第45話 ハラルドと教会と悪魔の闘争
何者かの後を追っていた教会の人間は、街を仕切る塀が見えてくると足を止めた。俺も建物の影に身を隠しながら様子をうかがった。
誰かが驚いたような、困惑したような声をあげた。
「これは……!!」
異様な光景が広がっていた。
その場所には、何十人も教会の人間が倒れていたのだ。
白服は無残に黒く焦がされており、生きている者は辛そうに呻いている。
そして追いついた教会の人間達は、中心に立っていた一人のローブ姿の男に錫杖を向ける。
「あなたは、何者」
目立つ黄金の杖を持っているフードを被った少女が問いかける。
顔は見えなかったが、あの声と装備はリザだ。彼女もあの場を去った後、また教会を襲撃した犯人を追いにきていたのだ。
「俺様の正体くらい分かってんだろ。分かっていることを聞くなよなぁ」
漆黒のローブの男は退屈そうな声を出して、リザ達に杖を向ける。
教会の人間の警戒心が高まる。そして俺は男の足元に気付いて、声をあげそうになった。
(ナタリー!!)
男の足元には金髪の少女がうつ伏せになっている。
意識を失っているようで動かない。目立った傷はないものの、頭の布も帽子も外されて尖った耳が晒されてしまっていた。
リザと話した通り、教会の人間はすでにナタリーの正体に気付いていたようだ。
(今すぐに助けに行きたいが……)
そのためには、教会の人間が多すぎる。
俺が出て行ったらその瞬間に捕縛されてしまう。状況が変わる瞬間を見計らって、今は様子を見守ることにした。
「なぜ教会に火をつけたの」
リザが最初に尋ねたことは、今の俺が知りたいことではなかった。
なぜあのローブ姿の男のそばにナタリーがいるのか。
彼が拐ったことは間違いないが、その目的が全く分からない。
「なんだぁ、随分と言葉が短えなあ。もうちょっとまともに喋ったほうがいいんじゃねえか?」
「目的を話して」
「……ケッ、変えるつもりはありませんってか」
リーダーのように前に立っているリザは、煽りに反応しなかった。
男は唾を吐き捨てて、細く鋭い三白眼で睨み付ける。
「なぜわざわざ俺様が、お前達に丁寧に教えてやる必要があるっていうんだ」
威圧感が、まるで空気が重みを増したように全員に襲いかかった。
これは殺意だ。教会の人間のうち半数以上が怯えた様子を見せて、一歩下がった。
「怯まないで」
「り、リザさん……」
錫杖を構えたリザは、全く屈することなく真っ向から詰問する。
「ならいい。でもこれだけのことをしておいて、逃さない」
「ほう。ガキの癖に随分肝が座っているじゃねえか。聖教会の人間にしちゃあ、マシなほうだな」
「襲撃が目的? それともその亜人が目的?」
「……ククク。どうかな」
俺が最も知りたかった事を聞いたが、男は答えない。
その代わりに指を立てて申し入れた。
「こうして、わざわざ追いかけてきてくれたんだ。一つ俺様と勝負をしようぜ」
「どういうこと……?」
そうしていると、男は思いついたように手を叩き合わせる。
先頭に立ったリザは最大限に警戒を強めた。
「魔法での決闘さ。同時に魔法をぶつけあって押し負けたやつの負け。お前らもルールくらい知ってんだろ?」
「馬鹿な!」
「我々聖教会に、魔法での勝負を挑むだと……!?」
教会側の人間は怪訝そうにざわついた。
影で様子を見守っている俺も困惑した。もしもあの男が想像通り『悪魔の魔法』の使い手で合っているのなら、教会の人間との相性は悪いはず。
悪魔は、天上の神々には決して勝てないのだ。
「魔法の腕には少々自信があってね。ずっと潜伏してきたが、誰かに向けてぶっ放して、壊したくて仕方なかったのさ」
「……狂っている」
「我慢は今日で終わりだ。ようやくその機会がやってきたわけだ!」
その原則を覆すとでも言わんばかりに、疼いた腕を抑えて笑みを深める。
「俺様が負ければ大人しく捕まってやる。潔く全部を話してやるぜ!」
「あなたを必ず、ここで捕まえる」
「ヒャハハハ、そりゃあいい。一対一なんて面倒だ。全員まとめてかかってきなァ! さあ始めようぜ!」
その言葉を合図に教会の人間は、一斉に杖に魔力を込めはじめた。
リザも錫杖を握り締めて詠唱する。聖教会の側には神々しい白光の魔力が集まっていった。
一方で男は杖を構える気配はなく、余裕ぶって相手を見ている。
「悪しき魔法を使う邪教の徒よ、悔い改めよ! 『ライト・ランス』ッ!」
「『ライト・ランス』……!」
「『ライト・ランス』ゥッ!!」
教会の人間に、容赦はなかった。
魔法によって次々に光の槍を作り上げ、続々と打ち出されていく。一つ一つが中級魔法程度の威力を誇る、膨大な量の攻撃が男を襲った。
しかし黒ローブの男は余裕のある態度で、杖の一振りでそれに応じた。
「『フレーマ・ウォール』」
颯爽と、赤色の魔力が放出される。
地面からごうと炎があがり、灼熱が吹き上がった。
光の矢はすべて阻まれて消失し、それを見た教会の人間は口元を引きつらせる。
「馬鹿な、ただの炎系統魔法だと!?」
「我々の攻撃が効かない……!?」
魔法がおさまった後、男はニヤニヤと両手を広げた。
「お前達は弱すぎる。闇系統なんて使わなくても、単に俺の魔法の方が実力が上ってことだ」
「っ、だが所詮は付け焼き刃の戦術! 『ライト・ランス』ッ!!」
「『マルム・フレーマ・ウォール』ッ!」
男が意気揚々と杖を振ると、地面から闇の壁が這い出てきた。
真っ黒な煙の塊だ。建物を覆い隠せそうなほどの高さで迫ってくる。あれに飲み込まれたら、恐ろしい末路を迎えると彼らは本能的に察した。
白服の男達は怯えたように立ち尽くし、次々に光系統魔法を放った。
だが相殺しきれずに、一方的に消えていく。
「『ライト・ランス』、『ライト・ランス』ッッ!!」
「ば、ばかな。我々の神の魔法が……通用しないというのか……」
必死に魔法を使うが、彼らの光系統魔法は、闇の炎を貫くには至らない。
そんな中で、リザは黄金色の錫杖を高く掲げた。
「『ライト・ヴェール』……!!」
錫杖は、オーロラのような虹色の光の幕を作り出した。
闇の壁と白のヴェールが衝突して拮抗する。その瞬間にリザは苦い表情を浮かべたが、男は楽しげに口元を歪めた。
「おう、想像通りお前だけはまともに戦えそうな奴だったなあ!」
衝突の余波は、魔力の波動として空気中を伝播する。
まるで暴風の中にいるようだった。
離れた場所に隠れた場所にいる俺は、乱暴にはためくローブを抑えなければならなかった。周囲の住人はとっくに逃げ出している。窓ガラスが破裂した。
「よし、もうちっと強めにいくぜ……!」
「う……」
それだけやっているのに、ローブの男には余裕があった。
土や小石が吹き上がり、それでも中央に立つ二人だけは微動だにしない。表情はリザのほうが圧倒的に余裕がなかった。
「お前いいなあ、相性が良い魔法とはいえ、俺の攻撃をここまで防ぐなんて見込み十分だ!」
「ここは、通さない。あなたを捕まえる……!」
「いいねえやってみな」
リザは、ローブの男を睨み付ける。
「だがその前に、その薄っぺらい魔法でこいつを防げるかな!」
ヴェールに覆いかぶさっていた闇の壁が消失した。急に力を失ったことで、リザは驚いたような表情で前のめりになる。
急いで杖を構えなそうとするが、その前に新たな魔法が放たれた。
「壁を一点突破だ、『マルム・フレーマ・ランス』!」
「っ、しまっ――」
構え直す余裕はない。
邪悪な炎の槍が光のヴェールの一点に集中。命中した箇所から食い破っていく。薄い光の膜は乱雑に振動して、砕かれて崩壊した。
邪悪な炎の槍が、リザの眼前にうつしだされる。
黒炎は、命を焼く業火となる。
悪魔の魔法が聖教会の人間達をまとめて葬った。
男は狂気的な笑みで、自らが作り出した地獄を見て、笑っていた。
「ヒャーハハハ! お前みたいなガキを地獄の炎で焼くのは、たまらねえぜ!」
地面が燃える。黒い輝きで満たされる。
辛そうな表情で倒れている金髪のエルフ少女が、かすかに目を開いたのは、その時のことだった。
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