第33話 ハラルドと旅路の始まり


 大草原に続く馬車道を歩く二つの人影があった。

 次の街を目指す道中に使われる道を、馬車も使わずに少数で歩いているのは珍しい。

 杖をつき、へろへろになりながら歩く汗だくの美少女。そして大きな鞄を背負って、先行するの男の組み合わせは希少だった。


 これはハラルドと、ナタリーの最初の旅路である。

 しかしその冒険の始まりは、ひどく不穏な気配が漂っていた。


「うぅぅ……」


 すでに疲労困憊といった様子で、ナタリーが辛そうにうめいた。


「きついなら、このあたりで休憩するか?」

「すみません。少し座らせてください……」


 俺は立ち止まって振り返ると、力なく頷いて座り込んでしまった。

 俺は適当に、座りやすそうな大きめの岩の上に座る。ナタリーは座ることなく、草地に仰向けにぶっ倒れた。

 滑らかな金髪を揺らしながら、熱っぽく胸を上下させる。


「ふはぁぁ。もうだめです」

「…………」


 やはり、この格好は目に毒だと思わずにはいられない。

 今の彼女は例の『軽装』だ。汗ばんだ艶やかなお腹も太もも丸出しであり、まったく無防備である。ただでさえ際どいのに無防備なのだからたまらない。

 俺は邪な感情を追い払うべく、ナタリーにならって空を見上げた。


 のどかな天気だ。

 空には鳥が飛び、爽やかな風が吹いている。


「ふぅ……」


 こんなに静かな環境に来たのは、いったいいつぶりだろう。

 長くギルドに居座っていたこともあって、こんなにも自由だというのに、まだ自分自身の境遇に戸惑ってしまう。

 そうやって少しの間待っていたが、それでもナタリーは起き上がらない。

 ずっと住んでいた森と環境が変わってしまったせいだろうか。


「調子が悪くなったのか?」

「いえ。そういうわけじゃありません」


 仰向けになったまま、力なく首を横にふる。


「じゃあ飯が食い足りなかったのか?」

「それです」

「それなのか……」


 ぐぅぅぅ、とお腹がなる。


「お腹がぺこぺこで、もう動けません」


 恥ずかしがる様子もないほど、辛そうだ。

 俺はまた大きく息をついた。森の奥に住んでいる種族というから、質素だと思っていたんだがな。金持ちの人間よりも食べているんじゃないか。


「急な出発になったせいだ、すまないな」

「うぅ、全部わたしのお腹が悪いんです。穴があったら入りたいです」


 ナタリーのお腹が、もう一度ぐぅと大きく鳴って主張する。

 俺と一緒に過ごすうちに、自分が人族の中でも特に大量にものを食べていることが分かってきたらしい。涙目でへこんだ。


「まあとりあえず、これだけでも口に入れておけ」


 カバンから、保存食の硬いパンを渡す。


「いいんですか?」

「どのみち足りないからな。今動けないなら、今食べるべきだろう」

「では、いただきます……」


 寝転びながら受け取って、そのまま頬をいっぱいにする。

 少し元気が出た様子で息をついた。そのかたわらで、今後のことを考えながら鞄から地図を取り出して見つめる。


「何を見ているのですか」

「ん? これか、このあたりの地図だよ」


 ごろりと横になったナタリーが、手元を覗き込んでくる。


「次の街まではまだ遠いからな。近い場所に集落がないか探している。村があれば補給ができるからな」

「今はどのあたりですか?」

「森を出発して、道をまっすぐに進んできたから、このあたりだな」


 地図上を指差す。森が近いことと、あたりには何もないことしか分からない。そして目的の街まではまだ半分も来ていない。

 ナタリーも耳をピクピクと揺らしながら、地図の周辺を探しはじめた。


「どう見ればいいのかわかりません……」

「難しいことはない。緑が森で、茶色が山。文字が書いてある場所が街や集落のある場所だな」

「ここから近い場所に、何もないです!」

「そうだな。だが、こればかりは仕方ない」

「わたしたち、飢えてしまいます!?」

「……ああ。困ったな」


 実際問題、その点はかなり問題だ。


「集落でも見つけられればいいが、それも望み薄だろうな」 

「ここに来るまでには見かけませんでしたが……」

「そうだな。食料も何もないし、危険な魔物が出る土地に住みたがるやつはいない。このあたりは森に近いから尚更だな」

「うむむ、確かにその通りです」


 魔物が出るような場所は、よほどの事情がなければ人は住みつかない。

 稀に特別な理由で集落ができることもあるが、期待しない方がいいだろうな。


「一度、森のほうに向かって食料を確保するのはどうだ」

「森ですか?」

「ああ。草原と違って食える魔物も獲れやすいし、時間をかければ保存食だって作れる。薫製なるけどな」

「名案ですっ!」


 ナタリーは一気に飛び起きて、両手をあげて無邪気に賛同した。

 胸元がめくれあがりそうになる。下乳がはみ出て、俺はまた目を逸らすはめになった。

 急に無防備にこられると、どう反応していいか分からないのだ。


「どうかしましたか?」

「……なんでもない。方針は決まったな。まずは街道を外れて森を目指そう」

「方角はバッチリですよ!」


 進んできた街道は一直線に続いている。

 これなら迷子になることもないだろう。

 俺とナタリーは道を外れて、草むらを進んで森の方角へを歩き始めた。


「森に一時的撤退です!」

「森から出て旅をすると言っていたのに、悪いな」

「お腹を満たすためならどんとこいですよ! さあ行きましょう!」


 ナタリーは元気に前に進んでいく。

 少し間食したとはいえ、かなり体力も回復したようで安心した。

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