第46話 ハラルドは自分の過去と邂逅する


 教会の人間が、黒の業火に包まれて焼けていく。

 男の足元で、ナタリーが呻きながらゆっくりと起き上がった。


(ナタリー……!!)


 意識を取り戻し、体を動かしたことに気づいた俺は、声をあげそうになった。

 今すぐそこから逃げてくれ。

 しかし、その想いは通じなかった。


「ようやくお目覚めか」


 男は足元を見ていやらしい笑みを浮かべると、靴で背中を押さえつけた。


「う、ぐぅ」

「エルフってのは初めてお目にかかるが、ずいぶん寝起きが悪い種族みたいだなあ」

「あ、あなた、誰ですか……」

「俺様か? いい見た目をした女は好きだから教えてやろう。俺様はなあ――」


 途中まで言いかけて、しかし途中で中断して杖を振った。

 先ほどよりもずっと小規模な炎の壁が作り出される。光の槍が男に向かっていたが、両者は相殺された。

 黒ローブの男はじろりと観察していると、地面で燃え続けていた黒炎が掻き消えた。顔に若干の火傷を作ったリザが、息を荒げながらも立っていた。


「あの攻撃を咄嗟に防いだってのか! しかも仲間まで守り抜くとは!」


 男は歓喜の笑みを作った。

 リザは顔に軽い火傷を負っていた。しかし、背後に立っていた教会の人間は全く無傷だ。


「咄嗟に光のヴェールで守りやがったのか。面白え、それほどの使い手がいたなんて知らなかったぜ!」

「そ、そこの人……逃げてくださいっ!?」


 ナタリーが悲痛に叫んだ。

 魔力欠乏の症状と、疲労がはっきりと浮かび出ている。錫杖で必死に体を支えているという有り様だ。しかしリザはその場から動こうとしない。


「あなたは、にが、さない」


 それがリザの決意だった。

 すると獰猛な表情を浮かべる男の背後から、影のようなものが這い出てくる。


「そうだな。せっかく俺様の相手をしてもらったんだ。中途半端じゃ悪いよなあ」


 黒い影がもうもうと浮かび上がったのを見て、二人の表情を驚きに染めた。

 煙はそのまま男の腕にまとわりつく。


「最大火力で行かせてもらうぜ……!」

「っ……」


 杖に先ほどの魔力の何倍もの力をもたらした。足を竦ませるほどの、恐ろしいまでの魔力の重圧が、この場全体を支配した。



「ヒャーハハハッ! 食らえ、『マルム――』」


 邪悪な魔力が収束する、その直前。動きが止まった。

 震えながら立っていたリザの姿勢が崩れる。

 僧侶の錫杖を手放して全身で倒れる。地面で小さな土煙をあげたのを見て、一度集めた黒い魔力は霧散した。


「何だ、限界だったのか。だめだ。やはり面白みのねえ女だったか」


 退屈そうにため息をついた。その様子を見ていた俺は、動揺して一歩下がった。


(今の黒い影は何だったんだ)


 この街に来た時、冒険者が使っていた魔法とは格が違う。恐怖の感情に支配される。本能的にあれは『駄目』な魔法だと理解した。


「さあて。悪いが、もう一度眠ってもらおうか」

「な、何をするつもりですか……?」


 倒れているナタリーは見下す男に対して、怯えながら後ずさる。


「こんなところで目を覚まされちゃ面倒でね。この状況じゃあ、どうせ大人しくついてきちゃあくれないだろう?」

「っ、嫌です! あなたにはついていきません!」

「嫌ですって、お前面白いことを言うなあ。俺様に逆えると思っているのか」


 必死に逃げようとするナタリーを、男は背中から踏みつけた。


「あぐっ……!」

「さあ、眠ってもらおうか。もっとも次に目覚めることはないだろうが――」


 ローブの男は、ナタリーに杖を向けて魔法を使おうとした。

 しかし途中で腕を払い、真っ直ぐに投げられた石を払い退けた。


「ああ、誰だぁ?」


 フードを深く被った男は、咄嗟に表に出てきた俺をすぐに見つけた。

 目の前の男に対して、俺は使えもしない杖を抜いて向ける。


「ナタリーを離せ……!」


 俺は、恐怖を押さえながらも、言葉をこわばらせて叫んだ。


「どうして、あなたがここに……」

「なんだお前……? 僅かだが、俺たちと同じ気配を感じる。何者だ?」


 倒れたリザは明らかに驚いていた。男も俺の正体が掴めず、奇妙そうに首をかしげている。そんな中でナタリーだけが表情を輝かせた。


「ハラルドさん!」


 救世主を見るような目で、俺に助けを求めてくる。


「ハラルドだと……?」


 するとそれを聞いた男は気配を変えた。

 フードの男は僅かに考え込むような仕草を見せる。


「誘拐犯、ナタリーを返せ。そいつは俺の仲間だ……!」


 俺は使えもしない杖で脅したが、まったく聞いてはいない様子だ。

 あまりにも不気味な時間が過ぎていく。少しの間待っていると、男は小刻みに笑い始めた。


「ククッ……そうか。そういうことかよぉ」


 聞く耳を持たない男は、突然に何かを理解した様子を見せた。

 ニヤニヤと笑みをこぼしながら小刻みに肩を震わせる。一体何を分かったというのだろう。リザもナタリーも意味がわかっていない様子だ。


「随分と久しぶりだなあ、ハラルド」

「久しぶり、だって……?」


 俺は男の言葉で何かが引っかかった。

 この声、どこかで聞き覚えがある。悪魔の魔法を使う誘拐犯に知り合いなんているはずがないのに――


「まさか」


 俺は気付いてしまった。

 相手も、俺の正体に気付いたからこそ、気安く声をかけてきたのだろう。

 それを証明するように、男は自らの黒色のフードをめくる。内側から出てきたのは真っ白な髪の青年だ。


「俺様の顔を忘れたわけじゃないだろう。俺様だって、お前の顔を覚えていたんだぜ、ハラルドよぉ」


 好戦的な三白眼が、動揺する俺を射抜く。


「お知り合いの人間さんですか……?」


 動揺を隠せずに顔に表してしまったせいで、ナタリーが一番困惑していた。

 一方、教会の人間で、かつてパーティの仲間だったはずのリザに動揺はない。

 

「お前が実家から逃げ出して、もう十年くらいが経ったのか。随分でかくなったもんだ」

「……お前にも、誰にも会いたくなかったよ」


 三白眼の男パウルは俺を嘲るように話しかけてきたあと。


「いいや。俺は久しぶりに会えて嬉しいぜ……なあ、一族の恥さらしが」


 重い声を出しながら、ドス黒い感情をぶつけてくる。 

 この街に来たことを人生で一番後悔した。

 ギルドの連中以上に出会いたくなかった最悪の相手に対して、ひたすらに自分の杖を強く握りしめながら、相手を睨み続けた。

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