第54話 ハラルドと遺跡の大迷宮


 色合いが微妙に異なる焦茶色の石畳を踏みしめた。

 古代遺跡である塔の内部は想像していた光景と違っていて、ほとんど破損が見られなかった。石壁は淡い光で包まれており、どうやら未知の魔法処理が施されているようだ。

 ギルドの集会場よりも広々とした空間が広まっている。塔を支える石柱と正面の大階段の他に目立ったものはない。下級悪魔の気配は皆無だった。


 探索のために少しずつ前へと進んでいく。

 入り口から少し歩いたあたりで、何本も立った柱の裏側から出てきた。

 三人、五人、十人。次々に現れる黒い外套を纏った人間を見た神父が、臨戦態勢に入って彼らに杖を向けた。


「悪魔信奉者ですね」


 しかし、表情を動かさないのは聖教会側の人間だけだ。

 俺とナタリーは、この状況に冷静ではいられない。


「まずいですよ。かっ囲まれてしまいました」

「いったい何人いるんだ……!」


 握り合っている手のひらから緊張が伝わってくる。

 すっかり傍から離れなくなってしまった。

 焦る気持ちを表情に出さないように、必死に恐れる気持ちをおさえながら、俺も彼らに杖を向けて交戦の構えをとった。


 邪教の人間は、いずれもまったく形の違う杖を握っていた。

 しかし邪悪な魔力を漂わせていることは共通していて、その気になりさえすれば高威力の『悪魔の魔法』を四方から放ってくるだろう。

 うかつに動くことができずにいると、塔の中央に降りている大きな階段から声が聞こえてくる。

 

「ククク、ようやくお出ましか」


 因縁のある男が姿を表して、軽い動きで外套を外した。

 白髪で高圧的な態度が特徴的な、俺の兄、パウル・マールムだ。

 聖教会の四人と、俺の注目が一度に集められる。


「よく来たなあハラルド。心細くて、お友達を連れてきたのかァ」

「そっちこそ、そんなに人数を集めて待ち伏せか。俺のことが怖いのか?」

「ヒャハハッ、そうきたか。生意気な口を叩くようになったな。教会の人間なら俺に勝てると思っているのか?」


 パウルは即座に杖を抜いた。

 俺も対抗して、魔力の宿った杖をパウルに向けて構える。


「馬鹿が。そいつを連れてきた時点で、てめぇはもう用済みだ」

「ナタリーは連れて行かせないし、お前もここで倒す。覚悟してもらおうか」


 ナタリーの手を握る力が強くなる。握り返してくる。二人の緊張が伝わってくる。

 だが様子がおかしい事に気がついた。

 パウルはそのまま床のほうに杖を向けて、魔力を収束させていた。

 

「お前ッ、どこを狙っているんだ!」

「ヒャーッハハハッッ! ここにきた時点で、てめえらは終わりなんだよ!」

「っっ!?」


 俺はとっさに、魔力の流れに気付いて足元を見やった。

 俺たちの立っている場所。塔全体の床に闇色の魔法陣が浮かび上がったのだ。


「何をするつもりだ!」


 俺はパウルに魔法を放とうとした。だが別の方向から放たれた炎の魔法に気付いて、その打ち消しに気を取られてしまう。

 邪教の人間が、俺や教会の人間に無差別に魔法を放ちはじめたのだ。


「ハラルドさん、右ですっ! 今度は後ろから来ます!」

「っ、くそ……!」


 俺は光系統魔法と、背中を見てくれるナタリーのおかげで防御できた。


「行け! この街に巣食う悪魔の徒を滅ぼすのだ!」


 聖教会の人間も黙っているはずもなく反撃を繰り出した。

 先行した四人の他に、異変を察知した戦闘員がいっせいに雪崩れ込んでくる。


「『マルム・フレーマ』ァッ!」

「何の、『ライト・ランス』ッ!!」


 聖なる力を帯びた光系統魔法や聖剣が、『悪魔の魔法』と正面からぶつかりあって、その度に強衝撃が巻き起こった。闇と光が衝突しては消えていく。

 

「ハラルドさん、魔法陣を止めないと。早く魔法を……っ!」


 言われなくてもそうするつもりだ。

 パウルを止めるために、ナタリーと握った手から魔力をもらおうとした。だが改めて杖を向けたときには遅すぎた。


「ククク。さあ、これで終わりだッ!」

 

 パウルは魔法を完成させてしまった。

 杖を高々と掲げると、魔法陣の輝きが頂点に達した。茶色の石で作られた天井から、細長い何かが生えてきたことに気づいた。

 見える範囲全てで、異変が起こっていた。


「なんだ、あれは……!?」


 それが『壁』だと認識するのに時間がかかった。

 迷宮のように複雑に入り組んだ形の壁が、吊り天井が降りてくるかの如く俺たちの空間に落下してきていたのだ。

 押しつぶされたら間違いなく死んでしまう。


「っ、まずい。みんな逃げろ!」


 俺はとっさに、手を握ったナタリーを手繰り寄せようとした。

 だが、目を離した一瞬。

 別の方向から脇腹にナニカが命中して、手の力を緩めてしまった。


「ハラルドさんっ……!?」


 必死な表情で俺に手を伸ばしている相棒が、反対方向に離れていく。

 思わず膝をつきそうになる激痛を与えてきたのは、敵の放った魔法だった。


(がっ……今のは、攻撃……!?)


 悪魔側陣営の作り出した魔法のせいで、ナタリーと手が離れかける。

 目の前に天井が迫ってくる。

 だが、こんなのは絶対に、だめだ。


「ナタリーッ!!」


 背後に倒れそうになる俺は、歯を食いしばった。

 まだ指先が触れている。

 咄嗟に頭に浮かんだのは教会に拐われた時の孤独だ。ここで離れたら、ナタリーと二度と会えなくなってしまうかもしれない。予感めいた確信があった。


「突風来れッ、『アウラ・インペトゥス』ッ!!」


 とっさに魔力を受け取った俺は、強引に、背中に向けて魔法を放った。

 風系統魔法が、反動で俺の背中を思い切り突き飛ばした。


「いぎっ……!?」


 石つぶてと同程度の激痛が、自らを襲った。

 俺がナタリーの体を突き飛ばして空中に投げ出されるのと、壁が降りるのは、ほとんど同時だった。目の前で迷宮の壁が降りてきて、重い音が響く。

 俺は杖を握ったまま、ナタリーを床に押し倒した状態で倒れていた。


「う……ぐ、すまん」

「大丈夫です。ううっ、わたしたち、どうなっちゃったんですか」


 柔らかい感触から離れて、頭を撫でながら座り込んだ。

 ナタリーも軽く咳をしながら状況を確認した。

 パウルが一体何をしたのか。突然に降りてきた壁は遺跡の仕掛けだろう。

 厄介なことになったと思った時、ナタリーが悲痛に叫ぶ。


「は、ハラルドさん! まずいです!」

「えっ……」


 俺を強く揺さぶってきたナタリーと、二人揃って青ざめた。

 俺はここを迷宮だとおもっていた。

 だが、四面全部が壁に囲まれてるではないか。見上げると、どこまでも続く壁と天井があるのみだ。抜け道は見当たらない。

 俺たちは頑強な壁の内側に、閉じ込められてしまったらしかった。


「嘘だろっ……くそっ!」


 壁を蹴飛ばしたがびくともしない。見た目は普通の石だが、これも魔法で何らかの防御がかけられているみたいだ。

 ぞっとするような、嫌な予感がした。

 このまま閉じ込められたら、間違いなく大変なことになると直感した。


「すぐに脱出するぞ!」

「どうやってですか……?」

「俺たちは魔法が使えるだろう! 上級魔法でも何でもいい。急ぐぞ!」

「あ……なるほど! では魔力を使ってください!」


 言われなくてもそうするつもりだ。

 ナタリーと手を繋いで、新たな魔法を唱えようと意識を集中させる。


 ――ピシリと、床から、何かが割れるような音を聞きとった。


「な、なんですか今の音は」

「……そういうことかッ!」


 狭い空間に閉じ込められた俺は、何が起きるのかを悟った。

 困惑するナタリーを抱き寄せる。


 直後に床が崩落した。

 圧力がかかったみたいに、地面の石板が粉微塵に粉砕する。

 踏み締める足場がなくなって、俺たちは一直線に落下した。


「うわああああっ!!」

「は、ハラルドさん……っ!」


 深い闇の中に向かって、俺たちは真っ逆さまに落ちていった。

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