第13話 ハラルドは脅迫を受け流す

「…………」

「…………」


 何も包み隠さないナタリーの真っ直ぐな言葉で、場の空気が死んだ。

 デニスが唖然と言葉を失っているのを見て、ナタリーはさらに言う。


「あの、そういうわけなので。人を馬鹿にする悪い方の誘いは受けたくありません。お断りさせていただきます」

「クソ女ッ……!」


 面子を潰されたデニスが拳を振り上げた。

 それを見たアリアネがわれにかえり、凶行に走るデニスを必死に静止した。


「離せ! 疫病神に騙される女ごときが、調子に乗りやがって!」

「や、やめなデニス! ハラルドならともかく、ギルド外の人間はまずいって!」


 元ギルドメンバーの俺ならばいい。

 だが街の外から来た人間に手をあげたとなれば、問題になりかねない。

 アリアネの言葉を聞いて、息を荒げながら冷静になったデニスは、震えながら拳を抑える。


「おいハラルド。このクソ女の無礼、お前が代わりに靴を舐めて俺様に詫びやがれ」

「は? 嫌に決まってるだろう」


 今度は俺の方を睨みつけて脅迫してきたが、即答で断った。

 デニスは怒り狂いながら唾を飛ばしてくる。


「パーティメンバーだって言ったよなあ! 責任をとるのはお前だろうが! 俺を誰だと思っているんだ、Aランクパーティのリーダーだぞ!」


 怒り狂いながら唾を飛ばしたが、まったく脅威には感じなかった。

 呆れ果てながら、淡々と言葉を返す。


「先に許可も取らず、他人のパーティメンバーに勧誘をかけてきたのはそっちの方だろう。謝罪を受けるのは俺のほうだ」

「っ……逆らうつもりか。百金貨の借金を忘れたわけじゃないだろうな!」


 デニスは荒々しく机を両手で叩きつける。

 苛立ちの強さを表すように、ナタリーの積み上げた皿が大きく飛び上がった。


「今すぐに土下座して謝罪しろ!」

「そんなことがよく言えたな。謝る義務はないし、お前にした借金でもないだろう」


 追放するだけでは飽き足らず、信頼さえ裏切った相手にハッキリと言い返した。


 俺も馬鹿じゃない。

 理不尽な借金がいくらあろうとも、ギルドに再登録できない以外の不都合はない。

 つまりギルドに戻らないと決めた今ならば、まったく何も問題もないのだ。


「俺の前から消えてくれ」

「ぐぅぅっ、この疫病神野郎……! 後悔するなよ……」


 デニスは拳を握りしめた。

 青筋を立て、今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。普段ならそうなっていたかもしれない。

 だが、そうはならなかった。


「デニスさん。耳を……」

「ああ!?」


 側にいた魔法使いのペーターが、何かを耳打ちする。

 するとデニスの表情は変わる。

 一転して勝ち誇ったように顔を歪めた。


「ああ、そうだな。言い忘れていたよ、ハラルド」

「……何だ」 

「俺たちはなあ、お前のいなくなった後。想像のさらに先を行ったんだぜ」


 自分自身を親指で指差しながら、煽ってくる。


「俺は領主様から正式に依頼を受けた。この意味がお前に分かるか?」


 それを聞いた周囲の客が、いっせいにざわついた。

 ナタリーは当然理解していないが、不安げにあたりを見回す。


「領主のアイン男爵がッ! Aランクパーティの俺たちに是非ってなあ!」

「…………」

「今頃は、マティアスが話をまとめに行っているところさ」

「そうか、よかったな」


 表情をしかめながら、冷たい視線でデニスを見返す。

 デニスはようやく顔を離した。


「ああ。よーく話しておいてやるよ。この街を不幸に堕とす疫病神だって伝えれば、お前も終わるだろうなあ」

「勝手にしろ」


 俺が短い言葉しか返さなかったのを、言い負かしたと勘違いしたのだろう。

 一転して優越感を振りまきながら去って行く。

 パーティメンバーの三人もあとに続いた。


「あんたがいなくなってせいせいしたわ。早く追い出されてしまいなさい」

「では失礼します、ハラルドさん」

「…………」

「あばよ。お前が街から追い出される日も近いなぁ、ハラルド!」


 無表情を貫くリザを除いた全員が笑っていた。

 しんと静まり返った食事処が戻ってくる。

 その中で、ナタリーが憤慨した。


「なんですか、あの失礼な人間さんたちは!」

「怒らなくていい。あいつらには関わるだけ無駄だ」


 俺は深く息を吐いた。

 しかし予想外に苛立っていないことを、自分自身で不思議に思った。


(あんまり腹が立たないんだよな)


 ナタリーを見て、その理由を悟った。

 さっきのやりとりに怒ってくれている。

 仲間の少女が自分のために怒ってくれていることが、とても嬉しかった。

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