第38話 ハラルドと教会の魔石買取所

 ハイブは、大規模な古代遺跡の周囲に作られた都市である。

 竜神の森に囲まれており、温泉のように魔力が噴出する地点が周囲にいくつも存在する。ソレを目当てにした大勢の商人が集まることで発展を遂げてきた。


 日が昇ると同時に活気付くのは、そんな成り立ちあってのことだろう。

 ナタリーと外に出た時には、大通りはすでに半分ほど人で埋まっていた。


「すごい人出ですね」


 はぐれないように手を繋いでいた。三角帽子を深く被ったナタリーは、顔をあげて感心した声を出す。

 客引きや、競りの大声がそこら中であがっている。

 エルフとして森で暮らしてきた彼女には相当珍しい光景に違いない。

 早朝に限っては、人口の多いコルマールの街よりも活動的だ。


「みんなお腹が減っているのでしょうか?」

「いいや、朝のうちに新しい魔道具の在庫が並ぶんだよ。飯を出している露天はまだないだろう」


 ナタリーの発想を可愛らしく思いながら、周囲を指差した。

 昨日、はしごした店はどこも開店の準備をしている。

 一方で魔道具の露天は行列ができていて、馬車も慌ただしく行き交っていた。


「人気があるものは飛ぶように売れてしまうからな。そうなるまえに買おうとしているやつらが多いんだ」

「お、美味しいものは、なくなったりしませんか……?」

「食料は、朝のうちに無くなったりはしないさ」


 心配するのはやっぱりそこなのかと、相棒の言葉に苦笑する。

 俺はそれとは別に、周囲を見回して気付いたことを口にする。


「それにしても教会の人間がやけに多いな。思ったより治安も悪いみたいだ」

「壊れている場所が多いですね。どうしたのでしょうか」


 視線の先には無人の露天があった。

 主人が不在というわけではなく、屋根や柱が破壊されていたり争ったような痕跡がある。修道服を着た人間が数人集まって、何かを調べているようだ。

 周囲の活気とは切り離されたような、不穏な空気が漂っていた。


「そういえば夜に何度か、誰かの声で起きてしまいましたが」

「ああ、争っている声みたいなのが聞こえた……この様子だと、いつものことなんだろうな」

「夜に勝手に出ちゃいけないというのは、こういうことだったんですね」


 コルマールにいた時に、ナタリーに教えたことがあった。

 夜は昼に比べて治安が悪くなると言ったことを思い出した様子だった。


「そういうこともあるが……これはちょっと違うな。少し変だ」


 人が集まる場所は治安も悪くなりやすいが、しかし目につくだけでも数件。

 暴力の痕跡を何度も見つけるのは異常だ。魔法の件といい、やはりこの街はきなくさい。


 俺たちは通りを歩いて、昨日のうちに探しておいた換金所に訪れた。

 魔物の素材買取所はどの街でも珍しいものではないが、この街においては、ここが唯一の換金所のようだった。

 建物の中に入る。

 見回すと木製のカウンターが用意されているだけの狭い部屋で、座っていたのは、修道服姿の神秘的な雰囲気の女性だ。


「いらっしゃいませ」


 ……教会の人間か?

 場所を間違えたかと思ったが、建物の雰囲気は換金所で間違いない。

 机には素材表も用意されている。コルマールには一件もない初めてのパターンで混乱した。


「ここは魔物の素材の買取所で合っているのか……?」

「ええ、その通りですよ。旅の方でしょうか?」


 にこりと微笑まれた。

 普段と雰囲気が違いすぎて驚いてしまったが、間違ってはいないらしい。教会が街を牛耳っているという冒険者の言葉は本当のようだ。


「ここは任せてくれ。鞄の方を頼む」

「わかりました!」


 俺が交渉の場に立ち、ナタリーは背負っていた鞄を下ろして準備した。


「旅の途中で魔物を狩ったので、その魔石の買取をお願いしたい」

「魔石ですか……」


 シスターの表情が曇る。その反応に首を傾げた。


「まさか買取をやっていないのか」

「いえ。そういうわけではありませんが……この町では魔石の需要があまりなく、他の街に比べると価格は随分下がってしまうんです」

「随分というと、どのくらいだ?」

「そうですね。Dランク以下の魔物はほとんど使われないので、現在は買取をお断りさせて頂いています」

「そんなことがあるのか!?」


 それを聞いて、俺はひどく驚いた。

 魔石は、どの街に行っても共通の価値を持っっている魔力の結晶体だ。

 価値がつかないなんて思っていなかった。


「使われないというのは、どういう意味だ?」

「申し訳ありません。買い取れないことにはさまざまな事情があるのですが、とにかく低ランクの魔石は受け付けられません。素材なら、場合によっては買い取りができますが……」

「それは困ったな……」


 少しまずいことになった。

 肝心の魔石を買い取ってもらえないとは思ってもみなかったのだ。

 素材のほうは狐族の村に置いてきた。魔石の他に売れるものはない。

 それなら選択肢は一つだ。


「なら仕方がない。ナタリー、あれを出してくれ」

「りょーかいです……うう、どうぞ」


 ナタリーは渋い表情で鞄に手を突っ込み、取り出して渡してくる。

 とっておきの一番大きな、ゴブリン族の魔石だ。

 深紫色に輝く、内部から異様な煌めきを放つそれは、Aランク級魔物の心臓部から取り出したものだ。


「これは……!?」

「トロールの魔石だ。森で倒して、手に入れてきた」


 シスターは浮かべていた笑みを驚きに変えて、驚愕のあまり立ち上がった。

 Aランクの魔石ならば必ず価値はある。シスターを見ると、俺が思った以上に顔色を変えていた。


「Dランク以下の魔石は買い取っていないと言ったな。ならこれは、いくらで買い取ってくれるんだ?」

「しょ、少々お待ちください……!」


 打診すると、慌てた様子でカウンター奥の部屋に引っ込んでいってしまう。

 ナタリーは不思議そうな表情で首をかしげた。


「どうしたのでしょうか」

「まあ少し待っていよう」


 恐らく高額な取引になるので、責任者を呼びにいったのだろう。

 多少買い叩かれるかもしれないが仕方がない。それでも金貨三桁の取引になることは間違いないのだから、妥協しよう。

 ナタリーと一緒なら、Aランクの魔物を倒す機会はまた訪れるだろう。


「お待たせしました」


 待っていると奥から誰かが戻ってくる。

 シスターではない。教会の白服を着た中年の男だった。

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