パーティを追放された俺は、里を追われた行き倒れエルフと長年の夢を叶えます! 〜魔法も弓も使えない最弱で最高の相棒と、俺の【代行魔術】のスキルで、最悪の人生が覆りました〜
第53話 ハラルドは因縁の下級悪魔と邂逅する
第53話 ハラルドは因縁の下級悪魔と邂逅する
異様な空気を感じた。
古代の塔を目前にして、聖教会の人間が大勢集まっている。
神官の服を纏った人間、神父や修道女などが慌ただしく動き回っていた。
空気中に溢れる魔力が強過ぎて、肌が粟立った。
「なんだこれは。昨日来た時と全然違う……」
スキルで身につけた感覚が、目に見えない地下を伝って、塔の中に恐ろしいほどの魔力が流れ込んでいるのを感じた。
歩き進んでいき、塔の前にたどり着いて足を止めた。
「何ですか、あれは」
物々しい様子を怖がっていたナタリーが、怯えながら先を指差した。
アーチ状に作られた塔の入り口の開かれた扉。
そこ黒い点のような物体が溢れている。小さな蝙蝠のような形をしていて、甲高い泣き声をあげながら飛び回っていた。
「ひぃっ!?」
まっさきに悲鳴をあげたのもナタリーだった。
飛んでいたそれが篝火に照らされて、普通の生物ではありえない特徴が、鮮明に見えてしまった。
小さな蝙蝠だと思っていたそれに、しわがれた老人の顔が張り付いていた。
ギャッギャと低い声で笑いながら、塔の周囲を舞っている。
「な、な、なっ、あれ、なん、ですか」
「くそ、パウルの仕業かッ! あれは下級悪魔だ……!」
状況を理解して、思わず舌を打った。
真っ黒な翼を羽ばたかせるのが数千匹。見ているだけでも生理的な嫌悪を呼び起こすそれは、俺にとっては汚物同然の存在だった。
「あなた、あれを知っているの」
「知っている。昔、家で何度も教えられたからな」
眉をひそめたリザの疑問に答えた。
幼い頃に悪魔の知識を教えられており、何度かは直接姿を見たことがあった。
「下級悪魔というのは、何」
「悪魔にも強さによってランクがある。あいつは最弱の悪魔だと言われていた。何もできやしないが、弱った人間や動物に取り憑く力がある」
「なぜそんなものが古代の遺跡にいるんですか!」
「恐らく悪魔の召喚陣を作ったんだろう」
悪魔の召喚には、悪魔にまつわる魔法知識が必要だ。
魔法陣を用意するだけで呼び出せる下級悪魔。
環境と生贄、時には依代を要求することで降臨する上級悪魔。
さまざまだが、あれは恐らく聖教会の人間を牽制するために呼び出したのだろう。
「ですがッ! この程度の悪魔では我々の足を止めるには不十分ですね!」
神父は、その黄金の杖からヴェールの壁を作り出す光系統魔法を放った。
それで近づいてきた五体ほどが、苦悶の表情を浮かべながら一気に消失する。
「がああっ! 悪魔風情が、我々の聖域を汚すなどォォッ!!」
もとより戦っていた聖教会の人間も、光系統の魔力を帯びた剣を払って、輝く剣筋によって悪魔を切り捨てた。
怒りながら応戦している者が目立っていて一見優勢にも見える。
だが、そうではない戦場もみられた。
「な、なんだこいつらっ! 来るな!」
「なんで俺の魔法が効かないんだよっ!?」
白衣をまとった若い魔法使いは、初めて見る異形の悪魔に怯えていた。
彼らは有望な魔法使いであったが戦場の経験がなかった。
次々に魔法を繰り出した。
水系統魔法の球体や、土系統魔法の石つぶてを飛ばして追い払おうとする。
だが下級悪魔に触れたとたん、それらは跡形もなく消失した。
「ひぃっ!!」
ギャッギャと、不気味な笑い声をそこら中から響かせた。
他の神官と異なって、弱気を見せる者にとびかかろうとする下級悪魔。
だが横から飛んできた光系統魔法の槍に貫かれて消失した。
「落ち着くのです! 悪魔に普通の魔法は通用しません。光系統魔法を使いなさい。光系統魔法の使えない者は支援に回りなさい!」
「し、神父様。申し訳ありません」
その様子を見ていた俺は、やはり本物の悪魔だと確信を得た。
(光系統魔法を除いて、悪魔にはどんな魔法も通用しない……練習しておいて正解だった)
この世の存在ではない敵に、通常の魔法はまったく効き目がない。
俺は昔から悪魔についての知識を持っていた。
いつかこんな日がくるかもしれないと思って、見様見真似で独学で練習していたのだ。だから光系統魔法も多少は扱える。
「だがあの量は一人じゃ無理だ……!」
塔の中からは際限なく、人面蝙蝠の悪魔が湧き出している。
外にいる悪魔は着実に倒しているのに数が減った様子はない。むしろ少しづつ増えているようにも見える。
「あんなところに入れないですよ」
泣きそうな顔で、わらわらと湧き出してくる建物の入り口を指差した。
ナタリーの顔が驚くほどに真っ青に染まっているのも、無理もないことだ。はっきり言って、下水道の鼠や死体に湧く蛆よりも気色悪い光景だ。
「光系統魔法」
そんなとき。
リザが前に出て、入り口に錫杖を突きつける。
『光系統魔法』
隣で控えていた神父三人も、それぞれの杖を構えた。
四人の足元に魔法陣が地面に浮かびあがる。
「これは……っ!」
足元の魔法陣の正体はすぐに分かった。聖教会が使う光系統の上級魔法だ。
周囲の空間が純白に輝き始めると、悪魔は老人の表情を焦ったように歪ませて、小さな羽で空に逃げ出そうとした。だが、そんな逃亡を許すはずがない。
「『
「
「
四人分の魔力が、たった一つの魔法に注ぎ込まれる。
膨大な魔力を必要とする悪魔退散の上級魔法陣が、地上で太陽のように鮮烈に輝いて、なにもかもが白に染まった。
俺たちは目をおおって、焼けそうなほど明るくなった世界に耐えた。
「う、っ……!」
断末魔が聞こえる。
広がる光の中に飲み込まれた下級悪魔が消えていく。そこら中から砂をこぼすような音が聞こえた。目を開けた時、悪魔は完全に消失していた。
「これが、教会の魔法……」
俺が学んだ光系統魔法なんて、見様見真似の模造品に過ぎない。
それと比べると今の魔法は別格だ。千を超える悪魔を一度で葬る威力は上級魔法で間違いない。薄々気付いていたが、彼らは教会の幹部級の人間だったのだろう。
「おお、悪魔を神官様が倒してくださったぞ!」
「まだ終わっていない。急げ! 負傷者を運び、光系統魔法が使える者は治療にあたるんだ!」
教会の人間が湧き上がったのは一瞬で、一部の人間の統制によって的確に動き始めた。
「そんな実力があったのに、どうしてパーティで本気を出さなかったんだ」
ゆっくりと杖を下ろすリザに、不思議に思って尋ねた。
前のパーティ『赤蛇の牙』でのリザは回復役に徹していた。しかも中級魔法以下の魔法しか見せていない。こんな大規模な魔法を使えるなんて知らなかった。
俺の疑問に、動揺一つなく当然のようにかえしてくる。
「上の指示なしに、強い魔法は使えない。命令は絶対」
「そういうものなのか……」
「うん。それにあのパーティでは、わたしと釣り合わない」
……確かにそうだ。
そっちのほうが、わかりやすい理由だ。
(あの無口なリザが、そんな風に思っていたとは知らなかった)
単独でこれだけの実力があるのなら、田舎のパーティに加入する意味はない。
王都のほうでも求められる人材になれるだろう。
リザが加わってから波に乗り始めたパーティだったが、俺がパーティを波に乗せた張本人だとは思ってもみなかった。
「今なら入れる。行くべき」
「ああ、行こう」
悪魔を溢れさせていた塔の入り口は沈黙した。
俺とナタリー。それに教会の四人が、先んじて内部に足を踏み入れた。
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