第40話 ハラルドと商人との魔石交渉



 ハイブの街外れには、目を引く大きな館がいくつも存在している。

 中心街は遺跡と焦点が大半を占めている。かわりに街外れには住民の家や、商人の倉庫や工房などが立ち並んだ区画が存在していた。

 特にこの街は裕福なようで、コルマールと比べるとずっと豊かなようだ。


 柵で囲まれた広い敷地を持つ、特に大きな館の一つ。

 そこに俺たちを誘った商人の本拠地があり、言われるがままに案内された俺たちは、今、恐ろしいほど深く沈み込むソファに座り込んでいた。


「眩しいお部屋です……」


 座ったナタリーは、目を丸くしっぱなしだった。

 今までに見てきたどんな場所とも違う、高級な物品ばかり置かれた部屋だ。煌びやかな品の数々に目がチカチカした。


(金持ちの考えることは分からん)


 俺が同じだけ金を持っていても、同じ部屋にはしないだろう。

 ……まあ、そんなことはどうでもいい。

 目元を二本の指先で弄ってマッサージしつつ、目の前の男に向かい合った。

 

「それで、魔石を買い取ってくれるというのは本当なのか」


 ここまで誘った商人はニコニコと胡散臭い笑みを浮かべていた。


「もちろんです。実は私、魔力を集まる物品を集めていまして。Aランクの魔石は滅多に手に入らないのですよ」

「収集家か。確かに、かなりの魔石を持っているみたいだな」


 反対側の壁に視線を向けた。

 棚のようになっている場所に、ゆうに百を超える紫色の石が並んでいる。


「えっ。全部魔石ですか!?」


 ナタリーはいまさら気がついたようで、びっくりした様子で声をあげた。

 ざっと見たところ全部Cランク以上の魔石だ。

 商人は誇らしげに手を大びらきにして、自慢してきた。


「私の個人的なコレクションです。もう何年もかけて収集したのですよ」

「……すごいな。一体いくらかかったんだ」

「ふふふ、相当な年月がかかりましたよ」


 正直、圧倒される。

 魔石は高級品だ。棚にある魔石を全て買うためには、想像を絶するような金が必要だったはずだ。

 やはり金持ちの考えることは分からない。

 俺は首を振って、それから改めて商人に向き直った。


「俺たちの魔石も、コレクションしたいということか」

「ええ、Aランクの魔石は滅多に手に入りませんから」

「まあ売れれば何でも構わない。いくらで買い取ってくれるんだ?」


 真っ直ぐに男を見つめる。

 ニヤニヤと笑いながらティーカップを手に取った。


「金額なら他の街と同じか、それ以上の相場で買い取りましょう」

「…………」

「だが一つ、条件があります」


 さっき、同じような言葉を教会の人間から聞いたばかりだ。警戒心が高まる。


「君の話を聞かせてほしいんだ。魔石を手に入れてきた、君たちの話だ」

「は、ハラルドさん……!」

「大丈夫だ」


 聞かれた内容も先ほどと全く同じ、魔石の入手経緯だった。

 ナタリーが焦ったのも無理はないが、しかし大丈夫だと踏んだ。

 教会の人間は疑いの雰囲気を漂わせていたのに対し、商人から感じるのは単なる好奇心のみ。収集家としての意図も理解できる。

 

「ええ。Aランクの魔物を倒すということは、さぞ凄い冒険をしてきたのでしょう」


 立ち上がった彼は、棚に置いてあった魔石の一つを手に取って撫でる。


「知っての通り、これら一つ一つがもとは強力な魔物の心臓です。これ単体でも商品価値はありますが、私が本当に欲しいのはそんなものじゃないのです」

「……収集家の性ってやつだな」

「ええ。何よりも欲しいもの。それはソレにまつわる特別な物語ですよ」

「すみませんが、よく分からないです」


 ナタリーが困惑しているのを見て、商人は魔石を見せつけてきた。


「例えば一番大きなこの魔石を見てください」


 俺たちが持ってきた魔石よりも大きくて、輝きも強い。

 一切加工はされていないが、美しさは他のものとは比にならなかった。

 ギルドに所属していた時も、これほどのものはお目にかかったことがない。


「王都を襲ったSランク魔物、キマイラの心臓です」

「Sランク……!? しかも、王都だって……!」

「ええ。Sランクパーティ『イクリプス』が命懸けで討伐したという。私の持っているコレクションの中では最高の品ですよ」


 彼は、撫でていた魔石を棚に戻した。

 俺たちが、先ほどよりも関心を持った様子を見て満足げに頷いた。


「私がわざわざ出向き、館まで御足労頂いた理由が分かって頂けましたかな」

「……ええ。分かりました、いいでしょう」


 金持ちの道楽だなと、俺も深く息をついた。

 Sランクの魔物とは、出現するだけで国が崩壊すると言われる強力な敵。

 Sランクのパーティとは最強のパーティに与えられる称号で、王国にしか存在しないギルド中の憧れだ。

 王都を襲った個体で、Sランクの冒険者が討伐したと聞くと、それだけで見え方が違ってくる。


「そうと決まれば座って。コレクションについてもっと話がしたいのです。ここに新しい菓子も持ってこさせましょう」

「お菓子ですか!? 食べたいです!」


 ナタリーが立ち上がって喜んだ。

 ……この話は長くなりそうだ。俺はソファに座り直し、ナタリーの種族以外の経緯を話す算段をつけはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る