第28話 ハラルドと酒宴と神様


「今日は祭りだ!!」


 平穏が戻った村に無数のかがり火が焚かれ、宴が開かれていた。


 森で採れる食材を使った料理が広げられていた。

 どれも美味しく、何とも言えない自由な踊りが目の前で繰り広げられている。

 脅威を退けた俺とナタリーを、村人達が総出で歓待してくれていた。


「あんな巨体の魔物を倒してしまわれるなんて、愕きました」


 俺は、村長・ジェムの隣に座り、さかずきを交わしていた。


「ハラルド様は本当に素晴らしい魔法を使われるのですな」

「はは……ありがとうございます」


 照れ臭くなりながら、注がれた酒を唇に傾ける。

 胃の中が焼けるように熱くなった。

 だが、心地いい熱さだ。唇から杯を離す頃には、いつにないほど気分が上向いていた。


「いい酒ですね」

「村にある、最高のものを用意させました。何せ今日は最高の日ですから」


 村長もホクホク顔だ。

 そんな彼の手元には、魔法で作られた契約書が置かれていた。


「オークやトロールの素材まで頂いてもよかったのですか?」

「魔石さえもらえれば構いません。あの山を俺たちが貰っても、運びきれずに腐らせるだけですから」


 つまみで出された山菜の漬物に手を伸ばしながら、軽く答えた。


 村の片隅に視線を向ける。

 商品価値のある牙や睾丸こうがん、肉が積み上げられている。それらは契約書によって狐族に譲渡した魔物の素材だ。

 一方で俺とナタリーが受け取った報酬『魔石』は、鞄いっぱいに詰まっている。


「本当に構いません。運が良かったと思っておいてください」

「ですがこれでは、依頼した額よりもずっと多い金額が手に入ってしまいます」

「この祝宴に使った費用に充ててください」


 俺は視線を横に逸らす。

 ジェムもその方向に視線を向けて、察して苦く笑う。


「おいしいです。しあわせですぅ」


 一人でテーブルにつくナタリー。

 そのテーブルに、次から次へと運ばれてくる。

 魚料理や果実を、美味しそうに頬張っているところだった。

 狐族も唖然と様子を見ていた。


「すげえ。あのお嬢さん、どんどん飯を吸い込んでるぞ」

「どれだけ食うんだ……?」


 谷底に投げ捨てるのと変わらない速度で量が減っていく。

 貴重な食料が湯水のように消えていく。

 そんな現場に、ジェムも苦笑うことしかできないようだ。


「よく食べるお嬢さんですね」

「……そういうわけなので。かわりに今日は食べ放題にしてやってください」

「はははっ、そういうことなら分かりました。構いませんとも」


 ジェムは大笑い、他の狐族も大笑い。

 俺は苦笑いだ。


 まあ良い見世物になっていて祭りを盛り上げているので、いいか。

 俺はしばらく放っておくことにした。

 渡した素材は、十分な食費になるだろう。


(それにしても巨大な昆虫の魔物に、トロールの襲撃……たまらないな)


 酒に口をつけながら、ぼんやりとした心地で考える。

 昨日からたったの一日しか経っていないのに、色々なことがあって疲れた。


「ふぅ……ん?」


 息をつくと、隣から杯に酒が注がれる。


「次のお酒をお持ちしました」

「ん? ああ、エレンか。ありがとう」


 酒瓶を手に近づいてきたのは、俺に依頼を持ってきた狐耳の少女エレンだ。

 耳をひょこひょこと動かしながら、可愛らしく頭を下げた。


「ハラルドさん。今回は、本当にありがとうございました」

「気にしないでくれ。ちゃんと報酬は受け取ったんだ。約束を果たしただけだ」

「いえ。あなたは狐族の大恩人です」


 本当に大したことはしていない……というのは、謙遜しすぎだろう。

 ナタリーの魔力とはいえ、強力な魔物を倒したのは事実だしな。


「あなたのような、素晴らしい人格者の方と知り合えて幸運でした」

「私からも、いまいちど礼を言わせてください」

「勘弁してください。俺はただ依頼を受けて、仲間と一緒に戦っただけですよ」


 感謝を受けながら、俺は話題をそらすために明後日の方向を見る。

 そこで一つ、あることを思い出した。


「あー……それなら、話ついでに一つ。お二人に聴きたいことがあるんですが」

「何でしょうか?」

「最近、森の様子がおかしいと聞きました。そのことについて何かご存知ではないですか」


 二人揃って見つめられる。

 ジェムは少し考えた後に、頷いた。


「……ええ。我々や、交流のある他の種族も含めて、皆が感じています」


 暗闇の森に、パチパチと篝火が弾ける音が響く。

 急に祭りの歓声が遥か遠くに聞こえた。ジェムは酒杯の水面を、真剣なまなざしで見つめている。


「その様子だと、何かを知っているんですね」

「ええ。おそらくは森神様が、怒っているのでしょう」


 村長ジェムが口にしたのは、全く知らない名前だった。


「狐族の信仰する神ですか?」

「ええ。我々がそうお呼びさせて頂いております、森をお守りくださる神様です」

「その神様が怒ったせいで、森が荒れたと?」

「……人族の方からすれば奇妙に聞こえるでしょうが、森の民のほとんどがそう考えています」


 どうやら本気でそう思っている様子だ。


 神が怒ったから異変が起きたのだ……と言われても、俺にはぴんとこない。

 だが、ごくりと唾をのんだ。

 彼の真に迫る雰囲気に、背筋に冷たいものが走ったのだ。


「森神様は我々を見守ってくださっております。これからは、どうにかして怒りを鎮めていただかなくてはなりません」

「そうですか……」


 俺は特に反論することも、深く尋ねることもなく閉口して考え込む。


(竜神の森の守り神……か。そんな存在もいるんだな)


 コルマールの街でも、教会で祀られている神々に祈りを捧げる。

 それと同じように、この森に住む獣人も別な神を崇めているのだろう。


 原因については判断がつかなかった。

 話を切り上げて、俺は少し無理やり笑顔を浮かべてみせる。


「ありがとうございます。せっかくの祭りなのに、暗い話をさせてしまいましたね」

「いえいえ。遠慮せずに何でも聞いてください……ああ、エレン。次の酒をお注ぎして差し上げなさい」

「はいっ。ハラルドさん、お酒強いんですね!」


 ほろ酔いの状態で、新たに注がれた酒に口をつけた。

 所詮は一介の人間でしかない俺が気にしすぎても仕方ないと、頭の片隅に追いやった。

 楽しげな狐族の祝宴を眺めつつ、初クエストの成功を噛み締めた。

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