第27話 ハラルドとナタリーはゴブリン族の巨人に立ち向かう

 青筋を立てたトロールが、棍棒を引きずりながら緩慢な動きで地面を踏み鳴らす。

 先行するように、生き残ったゴブリンの軍隊が駆けてくる。


 残ったのはトロール周囲の奴らだけだ。

 しかし、それを見たナタリーが袖を引っ張りながら涙目で訴えてきた。


「は、はやくっ、倒してください! ゴブリンはもういやです!」

「分かっている。中級魔法を使うから、息を合わせてくれ……!」


 半泣きのナタリーをなだめながら敵を見据える。

 杖に両手を重ねて魔法を発動させた。


「『サンド・ストーム』ッ!」


 杖先の魔法陣から魔力が放出された。

 静かな森の水辺に、砂漠に巻き起こるような砂の竜巻が巻き起こる。


『ギィィッ!?』

『グォォッ……』


 局地的な砂嵐は、ゴブリン軍勢の視界を奪い去った。

 トロールはびくともしなかったが、腕で顔を覆いつつ足を止めている。

 だがゴブリンはあっけなく上空へと吹き飛ばされ、オークでさえ棍棒を放り捨てて苦しそうに呻いた。


「まだ、次の魔法いくぞ!」

「はいっ!」


 俺は怯んだ一瞬の隙を見逃さなかった。

 ナタリーから再び受け取った膨大な魔力を、魔法に形成させる。


「『グランド・ニードル』!!」

『グァォオオオッ……!』


 オーク達の立つ地面の下から、地下を這うように土の槍が無数に突出した。

 次々に生え出るそれらに、動けなかったゴブリンはなすすべなく貫かれ、倒れていく。

 軍勢は、みるみる減っていった。


「すごいですっ。こんなに一瞬で……」

「いや、ダメだ」


 俺は、やはりダメだと舌を打った。

 肝心のトロールに放たれた土の槍は、肉に深く突き刺さった。

 動じた様子もなく、棘を手で掴み取る。

 青色の肌の豪腕に血管が浮き上がると同時に粉々に粉砕された。


 ……あの魔法を、強引に破壊するか。

 あの馬鹿力と、再生力の前に中級魔法は通用しないようだ。

 手の中からぱらぱらと土の破片が散るのを見て、ナタリーから再び血の気が引いた。


「まずいです。魔物の巨人さん、すごく怒っているのです……」


 配下を全滅させられた王。

 今も息を荒げて、激怒しながら俺たちを睨んでいた。


 あの馬鹿力で攻撃される前に、倒さなければならない。そうでなければ死ぬ。

 ――だが、負ける気がしなかった。


「勝つぞ、ナタリー。練習した通りに頼む」

「……! はい、ですっ!」


 ナタリーは驚いた様子だったが、必死に俺の腕を両手で握ってくれた。


 俺は、勝てる。

 ギルドにいた頃のように上から指図してくるメンバーも、高圧的に文句をつけてくる相方もいない。

 心置きなく全力を出すことができる。


「我望む――」


 ナタリーと重ねた手から、地面へと魔力が伝っていく。

 杖を真っ直ぐにトロールを向ける。

 足元に仕掛けた魔法陣を起動させた。


「「我が敵を、堅牢にして貪欲なる茨の花園に封じよ」」


 地面の広範囲に、輪状の幾何学模様が浮かび上がる。

 囲まれたトロールは困惑した。


『グォォ、ォ?』


 ナタリーの持つ魔力が無尽蔵に注がれて、比例して輝きが強くなる。

 顔を紅色に染めたトロールは、振り上げた棍棒を魔法陣へと振り下ろした。

 轟音が鳴った。

 だが、幾何学模様には傷一つつかない。


『グォッ!?』


 悪いが、そんな力押しで魔法陣を破壊することはできない。

 俺は自らの知識から上級魔法を構成する。

 そして、ナタリーとともに発動した。


「つ、土系統上級魔法!」

「『緑の磔刑プラント・トーチャー』ッ!」


 二人で重ねた手から波紋のように緑の魔力が広がる。


 上級魔法が完成した。

 トロールの足元で輝いた魔法陣が、実体を形成する。

 無数の緑色のツタが天に向かって伸びて、その巨体に絡みつく。

 地面から何本も生えてくるのは茨だ。

 全てのトゲが肉に深々と食い込んだ。


『ウォォォ!! グゥッ、グッ……オオゥ』


 トロールでもたまらない攻撃だ。

 棍棒を手放し、体を巻くように絡めとってくるそれを、全力で引きちぎろうとする。

 だが一本を千切っても新たに十本が生えて、複雑に絡まっていった。


『グォ、グォォッ!?』


 さらに、緑色に輝いたそれらがドクドクと脈打った。

 トロールの重い悲鳴が森を揺らした。


「その茨は、相手の体力を吸い尽くすまで離れない」


 生命力を吸ったツタは太く、より強靭に強化される。

 いくら回復力が高くても関係ない。

 全体が徐々に成長して、すぐに樹木のように変わり果て、トロールの肉体を完全に覆い隠してしまった。

 ナタリーは腕にしがみついたまま、そのさまを茫然と見ていた。


「すごいです……」

「いくらトロールでも、これは耐えられないだろう」


 しばらく待って、手を降ろした。

 杖に魔力を注ぐのをやめると、徐々に茨が枯れて茶色に変色する。

 魔法陣が消失すると同時に蔦も消えた。

 トロールの巨体が前に倒れて、地面にズンと重い音を鳴らした。


 枯れたツタの茶色の光が、光になって空に還っていく。

 残されたのトロールの体は異常だ。

 デニスの攻撃を一切受け付けなかった肌は、ボロボロにしなびていた。

 ピクリとも動かない。

 数秒、静寂に包まれる。


「や、やった」


 森の中の誰かが叫んだ。


「やったんだ! すごいッ! トロールを倒したぞっ!」

「俺たちの村は助かったんだ!」


 夜の森がいっせいに盛り上がった。

 残党のゴブリン族を討伐していた狐族が、いっせいに喜びの声をあげたのだ。


 敵はすでにいない。

 彼らは興奮しながら手を握り合っていた。






「どうしたんですか……?」


 そんな光景の中で俺は、喜ぶでもなく唖然と立ち尽くしていた。

 その様子を不安に思ったナタリーが尋ねてくる。


「俺たちは本当に、あんな強力な魔物を倒せたのか」

「はい。ハラルドさんは凄いです」


 ナタリーは手放しに俺を褒めた。

 だが信じられなかった。


「俺が、Aランクの魔物を……!」


 強力な魔物の討伐を、自分の意思で成し遂げたのは、これが初めてだった。


(やっと夢を追いかけられる)


 魔法を使った自分の手を見つめる。

 誰にも縛られずに自由に生きる。

 闇に包まれて存在しないとさえ思えていた道筋が、ようやく見えた。


「ナタリー」

「何ですか?」


 首を傾げる少女の前に、手をあげる。

 当然、嬉しい現実を確かめ合うために。


「俺たちの勝ちだ」

「はいっ! やりましたのです!」


 ぱん、と。

 ナタリーと正面から手を叩き合わせて、一緒に喜んだ。

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