第50話 ハラルドと共闘相手の疑念
「外で待っている仲間に事情を伝えてくる」
リザはそう言って遺跡の外に出て行った。
意識を向けると、確かに聖教会の人間の気配を感じた。
それほど大人数ではないが、強行突破は難しかっただろう。隠れて逃げようにも、位置を悟られてしまうので意味がない。本当に厄介な街に来てしまったと、もう何度目にもなる後悔のため息をついた。
「そういえばナタリー、捕まっている間は大丈夫だったのか?」
不安げに待っているナタリーに尋ねた。自分のことばかり話して、教会に拐われてからの様子を聞けていなかったことを思い出したのだ。
案の定、酷い扱いを受けていたのか、しょんぼりした表情をうかべた。
「何もされませんでした。ただ……」
「ただ?」
「亜人だ、汚らわしいって。すごく悲しいことは言われました。わたしは汚らわしいのでしょうか……」
「……はぁ」
本気で受け止めてしまって、落ち込むナタリーの頭を撫でて慰めた。
「どんなやつを見ても、相手が亜人なら同じことを言う連中さ、気にするな」
「汚らわしくないですか……?」
「こんなに可愛いエルフを捕まえて、ありえないさ」
俺のように悪魔信仰の家系なら、理解できる。
こんなにも美しいエルフの何が汚らわしいというのだろう。自分が馬鹿にされたわけでもないのに、許せない気持ちが浮かんできた。
(リザは、そんな感じでもなさそうだったな……)
隠れていた俺たちの前にやってきて、共闘を申し出てきたリザの態度を思い返した。
思えばナタリーにも嫌な顔をしなかったし、俺とも普通に話していた。
教会の人間も、そのあたりは性格が違っているのかもしれない。
俺と普通に話していたのは、長く同じパーティで過ごしてきたからだろうけれども。
「あの、ハラルドさん」
「ん? どうしたんだ」
「人間さんから見て、わたしは可愛いと思われるほうなのでしょうか」
急な質問に目を丸くした。
不安げな様子なのは、自分の可愛さを理解していないからだろう。
「ああ。可愛いと思うぞ」
エルフ基準の常識では違うのかもしれないが、確信している。
ずっと一緒にいて慣れ始めているが、なお見惚れてしまう時があるくらいだ。
ナタリーが可愛くなければ、今まで出会った女性はどうなってしまうのだろうか。
「そうですか! そう聞くとなんだか嬉しいです!」
純粋な瞳がきらきら輝く。
俺は、耐えられなくなって顔を逸らした。
喜んでいるのを見るのは嬉しいが、少しずつ常識を受け入れ始めているのを見ると、自分の役割が減るのを感じて寂しい気持ちになった。
(ナタリーは、俺が守らないと)
こんなに純粋な仲間を殺させるわけにはいかない。
教会に拐われるわけにもいかない。
パウルを倒して、そのうえでリザの『スキル』も対処する。
嫌になってしまうほどの課題が山積みだが、やるしかない。
俺は、すべてを覆して、ナタリーと旅を続ける決意をした。
背丈より少し大きな錫杖をシャランと響かせたリザが戻ってきて、俺たちも振り返る。
「話はついた。あなたとは、この騒動がおさまるまで一時休戦」
「そうか、分かった」
一時休戦ということは、戦いが終わった後は捕らえる気なのだろう。
まあ、全面共闘を申し出られるよりは信頼できる返事だ。
いずれにしても、悪魔信仰の家系の俺を放っておくとは思えないので、休戦が終わる前に逃げ出す必要はあるだろう。
「俺はこの後、遺跡の塔に向かうつもりだった」
「うん」
「……でも、その前に情報が欲しいんだよな」
「こちらも、あなたが欲しがる情報を持っている。その交換を先にするべき」
その言葉に首をひねった。
俺が欲しがる情報とは何だろうか。しかしリザは尋ねるよりも先に背を向けて、遺跡の外に出て行こうとした。
「どこに行くんですか?」
「あの場所は遠いから、歩きながら話す」
ナタリーが尋ねると、首だけで振り返って俺たちを見た。
それに対して俺はいい顔をしなかった。
「外でしたい話じゃない。聞き耳を立てているやつがいるかもしれないだろう」
「戒厳令を出している」
「何だって?」
「今の街には、教会の人間しか出歩いていない」
そんなバカな。
さっきまで、街はそんな雰囲気ではなかったはずだ。
しかし信じがたい気持ちで外に出ると、リザの言っていることが真実だと分かった。
「静かですね……」
「嘘だろ」
リザの言う通りだった。
夜でも爛々と街灯がついているこの街は、さっきまでまばらに人出があった。
いま街を歩いているのは、神父かシスターの服を着た人間のみだ。彼らの動きは規則的なので、全員が見回りの要員だろう。
「聖教会はこんな権力を持っていたのか」
「この街は、こういう非常時に備えて教会が統制してきたのですよ」
俺の疑問に答えたのは、リザに付き従う男の一人だった。
「え……あっ。あ、あんた……」
どこかで見た顔だと思った。
すぐに思い出して、顔を引きつらせる。魔石買取所で出会った神父だ。
俺たちが逃亡したきっかけになった相手である。
「その節はどうもありがとうございます。おかげで、悪魔信仰の商家に踏み込むことができました」
「あ、ああ」
軽い冗談なのか、それとも恨んでいるのか。俺には分からなかった。
「こんな時に備えて、普段から街の住人には警告しています。今晩街に出た場合、身の安全は保証できないと伝えてあるのですよ」
「いくら統制しているとはいえ、夜の仕事をする人間や、犯罪者とか。言うことを聞かない相手はいくらでもいるだろう」
「聖教会の名において逆らわせませんよ。ハラルドさん」
真面目な顔をして断言する。
ゾクリと背中を震わせた。何が何でも神の意思に逆らうことは許さない。狂信者の目だ。
「本来であれば、あなたのような人間はこの街に居てはいけない。亜人族の方も同じだ」
一緒にいるだけでも、この街に限らず、この世に存在して欲しくないと思う彼らの感情が、ひしひしと伝わってくる。
「今回は特例中の特例です。聖教会の決定に感謝することですね。あなたがもし少しでも罪を償いたいのなら、パウル・マールムと戦いなさい」
「……そういうことか」
それを聞いて、ようやく彼らが俺を放している理由を理解した。
嫌悪感を滲ませながらも接してくるのは、敵対している俺たちを戦わせることが目的らしい。本来であれば極刑だろうが、リザが言いくるめたのだろう。
厄介なことになったが、とりあえずは凌げそうだ。
「罪深き二方よ。貴方たちは、何故にこの地に足を踏み入れたのですか」
今度は別の、見覚えのない神父が問いかけてくる。
敵意のあった買取所の神父と違って、声色が平坦だったので、少しだけ気持ちがマシになった。
「偶然だよ。食料が尽きかけていたから、補給できる場所を探していたんだ。それさえ済めば出ていくつもりだったさ」
「それは何とも数奇な巡り合わせですね」
本当にその通りだ。
リザのスキルがあったので、聖教会に追われることは、コルマールにいた頃から確定事項だった。
しかしパウルは別だ。
捨てたはずの実家の人間に会うなんて誰が思うだろう。
ナタリーを狙っていたようだったが、どこから目をつけられていたのだろうか。
「買取は不成立でしたが、お持ちだったAランクの魔石はどうなされたのですか。回収した鞄にはおさめられていないようでしたが」
「あれですか。魔法を使うために使ったので、もう手元にありませんよ」
「ほう?」
俺はポケットから、灰色に染まった石を取り出してみせる。
元はトロールの魔石だったものだが、今は変色して、内包していた魔力を失っている。
「ええっ!? そ、それは、どうしちゃったんですか!?」
ナタリーがぎょっとした表情で詰め寄ってきた。
そういえば見せていなかったか。
「あ、ああ。『代行魔術』のスキルで魔法を使うために、使ったんだよ」
「使ったというと、どういう意味ですか?」
「俺のスキルは直接触れた相手から魔力を受け取る力だが、実は魔石からでも魔力を吸って魔法が使えるんだ」
「えっ!?」
聞いてない、という顔をして驚いていた。
まあそうだろう。ゴブリンやオークからでも魔石は取れるが、一度もそれらを使って魔法を使って見せたことはない。
「で、ですが、あの魔石にはもっと魔力がありました……!」
もちろん今までそれを披露しなかった理由はある。
ナタリーが指摘したのが、まさにそれだ。
「相手が生物じゃないからなんだろう、魔石だと魔力がうまく取り込めない。Aランクの魔石でも、中級魔法一発が限界なんだ」
「中級魔法……」
例えるなら、滝の水を手で掬いとろうとするとうな感じだろうか。
Aランクの魔石は、上級魔法を連発できるほど大量の魔力を包んでいる。
しかし俺の『スキル』で無理やり引き出すと、魔力が溢れて大半が無駄になる。幼い頃に気づいた、使い道の限られている抜け道のような方法だ。
「気軽に使える方法じゃないが、いざと言うときには有効なんだ」
「ごめんなさい、わたしのせいで、無駄にしてしまって」
「また手に入れればいい。そもそもお前と一緒に手に入れたんだから、仲間のために使うのは当然だろう」
大したことじゃないと首を横に振った。
しかしナタリーは明らかに気にしていて、重々しくつぶやいた。
「でも、これでは明日から、ご飯が食べられません……」
「…………」
それは確かに問題だ。
ナタリーの食費を支えるほどの蓄えは残っていない。
本当に明日からどうしよう。俺まで不安になってしまった。
「そろそろ話をさせて」
「えっ。あ、ああ。悪いな」
リザのじとっとした視線を受け、咳払いして気を取り直す。
これ以上はやめよう。
俺たちの懐事情の心配なんて、この件が終わってからいくらでも考えればいいのだ。
「俺は何から話せばいい。聖教会は何が知りたいんだ」
「マールム家について。あなたが知っていることを全て教えて」
リザがその質問をした途端に、俺たちを囲う教会の人間の視線が一気に鋭くなった。
要は、悪魔の話をしろと言っているのだ。無理もない。
敵意さえ感じたが、気づかないフリをした。
「俺が逃げ出したのは、もう十年以上前の話だ。それでも構わないか」
「うん」
「『悪魔の魔法』が恐ろしくて、俺が逃げ出したまでの話をしようか」
幼い頃を明々と思い出しながら、ゆっくりと語った。
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