第32話 成り上がり者パーティの末路(Ⅲ)

 討伐クエストが終わった後。

 デニスは、今までで一番酷く荒れていた。


「くそが、くそがっ! うがあああっ……!」


 Bランクパーティ・・・・・・・・『赤蛇の牙』、リーダーのデニスが宿の食事処で叫び散らしている。

 ここも普段は活気だつ場所だ。

 しかし、周囲に人は皆無だった 店員さえ怯えて、料理をおいた後は逃げるように去っていく始末だ。


「…………」

「…………」


 アリアネとペーターは消沈していた。

 重い空気は、耐えがたいものだった。

 怪我を負ってこの場にいないマティアスと、その治療にあたっているリザを羨ましく思った。


「俺様のパーティがBランクに降格だと!?」


 屈辱と怒りで、デニスは自分の頭を掻き毟る。


「ギルドの連中は、一体何を考えていやがるんだ……ッ!」


 もう何度も叫んだその事実を、いまだに受け入れることができずにいた。

 ギルドカードに記された『赤蛇の牙』は、間違いなくBランクと記されていた。

 現実は、どうしたって変わらない。


「見る目がなかっただけだよ。あたしたちなら、すぐにランクも戻せるさ」

「え、ええ……今回は加勢できず、大変申し訳ありませんでした」


 アリアネは苦い声で擁護し、ペーターは深く頭を下げて謝罪した

 デニスはペーターを睨む。

 だが今回、彼に別行動を指示したのは自分だったので、何も言えなかった。


「領主の依頼も流れてしまったし……デニス。あたしたち、これからどうする?」

「ッ……」


 歯噛みが強すぎて、口の端から血が溢れた。


 アリアネの言葉通り。

 せっかく請けられた領主の依頼は逃してしまった。Bランク降格と、マティアスの負傷がたたったのだ。

 前金は全て自分たちのものになった。

 だが、栄光への道筋を逃した事実はあまりにも重い。


(なぜだ。なぜ俺様が、こんな目に遭わなきゃならないんだ)


 料理を口にする気にもなれず、ひたすら砕かんばかりの力で拳を握りしめる。

 思い出すのは自分自身の失態。

 そして疫病神ハラルドが見せた最後の姿だ。


「なぜ奴に倒せた魔物が、俺に倒せなかった……!」

「トロールのことですか……彼に魔力を吸われていたことに関係しているのではありませんか」


 ペーターの言葉に、デニスはぴくりと反応する。


「彼が魔力を吸っていたせいで、本来の実力を出せなかった……とか」


 ペーターは適当に言っただけだった。

 だが、デニスは都合のいい言葉を信じる。

 確かにそれなら全てが繋がる。

 自分はAランクの実力があった・・・はずなのだ。それなのにあんな失態を晒すということが、そもそもおかしなことだ。


「そうか……! くそ、くそっ! 俺様は奴に魔力を奪われていたせいでこんな目に遭っていたのか……!!」

「あ、ああ……そうかもしれないわね」


 詭弁だと理解しているアリアネは若干目を逸らしたが、わざとらしく同意した。

 ペーターも自分から矛先が外れたことに安堵する。



 そして、そんな時だった。

 デニス達の宿泊する高級宿に、空気を読まずに数人の男が踏み入ってくる。

 デニス達全員がその方を見た。


「リザ。そっちは、教会の……?」

「…………」


 見慣れない人間を連れてきたのは、仲間の僧侶リザだ。

 彼女は相変わらず言葉を交わさない。

 しかし白い服を着た老人達は特徴的な雰囲気で、コルマールの教会に勤めている人間だとすぐにわかった。


「…………」

「これは、一体……?」


 デニスとペーターも彼らを不審そうに見つめる。


「私はコルマールの聖協会の者です。いつもリザがいつも世話になっておりました」


 リザは彼らに隠されるように、代表の老人が前に立ってデニスに挨拶した。


「ああ。一体何の用だ」

「今日は重要な話をしなければならないゆえ、責任者である私が参りました」


 この瞬間。

 嫌な雰囲気を三人全員が感じ取った。

 リザは相変わらず無表情だったが、教会の人間達は僅かに表情を固くする。

 少し躊躇いながら、口にした。


「大変心苦しいのですが、リザは別の街に転属しなければならなくなりました。今日限りで、パーティを抜けさせていただくことになります」

「はぁ!? 何だと!」


 怒ったデニスが机を激しく叩く。


「で、デニス! 落ち着いて!」


 アリアネが慌ててなだめたが、会話を続ける老人は動揺していなかった。


「内部のことですので理由などの詳細はお伝えできません。どうかご理解ください」

「ふざけるな! おい! これは、どういうことだ!」

「デニス、落ち着きな! ……でも確かに。ちょっと突然すぎやしないかしら」

「心中お察しいたしますが、ご理解ください」


 彼の言葉にはとりつくしまもなかった。

 だがリザは、もともとそういった約束での加入だったため文句を言えない。

 アリアネは、猛り狂うリーダーを抑えながら尋ねる。


「うちの重戦士の治療はどうなるのさ」

「そちらのパーティのマティアス様の治療は、教会のほうで無償で引き継ぎます」

「…………」

「では失礼いたします。何かあれば、教会までお越しください」


 老人と筆頭にして、白い服を纏った教会の人間は、頭を下げて去っていく。


「お世話になりました……」


 リザも軽く頭を下げて、感慨もなく去っていった。

 残ったアリアネとペーターの表情は暗い。

 デニスは怒りを通り越し、机に顔を伏せて怒りで震えていた。


「……このパーティも、ここまでね」

「ッ、アリアネ!? 待て!」


 立ち上がったアリアネは背を向けてテーブルから立ち去ってゆく。

 その後を、慌てて追いかけてるのはリーダーのデニスだ。

 テーブルに残ったのは、優秀なパーティに加入できたと喜んでいた、新人のペーターのみだ。


「デニス。あんたはもう、わたしについてこないで」

「待て、おいっ! どこにいくつもりだ!」

「別のBランクのパーティからお呼びがかかっているのよ。このパーティも、あなたももう終わり。これからは他のメンバーと頑張ってちょうだい」

「恩を忘れたのか!?」

「ええ、さようなら」


 デニスは食い下がったが、もう聞く耳は持っていない。



 ――因果応報という言葉がある。


 ギルド構成員は皆、『疫病神』を見下すことに快感を覚えていた。

 見下す対象が、彼を最も見下していた男に変わっただけで、ギルドの風土はまったく変わることがなかった。


 栄華を誇ったAランクパーティは貴重な仲間を失って崩壊した。







 これは、宿の外に出たあとの話だ。

 錫杖を抱えるリザに、白服の老人は厳しい口調であたる。


「リザ、なぜこんな事態になったのですか」

「申し訳ありません、神父様」


 青髪のリザは変わらず無表情だったが、本当にすまなそうに深々と頭を下げた。


「これから拠点に戻りますが、役割は分かっていますね」

「……はい」

「できるだけ急いで次の街に向かいなさい」


 白い服の集団は教会の前の馬車に、次々と乗り込んでいく。

 彼らはもともとコルマールの人間でない。

 胸に刻まれた『聖教会本部』の天使の印が、余所者であることを証明していた。


「…………」


 馬車に乗り込む前。

 リザは老人から手渡された羊皮紙を見た。

 聖教会の印が記された書類。

 そこに、『重要監視対象 ハラルド・マールム』と名前が記されていた。

 

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