第43話 ハラルドと教会の牢獄


 朝を迎えるたびに、不愉快な感覚に悩まされてきた。


 これは、まだコルマールの街にいた頃の話だ。

 憂鬱な心持ちで目覚めて、最悪の気持ちで身支度を整えてからギルドに向かって、そして虐げられた。

 眠る前は疲れ果てて、明日も同じような想いをするのかと落ち込んだ。

 

 そんな日々が変わったのは、ナタリーのおかげだった。

 朝に不快感を感じなくなった。深く眠ることだってできる。

 旅を始めることには不安もあったが、それよりも自由なほうが嬉しかった。

 憂鬱な気分はまるでなくなったのだ。


 彼女を守りたい。

 ぐうぐうと眠って、俺を信頼してくれる可愛らしい少女に、いつしか特別な気持ちを抱いていた。




「う、ぐ……」


 久しぶりの最悪な目覚めだった。

 最底辺まで落ち込んだ気分で目を開けて、まず感じた鈍痛に首筋を抑える。体もどこか打ち付けたのか節々が痛い。

 しかし、そんなことよりも大変なことがあった。


「ナタリーっ!?」


 ナタリーの気配がない。

 起き上がって周囲の様子を探った。最低限の家具しか置かれていない狭い部屋だ。目を凝らすと壁に聖教会の印が彫られていた。


「俺は教会に捕まったのか……?」


 最後の記憶を追いながら頭を抑えた。

 商人の屋敷に訪れ、そこで襲われた。

 教会の人間が踏み込んできたところまでは覚えているが、その先の記憶がない。

 部屋唯一の扉に手をかけるがノブは回らない。力を込めてもびくともしない。


「……くそ、不味いことになった」


 どうやら俺は教会に捕まったらしい。

 恐らくナタリーも同じだろう。邪悪な魔法を広めようとしている集団と、聖教会の争いに巻き込まれてしまったのだ。

 魔石の買取で、こんなに揉めることがあるものか。

 適当に街や遺跡を見て回て、次の街に向かいたかっただけなのに、どうしてこうなったのだろう。


(まずいな。ナタリーも捕まったのなら、エルフだとばれているかも……)


 考えをまとめればまとめるほど、悪い予想が浮かんでくる。

 扉の上側の小窓が開かれたのはそんなときだった。


「ん……?」


 小窓は格子状になっている。覗いてみると青色の髪が見えた。


「ハラルド。起きてる?」

「リザっ!?」


 声は俺の知っている少女のものだった。

 Aランクパーティ『赤蛇の牙』に加入していた、聖教会の僧侶リザだ。

 屋敷で見た時は驚いたが、間違いなんかじゃなかった。彼女は間違いなく扉一枚越しの向こう側に存在している。


「おい、これはどういうことなんだ! ここから出せ!」


 俺はとっさに木製の扉を何度も叩いた。

 彼女がこの場所にいる意味も、何もかもが今は分からなかった。


「話ができないのなら、また後で来る」


 だが、そんな俺に対する返事は冷たいものだった。

 このまま怒鳴っていたら、本当に去ってしまうと察する。

 ナタリーがいなくなってしまった焦りと激情を隠しつつ、拳を震わせた。


「攫っておいてよく言うな。話が通じると思うか」

「…………」


 相当に我慢して、絞り出した言葉も怒りだった。

 リザは立ち去るのをやめたようだったが、無言を貫いている。


「俺はあの商人とは今日出会ったばかり。何もかも無関係だ。それはパーティにいたお前なら分かっているだろう」

「そうね」

「ナタリーはどこに連れて行ったんだ。無事なんだろうな」

「今は何もしていない。でも、あの子は亜人。今夜が過ぎた後は保証できない」

「っ、気付いたのか……」


 最悪の事態が、あまりに重なって起こりすぎている。

 聖教会にも、悪魔の魔法を使う組織にも目をつけられたうえ、ナタリーが亜人であることがバレてしまったようだ。


(何とかしないと。俺が守らないと、ナタリーがどんな目に遭わされるかわかったものじゃない)


 頭の布を剥がせば耳が見えてしまうのだから、こんな状況になってばれないと思うほうがおかしな話だ。

 それでも、焦る気持ちはますます強くなる。

 亜人に対する聖教会の扱いは非情だ。

 人間族の神に対する信仰に厚い彼らは何をするか分かったものじゃない。


「なぜ俺を閉じ込めたんだ。情報が欲しかったのか、それとも単に共犯を疑っているのかどっちなんだ」

「どっちも」

「……さっきも言ったが、俺は街に来たばかりだ」

「まず、私の質問に答えて」


 以前パーティを組んでいた時と同じく短い返答だけがかえってくる。

 顔が見えないせいもあって、感情が読めずにやり辛い。


「答えたら解放してくれ。ナタリーを連れて、すぐに街から出ていく」

「それは返答次第」


 杖も奪われ、『代行魔術』を使う魔力の源とは引き離されてしまった。 

 なす術のない俺に断る権利はない。


「……分かった。答えよう。だがその前に一つ教えてくれないか」

「何」

「さっきも聞いたがコルマールで活動していたお前が、なぜこの街にいるんだ」


 顔を上げたリザは、小窓越しにじっと俺を見た。


「あのパーティは抜けた。そしてあなたを追いかけてきた」

「俺を……? それにパーティを抜けたって、どういう意味だ?」


 返答を聞いて混乱した。

 確かリザが加入した経緯は、コルマールの発展のためにということだった。

 確かに正式なメンバーではなく、教会から派遣された人間だが、それでも俺のために勝手に脱退するなんて普通じゃない。

 もともとリザとはほとんど話したことがなく、接点は少なかった。


「答えてくれ! どういうことなんだ!?」

「まず一つ質問に答えた。今度はわたしの番」


 だが、次の疑問には答えてもらえなかった。

 とりあえず今度はこちらの疑問にも答えろということだろう。俺が受け入れない限り、これ以上は話してもらえなさそうだ。


「悪魔という言葉に聞き覚えがある?」

「直球だな……ああ、知っているさ」


 彼女が知りたがっていることは、当然知っていた。

 リザの雰囲気が鋭くなる。


「なぜ知っているの」

「見たことがあるからな。ここに来るまでの道中で、使っているやつが――」

「違う。聞きたいのは、そういうことじゃない」


 リザの冷たい言葉と視線に口を閉ざす。

 責めるような感情がこもっていて、俺は少しぞっとした感情を抱いた。


「私がなぜ、あのパーティに所属していたか、分かる?」

「有望だから。街の利益になるからと教会から派遣されてきたんだろう」

「違う。あの程度のパーティに私を派遣するほど、聖教会は安くない」


 清々しいほどの即答に、俺は怪訝な表情を浮かべた。

 有望なパーティに教会が僧侶を送るというのは、別に珍しい話ではないはずだ。


「実は私も、あなたのように『スキル』を持っている」

「スキルだと……!?」


 その突然すぎる告白に、目を丸くして扉に両手を押しつけた。唾を飛ばす。


「そんな話、今まで一度も聞いたことがないぞ!」

「うん。言わなかったから」


 想定外だった。

 スキル――俺と同じように、彼女にも特別な力が宿っているということだ。

 扉に顔を寄せる俺をよそに話し始める。


「私のスキルは、『情報開示ステータスオープン』」

「すて、何だって?」


 聞いたこともない名前の効果に混乱する。


「この能力は、見た相手の情報を読み取ることができる」


 リザはそう呟きながら、俺に見えるように自分の目を指差した。

 瞳は僅かに水色に輝いている。魔法現象とは全く違う色の深い輝きだ。俺の感覚でも魔力は全く感じない。


「本当にスキルを持っているのか……だが情報って、俺の何を見たんだよ」

「その人の名前、体力・魔力、使える魔法。私には何でもお見通し」

「名前……? っ、まさかお前っ!」


 俺は全てを悟って、空虚な部屋の前で何度でも叫び声をあげた。


「あなたには、誰からも隠している名前がある」


 本来の名前を勝手に暴くなんて、普通はありえない。

 だがリザは俺の正体を『スキル』によって暴いた。彼女がなぜあのパーティに加入していたのか、真相を知った俺は奥歯を強く噛み締めた。

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