第35話 ハラルドとDランクパーティの事情



「この先に古代遺跡があってな。その周辺が小さな街になっていて、俺たちはそこを拠点にしているんだ」


 そう語ったDランクパーティの剣士の名前はベスターという。リーダーであり、今は案内役として前を歩いてくれていた。

 だが彼の言葉に、俺は首をかしげる。


「地図には載っていなかったが、でかい街があるのか」

「街になったのは十年前くらい前だ。あんたが持っているのは古い地図だろう? 載っていなくても無理はないさ」


 ベスターはからからと笑った。

 確かに彼の言うように、俺の持っている地図は幼い頃に手に入れたものだ。

 新しく街ができることもないわけじゃないが、珍しいケースだ。後で書き加えておいたほうがいいだろう。

 

「あの。遺跡って、どんなものなんですか?」

「そういえば……遺跡の周りに街とは、変わっているな」


 ナタリーが横からひょいと顔を出して、ベスターに尋ねた。

 遺跡があるなんて俺も全く知らなかった。興味を持ってベスターの方を見ると様子がおかしい。わずかに顔を赤くして言葉をどもらせていた。


「あ、ああ……森の近くに、ぽつんと三角形の柱が建っているんだ。神の作ったものだと教会側は言っているな」

「神様が作ったんですか!? すごく貴重なものではないですか!」

「あ、ああ。そうだな。その通りだ」


 いちいち派手に驚いてリアクションをとるナタリーに対して、ベスターは全く別の奇妙な動揺を見せながら視線を逸らした。

 それを見た俺は、彼が何を考えているのかすぐに分かった。


 今のナタリーは魅力的すぎた。

 美しい金髪で、顔もよく、可愛らしいうえに好奇心が強い。

 そのうえ派手な服装をしており、直視するのが眩しすぎる姿をしている。


(着替えさせるべきだった……いや、そんなタイミングはなかったか)


 ナタリーの今の格好は、特に上半身の肌面積が非常に多い。

 美少女に真正面から見つめられて狼狽しても無理はない。俺も道中で眼福を味わっていたので、ベスターを責める気にはならなかった。


「次は、さっきの件について詳しく聞かせてほしい」


 俺がそう言うと、ベスターも重戦士の男も、暗い表情で口を閉ざした。

 あまり話したくなさそうな気配が伝わってくる。だが俺は聴かなければならない。視線を向け続けた。


「さっきの魔法、明らかにDランクパーティのものじゃなかったぞ。それに魔力もおかしかった。一体何をしたんだ」

「そうか……同じ魔法使いのあんたには分かるんだな」


 この話題を避けられないことが分かったのだろう。

 ベスターは諦めた様子で、肩を落としながら語った。


「あんたの言う通りだ。ヘルミナはもともと、あんな威力の魔法が使えるやつじゃなかった」

「あの異常な魔法について、何か知っているのか」


 ベスターはうなずいた。

 

「なら聞こう。黒色の炎を出す魔法、あんなものをどこで覚えたんだ?」

「最近使えるようになったと言っていたよ。魔導書を読んだ……と言っていたか?」

「直接は見ていないが、そう言っていたな」


 男を背負った重戦士が同調するように答えた。


「使えるようになった、ということは新しく覚えたんですか?」


 ナタリーが目を丸くしながら尋ねる。


「ああ。何でも、この前に酒場で会った男から教わったらしい。魔法を覚えてからは凄まじい活躍だったよ」

「急に中級魔法が使えるって言うもんだから、驚いたな」

「そんなに早く魔法が使えるようになるんですね、すごいです……」


 ナタリーは純粋に信じてしまった様子だったが、俺は奇妙に思った。

 どんな魔法も一朝一夕で使えるようになるものじゃない。中級魔法ならなおさら、長期間の修行が必要になるのが当たり前だ。


 魔法の鍛錬は苦難の道である。

 スキル『代行魔術』を持っている俺は、そのことをよく知っていた。


「仲間に魔法を使って殺そうとしていたのは、どういうわけなんだ」

「分からん。喧嘩をしたわけでもない。だが以前はあんなやつじゃなかった」

「俺たちは昔からの付き合いだ。最近、様子がおかしくなったとは思っていたんだが、まさかあんなことになるとはな……」


 そう言ったきり二人とも落ち込んでしまう。表情は暗い。彼らにとっても、今日の出来事は相当にショックだったようだ。

 これ以上はやめたほうがよさそうだ。


「踏み入ったことを聞きすぎたな、悪い」

「……なああんた。今の話、街についたら黙ってちゃくれないか」

「どういう意味だ?」


 意味がわからずに尋ね返すと、重い言葉が帰ってきた。


「ハイブの街は……ああ、今向かっている拠点の名前だが。聖教会の連中が幅を利かせているんだ」

「聖教会?」

「今は色々あって敏感なんだ。分かるだろう、荒波を立てたくないんだ」

「……なるほど」


 俺が考え始めると、ナタリーにつつかれる。


「せいきょうかい、というのは何ですか?」

「人間の神を崇めている組織だよ。コルマールの街に、尖った屋根の建物があっただろう。あそこで働いている人間のことだ」

「ありました!」


 ナタリーも手を叩き合わせた。

 尖った屋根と、鐘楼を備えた建物はほかにはないほど特徴的だ。街に滞在していたのは短い期間だが、それでも街の中で目立っていたので覚えていたようだ。

 厄介なことになったと、頭を抱えてしまう。


「つまりハイブは、教会が管理している街というわけか」

「その通りだ。あんな不気味なことが起こったんじゃ、間違いなく目をつけられるだろう」

「……分かった。特に話す理由もない。街では黙っていよう」

「感謝するよ。こいつの目が覚めたら事情を聞いて、今後はさっきの魔法を使わないように説得してみるさ」


 剣士ベスターは、後ろめたいような態度でそう言った。

 さっきの暴力的な態度は明らかに異常だった。俺は彼を会うのは初めてだが、あんな人格の人間がまともにパーティを組んでやっていけるはずがない。

 パーティの二人も、先ほどの黒色の魔法が関係していると考えているのだろう。


「もう一つ聞いてもいいか」

「何だい」

「どうして遺跡があるだけの場所に、街が作られたんだ?」

「ああ、それなら簡単さ。遺跡があるだけじゃなく、近くで『魔力溜まり』が次々に見つかっていてな。それを知った商人が次々に店を開いた。ここ数年でずいぶん発展したのさ」

「……なるほど」


 俺は納得した。

 魔力溜まりとは文字通り、魔力が湧き出してくる場所のことだ。

 さまざまな用途に使える資源として活用されるので、それがある場所は発展しやすい。魔物を討伐するデメリットよりも、メリットのほうが上回る。

  

「ところで話は変わるんだが、こっちも気になったことを聞いていいか」

「何だ?」


 向こうからの質問に、何を聴かれるのかとわずかに警戒する。

 ベスターは俺の隣を歩くナタリーに聞こえないように、顔を近づけて小声で尋ねてきた。


「あんたの連れてる女の子、すげー美人だな」

「ああ、そうだな」

「家族か、それとも"これ"とかか?」


 下世話な話をするときのような声で、小指を立てて聞いてきた。

 大した質問でなかったことに、ほっと、気を抜きながら返す。


「……そういうのじゃない。ナタリーは冒険仲間だ」


 ナタリーについての質問だったため警戒したが、杞憂だった。

 耳を晒していた時間もあった。亜人族、エルフだと見抜かれたのかと思った。


「口説いても構わないか?」

「断る」


 俺は即座に、Dランクパーティリーダー、ベスターの言葉を冷たく拒絶する。

 それだけは絶対に許せない。じっと睨みつけると、恐ろしげに両手をあげた。


「わ、悪かったよ。今のはほんの冗談だ」

「……分かったならいい」

「ハラルドさん、どうかしたのですか?」

「いや、何でもない」


 耳を覆い隠したせいで、人間並みにしか音が聞こえなくなったナタリーにはくぐもって聞こえなかったのだろう。

 不思議そうに首をかしげる様子を見ながら、俺は内心で決意する。


(ナタリーを、外に出すわけにはいかない)


 エルフ族の常識で行動するナタリーを放逐することは許されないのだ。

 胸に生まれた謎の苛立ちを抑えながら、息を吐き出した。

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