パーティを追放された俺は、里を追われた行き倒れエルフと長年の夢を叶えます! 〜魔法も弓も使えない最弱で最高の相棒と、俺の【代行魔術】のスキルで、最悪の人生が覆りました〜
第29話 ハラルドとナタリーと酒宴の終わり
第29話 ハラルドとナタリーと酒宴の終わり
村長の元を離れて、様子を見にナタリーの方に移動する。
「えへへ。もうたべられませんです」
気持ちよさそうにひっくり返っていた。
幸せそうな情けない顔で、手足を投げ出して、お腹も丸出し。足は大開きのあられもない姿で無防備に寝転がっている。
「食べ過ぎだよ……」
街で見かけたら十人中十二人は振り向くような美少女なのに、色気も何もない。
間抜けな行き倒れエルフを雑に小突いた。
「あいたっ」
「ほら、水置いとくぞ。足は閉じろ」
水のたっぷり入ったコップを差し出すと、ゆっくり起き上がって一気飲み。
ぷはぁと気持ちよさそうな息を吐いた。
「あれだけ食って、腹壊さないのか?」
「まだまだ食べますよ!」
「……やめてくれ。村が潰れる」
村の備蓄を心配しながら、大きく息をついて隣に座った。
祭りを見ると終盤に近づいていた。
残っているほとんどの村人は酔っ払い。子供や女性はすでにテントの中に戻っている。
「聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「何でも聞いてください!」
酒宴の席の片隅にいる俺の声は、ナタリーにしか届かない。
「森の異変について、エルフとして知っていることがあれば教えて欲しいんだ」
慎重に尋ねると、目を丸くしてうなった。
「異変ですか……ううむ」
「実は今日戦ったトロールと、昨日倒した虫の魔物から同じ魔力を感じてな。何か心当たりがあればと思ったんだが……」
「分かりません。みんな里のそばにはいない魔物さんでしたから」
腕を組んでから、ナタリーは申し訳なさそうに首を横に振った。
……本当に何も知らないという風に見える。
俺は、スキル『代行魔術』の効果で、他人の魔力に触れる機会が多かった。
それゆえに、敏感に魔力の質を感じ取ることができる。
異種族の魔力は、水と油ほどに違う。
だからすぐに見分けることができる。
一方で同種族の魔力は、違いを捉えるのは難しい。
俺が感じ取れるのはそんな曖昧な感覚だ。
しかし、引っかかった。
(違う種類の魔物から、まったく同じ魔力を感じるなんて妙だ)
戦いの最中で感じたトロールの魔力。
あれは昨日に倒した虫の魔物とほとんど同じ感じだった。
そんなことは、普通はありえない。
狐族の言う『神』だとは思わないが、何者かの意思を感じずにはいられない。
(それに。何となくナタリーの魔力に似ている気がしたんだよな……)
俺はナタリーをじっと見つめた。
もう何度も彼女から魔力を譲り受けている。
魔物と、エルフの少女。
その
「大丈夫ですか?」
ナタリーに心配されて、はっと顔をあげた。
「ああ。何でもない。考えことをしていただけだ」
誤魔化しながら、彼女に見えないように表情を険しくした。
さすがに、なにかの間違いだろう。
……俺の曖昧な感覚で、エルフである
不吉な予想がいくつか頭をよぎったが、その推察は心の中でとどめた。
「狐族の話していた『森神様』については、何か知っているか?」
次の質問にナタリーは腕を組んで目をつむり、可愛らしく、うなった。
「エルフ族は違う神様を信仰しています。だから分からないのですよ」
「そうなのか。ちなみにどんな神なんだ?」
「みんなが崇めてるのは、精霊王様ですね」
「……神様なのに王なのか?」
「はい」
目をぱちぱちする。
「なんだか、ややこしいな」
「百年に一度、エルフの巫女さんに信託をくれるんです。わたしは祈りを捧げさせてもらえなかったので、お会いしたことはありませんが」
ナタリーは寂しそうな表情で語った。
この件も過去に嫌なことがあったのだろう。
特別な人間しか祈りを捧げることができないというのは珍しく、気になったが、これ以上深く聞くのはよくないだろうと、話題を変えた。
「人間族も、職業や地域ごとに色々な神を崇めているからな。そういうのがいてもおかしくないか」
「人間さんは、たくさんの神様がいるんですか!?」
「ああ。他種族は変だと思うんだろう?」
「むむむっ……一日にお祈りするのが、とても大変そうなのですよ」
ナタリーは指折りで計算を始めた。
おそらく両手でも足りない数の神がいる。
全部に祈っていたら、朝からやっても日が暮れるだろうな。
「あの、ハラルドさん」
「どうした?」
いつの間にかナタリーは、わざわざ向き直るように座り直していた。
綺麗に整った顔の半分が、焚き火のあかりで、赤く照らし出されている。
「今回は、ありがとうございました」
急に頭を下げた仲間に、俺は首を傾げた。
「どうしてお前が、俺に礼を言うんだ?」
「依頼を受けて欲しいっていうお願いを、聞いていただいたからです」
そう言われて、ふと朝の出来事を思い出した。
俺は最初、エレンの依頼を受ける気はなかった。
ナタリーが強く押したことが受注の決め手になったのだが、俺は手を横に振った。
「報酬が金貨十枚だって知っていたら、ナタリーに頼まれていなくても受けてたよ」
「それでもですよ」
ナタリーは、終わりかけている狐族の宴を見つめる。
調子に乗った若者が酔い潰れてるのを、年長者が介抱しているところだった。
その光景をじっと見つめている。
「エルフ族は、森に住んでいる民を大切にする種族なんです」
さっきまでの幼い雰囲気を潜めていた。
少し緩んだ瞳は慈愛に満ちている。
本当に嬉しそうに、森に住む者達を見ていた。
「何もできなくて追放された身ですが、最後に森の役に立てたことは嬉しかったです」
「…………そうか」
「だから、お願いを聞いていただいてありがとう、なのですよ」
それを聞いた俺は、うつむく。
焚き火を見つめながら尋ねた。
「なあ、ナタリー」
「何でしょうか、ハラルドさん」
「ゴブリン族と真っ向から戦った時は、怖かっただろう」
「みっともない姿を、いっぱい見られてしまいましたね……えへへ。へっぽこエルフでごめんなさい」
照れ臭そうに頬を赤らめる彼女を見ずに、言う。
「冒険に出ると、きっと、ああいう大変なことが沢山ある」
ナタリーはゆっくりと笑うのを止めた。
俺はやっぱり彼女の方を見ないまま、言葉をつなぐ。
「お前にとって、俺についてくるよりも、森に残った方が幸せなんじゃないのか?」
「…………」
しばらく俺たちの間に静寂が流れた。
大笑いする酔っぱらいの狐族の笑い声と、風になびく森の音が聞こえてくる。
やがてナタリーは言う。
「仲間は苦労も成功も、一緒に分かち合うんですよね」
顔を上げた。
ナタリーは顔を赤くしながら笑っている。
生まれてから見てきたどんな女性よりも魅力的な、心が暖かくなる笑顔だ。
「わたしの気持ちは変わりません」
表情に迷っている雰囲気はない。
すでに心に決めた意思があるようだ。
暗い気持ちに陥りかけていた俺は視線が吸い寄せられた。
「お役に立てたのかは分かりませんが、あなたと一緒に戦えて本当に嬉しかったんです」
「ナタリー……」
「森は大好きですが、これからはずっと夢だった『外の世界』に出られるんだって思うと、すごくワクワクするんです」
顔を伏せた俺は、一体何を心配していたんだと自嘲した。
「わたしは、ハラルドさんの教えてくれた『冒険者の仲間』になりたいです」
「……お前は、そう思ってくれるんだな」
「はい!」
一転して、俺は口の端から笑みをこぼしてしまう。
「そうだな。お前が喜ぶのを見て、俺も嬉しかったよ」
「わたしとハラルドさんは、ちゃんと仲間ですね!」
「ああ、お前の言う通りだ」
俺はナタリーの言葉をむず痒く思いながら、幼い頃を思い出していた。
(ずっと冒険者の仲間が欲しかったんだ)
同じ志を持った信頼できる仲間。
物語か妄想の中にしか出てこなかった冒険者の『仲間』が、確かに隣にいる。
「ハラルドさんの『仲間』になれて、よかったです」
「俺も、ナタリーと仲間になれて、よかったと思っているよ」
ナタリーは仲間だ。
それを思うと、村長と一緒に酒を入れていた時よりも胸が熱くなった。
「魔力くらいしかお役に立てていませんが、これからも一緒にいてくれますか?」
ようやく呪縛から解き放たれる。
夢だった冒険に出られる。
見捨てられたエルフの少女となら、どこへでも行ける気がする。
他人の物語でしか知ることがなかった世界。
これからは自分自身の目と肌で、感じることができるのだ。
「ああ、もちろん」
改めて誓いを立てるために頷き、握手を求めて手を伸ばした。
だがナタリーはそれに応じない。
「ではさっそく、口付けを交わしましょう!」
かわりに、ころっと嬉しそうに言った。
「は?」
ふわふわと緩んでいた気持ちが、突然、現実に引き戻された。
今なんて?
「ん……どうぞ」
……聞き返すまもなかった。
ナタリーは目をつむって顔を上げて、俺に唇を突き出している。
おかしい、おかしい。どうして?
キスを、求められている。
「あの。ナタリー。それは一体……?」
ナタリーは、それでやっと思い出したように息をこぼした。
何かを勘違いしているに違いない。
「これは失礼しました!」
「あ、ああ。何かの間違いだよな?」
「エルフ族はですね、仲を深めるために、親しい間柄になった相手同士で、口づけを交わすのです!」
「ええ……」
またも常識差に困惑した。
水浴びの件といい、エルフ族は一体どうなっているんだと深く頭を抑えた。
男の汚い欲望に対して、何の抵抗力も持たないナタリーは俺を心配そうに見つめる。
「あ、あの。もしかして人間さんはしないんですか?」
「しない……わけ、ではないが。普通では、ないというか……」
いやだが。
確かに仲も深まるではないのか、と。
火照ったエルフの美少女に上目遣いで見つめら、キスをねだられた結果。
つい欲に流されてしまいそうになる。
……いやいや、やっぱりダメだ。
「嫌でなければ、どうでしょうか」
断るべきだと心を決めかけた矢先。
可愛らしいおねだりで脳が破壊された。
そして同時に閃いてしまう。
俺がエルフの流儀に合わせて、口付けしてもいいんじゃないのか。
天才か。
ナタリーはエルフで、俺は人間。
だが無理に全てを人間の流儀に合わせさせる必要はない。
俺が合わせてはいけない理屈はない。
(親愛の証を欲しがるのなら、それを果たすのも仲間の務め……!)
違う。
どう考えてもとち狂って欲が先行しているだけである。
しかし親愛のキスというのは親しい人間族同士ならばやらないわけではない。
俺は、決意した。
少女の細い指先に、ゆっくりと自分の指を絡める。
「……っ」
ナタリーは急にそばに顔を近づけてきた俺を、少し驚いたように見た。
星のように煌めく無邪気なエルフの緑色の瞳がトロンと蕩ける。
「いいのか」
「はい……」
俺は破裂するほど心臓を鳴らした。
人生最大の幸運に感謝した。
喉をつまらせて唾を飲んでから、顔を迫らせる。
二人は目を瞑った。
相手の吐息だけが、聞こえる。
周囲から聞こえているはずの音が、消えていく。
「村長っ!! 森のほうに、人間族が迫っています!!!」
ナタリーと、唇が触れ合うことはなかった。
祭りの合間に響いた金切り声。
楽しかった酒宴の場に冷や水を打つ。
「な、何事ですかっ!?」
はっと我に帰ったナタリーが、周囲を見回して走り去っていく。
同時に口づけを逃した俺は、茫然とした状態から帰ってこられなくなる。
「は……?」
訳がわからなくなってしまい、力が抜けてその場に座り込んだ。
だが、そうしている間にも森の中に一つ、二つと。点のようだった明かりの数が徐々に増えていく。
間の抜けた俺に対して、酔っ払っていたはずの狐族の動きは迅速だった。
「全員早急に集まるんだ! 男衆は、村の女性や子供を起こしてこい!」
同族の女性に囲まれながら、楽しそうに酒を嗜んでいたジェム。
すでに村を守る為政者としての表情に戻っていた。
その指示に全員が慌てた様子で返事をかえしながら、急遽用意を整えた。
しばらくして、森から人影が姿を現した。
「あれは……」
松明の明かりの先頭に立っていた人間を見てジェム達は警戒した。
俺も立ち上がって、ふらふらと様子を確認しに行った。
(あれは……ッ!!)
彼らを知っている、ギルドの構成員達だ。
それを確認した瞬間、俺は何てことをしてくれたんだと思った。
奴らを、今まででこれほど憎いと思ったことはない。
杖を持っていたら破壊してしまいそうなほどに、俺は拳を強く握りしめた。
「狐族の村に何用ですかな、人間族の方々よ」
ジェムの問いかけで、人間の女性が狐族の集団の前に立った。
「夜分遅く失礼します。私、コルマールのギルド代表として参りました」
それは俺の主張をまったく聞かないまま追放した、ギルドの受付嬢だった。
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