碑文に魔力を注いでいた俺は、これでは駄目だと感じていた。

 両手を繋げば魔力は倍の量を注ぐことができる。

 しかしそれでも足りない。きっと、もっと多量の魔力が必要だ。

 どうすれば碑文の仕掛けを起動できるか。

 それを考えはじめたとき、隣からしゅるしゅると音が聞こえた。


「どうした、ナタ、」


 何の音だろう。

 振り返った俺は、言葉を失った。


「……な、ナタリー。何を、しているんだ」


 俺は、震えた。

 碑文の前でナタリーが衣装を外していた。

 外行用の厚い上着を堂々と外して、さらに細い足を持ち上げて下着を外す。


 二人きりの遺跡の密室。

 美しく細いエルフ少女の、透き通るような白い裸体が露わになった。


「はっ、ハラルドさんも、脱いでください!」


 小ぶりな胸と股間を手で隠しながら、真っ赤な顔で叫ぶように言った。

 俺はあまりの衝撃で、その場から動けなくなっていた。


 待ってくれ。

 どうしてそうなったのか俺に教えてくれ、ナタリー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る