第41話 ハラルドと黒色の魔法の正体
「そうですか、それは素晴らしい。まさか上級魔法を操る実力者の方だったとは思いませんでした……!」
「いやあ、それほどでもですよ」
話を進めていくうちに男は勝手に盛り上がり、しまいには手を叩き合わせて立ち上がるほどに興奮した。
俺は何となく居心地が悪くなって何も言えなかった。
ナタリーのほうは満更でもなさそうに後ろ手で頭を撫でていた。
「『スキル』をお持ちの方は珍しいですが、それだけの能力をお持ちの方が、今まで無名だったということも驚きましたよ」
「……コルマールでは有名だったんですけどね。悪い意味でですが」
スキルを褒められるのは、背筋が嫌な意味でむず痒くなる。
今まで『疫病神』と言われて蔑まれ続けていたため、慣れていないどころか、褒められている気がしないのだ。
そんな内心とは無関係に、勝手に二人の話は進んでいく。
「いや、そちらの方それだけの魔力をお持ちとは、素晴らしい才能だ!」
「いやあ。自分で魔法が使えないので、お恥ずかしいですよう」
ナタリーの反応は真逆で、嫌がるわけでもなく喜んでいた。
過去に酷い目に遭ったはずだが、やっぱり彼女は俺と違って、気持ちのいい性格をしている。
「ところで五皿目おかわり頂いてもいいですか!?」
「食い過ぎだよ!?」
ケーキを四つも平らげたナタリーに、俺は真顔で突っ込んだ。
一緒に過ごしていて楽しい性格をしているのに、相変わらず異常なほどの空きっ腹に驚かされる。
「ええ、すぐに持って来させましょう」
男は気にした様子もなく、二度手を叩き合わせる。
ケーキは高級品なはずなんだが、やっぱり金持ちは凄いな。
「失礼いたします」
扉の奥から、執事のような男がやってくる。
一礼して入ってきた彼は、ナタリーの前に置かれた皿を差し替えた。さらに主人のティーカップに新たな紅茶を注ぎ直したあと、また一礼して出て行く。
使用人も洗練されており、そこらの食事処とは比べ物にならないなと感心した。
「いや、それにしても素晴らしい! もっと詳しい話をお聞きしたい!」
新品のケーキを食べ始めたナタリーを見ながら、もう一度ぱん、と手を叩き合わせる。
持ち上げ方が強すぎる。だがそれに対して、俺は気分が良くなかった。
「地面を裂き、敵を拘束する強力な上級魔法。いやどれをとっても素敵ですなあ! よほど厳しい鍛錬を積んできたのでしょう」
「ありがとうございます……」
何度言われても素直に称賛を受け取れない。
俺のスキル『代行魔術』は魔力を受け取る効果しかない。
魔法の完成度や実力は、俺が使えるかどうかに依存してしまう。
だから、褒められて嬉しくないはずがないのに。
(まあ、自分の意思で鍛錬を積んだわけじゃないからな……)
商人の言葉を受け入れられないのはそのせいだろう。
ナタリーと違って、俺はひねくれているのかもしれない。
「ところで、それほどの魔法を使う方に、お聞きしたいことがあるのです」
「……?」
金持ちの男の声色が僅かに変化したことを、俺は敏感に感じ取った。
今までと違い、彼から好奇心のようなものを感じなくなったような気がした。
「この街で流行っている魔法の噂について、詳しく知りたいのですよ」
「魔法?」
「ええ。魔法関係の品を扱う都合上、新しい噂話に興味がありましてね。旅をしている貴方たちなら、詳しい話をご存知かもしれないと思ったのです」
ティーカップを置いて前のめりになる。
俺は敏感に彼の感情の変化を察知した。いつの間にか、じっと俺を観察するような目に変わっていたのだ。
「俺たちも街に来たばかりですが、何が聞きたいんですか」
「一言で言い表すなら、黒色の魔法のことです。系統は一意ではないそうですが、そのどれもが黒色の魔力を纏い、時には上級魔法と同等の力をもたらすとされています」
「…………」
「そんなものが存在したらもっと話題になるはずですから、あくまで噂程度の話ですよ。ですがそんな都市伝説の魔法について、何かご存知ありませんかな」
……なるほど、そっちが本当に聞きたかったことか。
男は教会と繋がっているようには見えないが、相手の目的が分からない以上、迂闊なことは言えない。
「まあ、知っているよ」
「ほう……? 詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」
息をつきながら答えると、男は興味を引かれたように身を乗り出す。
「知っているといっても、使っているやつを見たことがあるだけだ」
「見たことがある、ですか」
「使い手が誰だかはよく知らないが、ここに来る道中の話だ。黒い炎の魔法で魔物を倒していたところを見たんだ」
「はいっ! わたしも見ました!」
先ほどの反省を踏まえて、全てを誤魔化すのは無理だと判断して、答えられる範疇で情報を明かすことに決めた。男の表情がこわばった。
「黒い炎の魔法ということは、炎系統の魔法ということですか」
「ああ。特徴には一致するだろう」
「なるほど。実際に使える方とお会いしたことがあるというわけですか。魔法を使っていたというのは、どのような方でしたか?」
男は何度か頷き、それからさらに質問してくる。
やはり具体的な何かを知りたがっている様子で、警戒していなければ、普通に応じていただろう。慎重に言葉をつむいだ。
「詳しいことは知らない。魔物狩りを生業にしている、どこにでもいる普通のパーティだったよ」
「普通のパーティですか……噂通り強力な魔法が使えるのなら、もっと名をあげていてもよいはずですがね」
「…………」
「私、この街の事情には詳しいほうなのですが、そのような実力者は聞いたことがない。もっと詳しく知りたいところですね……」
「やめたほうがいいと思うのです」
やれやれと首を横に振った商人は首を上げる。
ナタリーはその時のことを思い出したのか、悲しそうな表情でつぶやいた。
「人の心を壊す悪魔の魔法だなんて、そんな恐ろしいもの、関わらないほうがいいと思うのですよ」
ナタリーはきっと、あの三人のことを思い出して言ったのだろう。
高ランクの蜘蛛の魔物を消し済みにした黒い獄炎。その後に発狂して仲間に襲い掛かろうとした大杖持ちの魔法使い。
俺を共に魔法を使うナタリーが、あの発狂した様子を恐れるのは当然だった。
「人の心を壊す悪魔の魔法ですか……」
「え?」
男はゆっくりと顔を下げて、重い言葉でつぶやいた。
ナタリーは頭の上に疑問符を浮かべる。
「っ……!」
俺は、とっさに立ち上がる。
地面を蹴飛ばしてナタリーに覆いかぶさった。
「えっ、ハラルドさ――」
直後。
黒に染まった氷のようなものが地面から生えて、ナタリーの座っていたソファを真っ直ぐ貫いた。俺はわずかに足首をかすった。
怪我を負った状態のまま、勢いのまま地面にナタリーを押し倒す。
「っぅ……!」
「は、ハラルドさんっ!? こ、これはっ……」
ナタリーは慌てながらも、自分が座っていた場所を見た。
黒い氷柱が地面から伸びている。ぞっとするような光景だ。一瞬でも遅れていたら凍らされていたか、腹部を貫かれていた。
「な、な、なんで……」
青ざめた表情でしがみついてくる。
その黒色の魔法の気配は、俺でなくてもはっきり感じられるほどに濃い。
闇系統の魔力は目の前から漂っていた。
「おやおや。なぜ分かったのですか?」
悠然と立ち上がった男は俺たちを見下ろしてくる。
俺は痛みを抑えながら体勢を立て直し、倒れたナタリーを庇うように立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます