第52話 ハラルドと悪魔信仰者の陰謀
「質問には答えたぞ。今度はこっちが質問してもいいな」
「うん」
リザは頷いたが、分を弁えろと言わんばかりの教会の人間の視線が突き刺さった。それを無視して質問をくりだした。
「俺が欲しがる情報があると言っていたが、それは結局何なんだ」
「この街にある異変が起きている。その件について、あなたに話しておきたい」
「異変だって?」
この街の異変と言われても、最近来たばかりの俺たちにはピンとこない。
悪魔関係ではあるのだろう。リザは他の三人に説明を求めるような視線を飛ばすと、諦めたように俺を追求してきた買取所の神父が答えた。
「あなたに買取所でお伝えした話、黒の魔導書の件ですよ」
「ああ、そういえば……」
そういえば、そんな話があったような気もする。
確か読むだけで『悪魔の魔法』が使えるようになる魔導書が、街のどこかで広められているという話だったか。
「今この街では、闇系統魔法を使う者が出始めている。魔法を使ったものは狂ったように暴れます。そのたびに我々が鎮圧しているのです」
「ハラルドさん! この街に来る前に出会った人のことじゃないですか?」
「ナタリー!」
俺が慌てて止めると、両手で口を抑えた。
教会の人間全員からの不審そうな視線が集まってくる。こうなっては仕方ない。商人に話したのと同じように、事情をぼかして伝えた。
「街に来る前、悪魔の魔法を使うやつと出会ったんだ。それだけだよ」
「ほう。やはり根深く浸透しているようですね」
「それで。その魔導書ってうのが、俺が欲しい情報なのか」
確かにパウルがこれから何をしようとしているのか、手掛かりになりそうではあるが、今のところさっぱり見当がつかない。
「どうしてそんなことをするのか、分かる?」
「信仰を広めたいんだろう。魔法を使った人間はパウルのように、いずれ悪魔に魅入られるからな」
「それは正確じゃない。遺跡の中に秘密がある」
教会の全員が、大通りから街の中心部を見上げる。
今の話を聞いた後だと、天高くそびえ立つ塔が不気味に見えた。
「あの遺跡は、古代に神が作り上げた魔法拠点なのです」
「神さまの魔法拠点ですか。なんだか凄そうです……」
「……ええ」
知りたがりのナタリーが「神」と口にした途端、神父は嫌悪の感情を浮かべる。それに気づいたナタリーは口をつぐんで、怯えたように引き下がった。
仲間を威圧したことに抗議の視線を向けたが、まったく無視された。
「遺跡に碑文が残っていた。古代に顕現していた神が残した、上級魔法を超える魔法が発動すると書かれていた」
「上級魔法を超える魔法……」
上級魔法を超える魔法なんて、想像もつかない。
そもそも上級魔法は、天変地異を引き起こすような強力な力だ。
大地を裂き生命を蹂躙する。特には天候さえ操ってしまう。使える人間は王都にも二、三人もいればいいほうだろう。
俺でさえ、ナタリーがいなければ手が届かないような領域だ。
それを超える超古代の魔法なら、発動した時に起きる事態は想像を絶するものになるだろう。
「つまり、あの塔が使われるかもしれないってことか」
「ええ。厳重に教会が管理しています」
「そういえば初日に街を歩いた時に、入れてもらえませんでしたね」
隣のナタリーが、思い出したように言った。
俺たちが街にやってきた初日のこと。宿屋を探しながら屋台を巡っていた時に、物見で塔のほうにも向かったが、内部への立ち入りが禁じられていた。
「厳重に管理しているなら、問題ないだろう」
「あれを全部管理しきるのは無理。見回りでも、内部で何かをしていた痕跡が発見されている」
「……全部を防ぐのは無理ってことか」
そもそも建造物自体が巨大で、管理に手が回らないのも無理はない。
魔法的な抜け道があってもおかしくない。パウルが塔に来いと言っていたことからも、ほぼ確定だろう。
「実を言うと、彼らの目的にも見当がついています」
「何だって?」
神父の発した思わぬ一言に対して、即座に身を乗り出した。
今の魔法の話だけでも重要な情報だったのに、他にも何かあるのか。
「パウルが何をしようとしているのか知っているのか!?」
「最近、この地域一帯で起きている異変について、あなたもご存知なのではないですか」
「地域の異変?」
そう言われても、この街に来たのは初めてだ。
するとナタリーのほうが早く気づいたらしく、袖を引っ張ってくる。
「ハラルドさんが倒した、あの魔物さんの話ではないでしょうか」
「え。それってまさか……」
コルマールの街を出る直前に遭遇した、二種類のAランク級魔物を思い出した。
森に住む種族でさえ神の仕業として恐れるような異常は、後にも先にもあれくらいだ。あれは普段には絶対にないことだった。
「そんな馬鹿なことがあるか!」
それが本当なら大変な事態だ。
ゴブリンのような低知能の魔物ならともかく、生態系の頂点に位置するAランク魔物を意図的に活性化させて、操れることになってしまう。
「俺はコルマールにいた時、森で強力な魔物と出会った。それが全部あの塔の仕業だと言ってるのか!!」
「そういうことです」
俺は全力で否定した。
だが教会の人間に、嘘や冗談を言っているような雰囲気はない。パウルの陰謀の一部が垣間見えて恐怖が這い登ってくる。
俺は、ナタリーがいればAランク級魔物を討伐できる。
だが他の人間はそうではない。ひとたび出現すれば、命を根こそぎ滅ぼすような災厄を、意図的に操るような魔法を行使するつもりなのだ。
「信者を集めているのは、多くの魔力で魔法を完成させるためでしょう」
集団で使う『悪魔の魔法』も存在するので、そのことを言っているのだろう。
人類圏は崩壊するかもしれない。これは存亡の危機だ。
「もし、彼らが魔物を活性化させようとしているのなら、止めなければなりません。でなければこの街はおろか、この一帯は魔物の襲撃で滅びます」
「……ああ」
分かっていたが、戦う他に道はないようだ。
俺はかたくナタリーの手を握り締めながら、塔の目前までやってきた。
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