第47話 ハラルドと絶縁された家族
「お前はどうだハラルド。俺に会えて嬉しいか? 嬉しいよなあ!」
フードを脱いだ白服の男は、へらへらと笑って語りかけてくる。
俺は吐き捨てるように返した。
「……最悪に決まっているだろう」
「ククク、魔力薄弱者のお前が生きていて、のんきにエルフ族と旅をしているなんて想像もしていなかったぜ」
目の前の男はリザと同じか、それ以上に性質が悪い人間だ。
知られたくない俺の過去に関わる元凶の一人でもある。
ナタリーは俺たちを交互に観察して、ある共通点に気がついた。
「杖が、同じです……?」
「お、良いところに気が付くなあ、エルフ族」
「エルフ族ですが、その呼ばれ方は嫌いです! 離してください!」
なんの変哲もない木製の短杖だが、文様や素材が全く一緒だ。
エルフ族の目の良さは相当なものだということを思い出した。そんな呟きに男は敏感に反応する。
「俺様の名はパウル・マールム。そんでそいつは弟だった男さ」
「…………」
「お兄さん、ですか……!?」
ナタリーでさえ驚愕している。
名乗った黒ローブの男・パウルの言葉に偽りはない。
十年以上も昔。かつて、俺の兄を名乗っていた男で間違いはなかった。
「ハラルドさんの家族が、どうして、そんな、うぐっ!?」
「ナタリー!」
言葉を終わらせる前に、強引な暴力で言葉を止めさせられる。
踏みつけられたナタリーの呻きを聞いた俺は、怒り、男に杖を向けた。だがパウルは、それを意にも介していない。
「役に立たない杖を向けて、どうするつもりだハラルド」
「っ……覚えていたか」
「クク。あんなクズみたいなスキル、忘れられるわけねえだろう」
俺は、生まれた時からスキルを持っている。
だからこの男も俺のことは知っている。ハッタリは一切通用しない。
「自分で魔力を持たない上に、肝心の闇系統魔法を学ぶ前に逃げ出しやがったことは忘れてないぜ」
「くっ……」
「なあ恥晒し野郎。お前がいなくなった後は、なかなか大変だったんだぜ?」
パウルの表情から笑みが消えて、敵対的な感情だけが残される。
彼の殺意に気圧され額から嫌な汗が流れ落ちた。
「本来なら生け捕りにするべきだろうな。だが、そんなことをするつもりはない」
「…………」
「貴様がいなくなったせいで、兄である俺様は随分酷い目に遭わされたもんだ」
パウルは俺に対して、強い復讐心を抱いていた。
「闇系統魔法を使うことを拒否したお前は、地下の牢獄にブチこまれた。だがお前はそこから消えた。あの時はどうやって脱出したんだ」
「そんなことを言う必要があるか?」
「お前は『スキル』を使えなきゃあ自分で魔法を使えなかっただろう。お前が消えたせいで、兄である俺まで協力者かと疑われたんだぜ?」
「……ざまあみろ」
問い詰めてくるパウルの言葉に俺は唾を吐いた。
幼い頃。俺はこの男と共に、とある一族に育てられて逃げ出した。
それ以降のことは知らなかったが、相当に恨まれているようだ。
「お前が従っておけば全て平和に終わったんだぜ。俺のように力も身につけられた。悪いことは何もなかったじゃねえか」
「もう過ぎた話だ。それよりナタリーを攫って、何をするつもりだ?」
「ああ、そうか。もともとお前はこのエルフ族の女を追いかけてきたんだったなぁ」
怒りを消して、挑発的なニヤニヤとした笑みに戻った。
パウルが強く踏みつければ、ナタリーが辛そうに呻く。俺はさらに強く歯噛みして踏み出した。
「やめろ!」
「やめないね。お前が苦しむ様は、見ていて楽しいよ」
「くそっ……」
「絶縁されたとはいえ、お前は一族の人間だった男だ。俺がこれから何をするつもりなのかを考えれば意味は分かるんじゃねえのか?」
頭の中で、最悪の事態が閃いてしまった。
「……まさか」
パウル・マールム。
俺の兄であり、邪悪な魔力を操る熟練の使い手。
そして悪魔の魔法とは、邪悪な闇の魔力を使って発動する魔法だ。
「こいつは『触媒』さ。俺様の計画は生贄が必要なんだ」
「ナタリーを生贄にだって……!?」
「おっと、それ以上は自分で考えるんだな」
ますます頭を沸騰させる俺を嘲笑うように、手をひらひらと振ってみせる。
ナタリーは不穏な言葉に表情をひきつらせていた。
「これほど計画を早めてくれそうな、大量の魔力を持った奴が転がっているなんてなあ。最後に弟として兄に孝行してくれたぜ」
「お前……!」
「ヒャハハハハ!! いい怒り顔だぜハラルド!!」
俺が向けた杖に対抗するように、パウルも真っ直ぐに狙いを定めてくる。
「もののついでだ。今ここでお前を処刑してやるよ!」
「ハラルド、さんっ……! 逃げて……!」
ナタリーが絞るように、逃亡を訴える。
邪悪で膨大な魔力がパウルの杖に収束する。それに対してたった一人で立ち向かう俺に、魔力の源は存在しない。
「あばよ、恥晒し!」
もうだめだとナタリーが目を瞑った。
だが魔法は放たれることなく、魔力はパウルの杖にとどまっていた。
「っ、何だこりゃあ!?」
魔法を中断したパウルは、自分の手を大きく振り払った。
緑色の触手が次々に絡み付いてくる。振り払うだけでは千切れず、さらに別な一本が足に巻きついて体勢を崩す。
俺の杖は魔力を秘めて、淡い緑色に輝いていた。
「今だ。こっちに来い、ナタリー……!」
「っ……!」
パウルの足が離れたことで解放されたナタリーは、俺の叫びを聞いて、這いずりながら立ち上がった。
「この野郎! おい、待ちやがれ!」
こんな足止めは長く持たない。植物のツタは炎系統魔法によって跡形もなく燃やされた。パウルはゆっくりと立ち上がり、射殺さんばかりの恐ろしい視線で、俺を睨みつける。
「ナタリーは返してもらったぞ」
「この野郎……!」
息を切らしながら戻ってきたナタリーに手を伸ばして、つないだ。
「お前えぇ、なぜ、なぜ一人で魔法が使えているッ!!」
ナタリーと直接手が触れ合った瞬間に、魔力が溢れてきた。
杖に本来の魔力が戻ってくる。
すがりついてくる少女を背後に、俺もパウルを睨みつけた。
「それも答えるつもりはないッ! 『ライト・ランス』ッ!」
「クソがっ、『フレーマ・ウォール』!」
無尽蔵に魔力を注ぎ込むことで、威力は倍以上に昇華される。
一直線に向かう魔法をパウルは純粋な炎の壁で防御した。そのうち両方が打ち消しあって消滅する。
これだけの威力でも、あの壁を破れないのか。俺は唇を噛んだ。
「くそが、クソクソクソッ! 能無しに、この俺様がここまでいいようにやられるだって……!?」
だがしかし、パウルも同様に悔しさを抑えきれずにいる様子だ。
首を掻きむしり、あからさまに苛立っている。
ナタリーの魔力によって俺が上級魔法を使える今、この場で戦い続けても有利なのは俺の方だ。そしてあいつの魔法の弱点も理解している。
「いい気になるなよ。お前は必ず、殺しに戻ってくるぜ」
パウルは杖先を俺から外して、空に向かって掲げた。
その構えは俺を攻撃しようとするものではない。相手から殺意は消えてないが、戦闘の意思はなくなった。
「っ、お前! まさか逃げる気かッ!」
「ここもじき煩くなる、仕切り直しと行こうじゃねえか。あの塔で待ってるぜハラルド」
パウルが視線で示したのは、この街の中心部に建造された古代遺跡の塔だ。
俺が慌てて駆け出そうとするが、その前に黒の閃光が放たれる。
「闇系統魔法、『サクリファイス』」
「ぐっ……!?」
体が一瞬ふらつき、危険を感じてとっさに光系統の魔力で二人を防御する。ナタリーは目を瞑ったまま、より強くしがみついてくる。
「ハラルド。テメェは、必ず殺してやる」
顔は見えない。殺意の篭った声を残して、黒色の光は消滅した。
ゆっくりと顔をかばっていた腕を下げる。
パウルの姿は無くなっていた。立っているのは俺とナタリーだけだ。
「い、いなくなってしまいました」
ナタリーは敵が消えたことに肩の力を抜きつつ、ぽつりと呟いた。
俺は消えた敵のいた場所から視線をそらして、ポケットに入っていた『もの』を取り出した。Aランク魔物・トロールの魔石だ。
空気に晒されたとたんに、徐々に灰色に染まっていく。
「えっ。ハラルドさん、それは……!?」
ナタリーの驚く様子を無視して、ポケットにしまいなおして手を引いた。
「ここから離れるぞ。いったん街のどこかに隠れよう」
「えっ!? で、ですが、あの人たちは……!」
「消火を終えた教会の人間も来るはずだ。安全な場所に行ったら全部説明する。今は時間がないんだ」
倒れている教会の人間を心配そうに見ていた。
だが俺を信じて、手を引かれてついてきてくれた。
これから色々なことを考えなければいけない。
騒動に巻き込まれた俺たちは、またこの場から逃げ出すことになった。
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