第12話 ハラルドは昔のパーティに絡まれる


 服装を整えたあと、俺はナタリーを連れて街の食事処にやってきた。


 ここは老若男女に人気のある場所。

 今日も店は大盛況だ。

 だがそんな大勢のいる空間の中で、エルフのナタリーは一番目立ってしまっていた。


「おいしい、おいしいです〜〜っ」


 尖った耳を隠して、服装もまとも・・・なものを着ている。

 それでもなお目立つのは、机の上に皿を山のように積み上げているためだろう。


 はぐはぐ、もぐもぐと。

 次々に運ばれてくる料理を、次々に吸い込んでいる。

 十人中九人が振り返るような美少女の奇行に、全員の注目が集まっていた。


「あの子、一体どれだけ食べる気なんだ」

「もう十杯は超えているぞ」


 目立たないようにと気をつけていた俺も頭を抱えた。


(エルフの胃袋はどうなっているんだ……?)


 森で飢えて倒れていたので、たくさん食べたがること自体は、まあ分かる。

 だがそれにしても多すぎだ。

 腹に入らない量が詰め込まれている。

 それでいて本人は幸せそうに表情をとろけさせているので意味が分からない。


「食べたそばから魔力に変換しているのか……?」

「なんのことですか?」

「食い過ぎだろう。腹壊すぞ」

「えへへ。こんなにおいしいものは、生まれて初めてで我慢できませんでした」


 俺は財布がわりの布袋を開いて、支払えるかどうかを確認した。

 大丈夫……だと思う。

 それでも大半が出ていく計算で息を吐く。


「毎日は勘弁してくれよ。手持ちの銀貨がなくなる」

「ぎんか?」


 ナタリー首をかしげたので、魔法杖の刻印がされた銀貨を取り出して見せた。

 

「人間の街では、物々交換の代わりに、こいつで物のやりとりするんだ」

「このピカピカの石でご飯が食べられるんですか?」

「ああ。手持ちの銀貨には限りがあるからな。なくなると飯が食えなくなる」

「に、人間さんは、仲間でご飯を分けあわないのですか……」


 それを聞いたナタリーも、ことの重大さが分かったのか青ざめた。

 金が尽きたら人生も終わりだ。


「稼げば問題はない。食った分と寝床の分くらいは働いてもらうぞ」

「どうすれば、その銀色の石を手に入れられるのですか?」

「森に行くのがいいだろう。金になる素材が集まるし、お前がいれば魔物討伐もできる」

「なるほど……人間さんの世界は奥が深いです」


 エルフの里以外の常識を知らない少女は、ふんふんと頷いて学んでいる。

 

「これからも、ちょくちょく森に入ることになると思うが、構わないか?」

「お任せください!」


 どんと胸を張った。

 酷い目にあったばかりなので心配したが、大丈夫のようだ。


 ――バァンッ! と。


 突然だった。

 食事処の扉が荒っぽく開けられて、会話していた俺たちの集中が途切れた。


「何だ……?」


 俺は何事かと振り返った。

 振り返ったことを即座に後悔した。


「おい。あそこにいるのは、"疫病神"のハラルドじゃねえか」


 煽るような声は、和やかだった空気を完全に破壊した。

 俺を追放したAランクパーティのリーダー。

 双剣士のデニスと視線が合ってしまった。


 ……最悪だ。

 この場から去りたくなった。

 だが彼は俺に向かって一直線に近づいてきた。


「こんなところでお前に会うとはなあ。今頃街のボロ宿で泣いてると……」


 俺を蔑むつもりだったのだろう。

 だが、途中で言葉を止めた。同じテーブルにつくナタリーに気付いたのだ。


 首を傾げた美少女に対して、いやらしい笑みを浮かべる。

 これは、間違いなく面倒なことになった。

 表情を歪めてしまう。


「なんだなんだ。見てみろよ、ハラルドのやつ女を連れてやがる!」


 食事中の客は視線を逸らした。

 何をされるか分からない相手だ、わざわざ関わりたくないと皆が思っていた。


 かわりに、パーティメンバーは乗じて煽ってくる。


「あんた。パーティを追い出された後で女を買ったの? そんな金があるんだったら、ギルドに借金返したらどうなのよ」

「おお。真昼から女性を買うとは嘆かわしい。哀れですねえ」

「…………」


 前に出てきたのは、支援魔法使いのアリアネと、新人のペーターだ。

 ただしもう一人。

 教会から派遣されてパーティに加入している僧侶の少女、リザは完全に不干渉だった。


「なんですか、この人たちは」

「無視していい」


 ナタリーも険悪な雰囲気を察知して、むっとしながら俺に聞いてくる。

 さっさと支払いをして出て行こう。

 そう思ったが、デニスが詰め寄ってくる。


「こんなにいい女をどこで見つけてきた。買う金を隠していたのか、ええ?」

「誤解するな。ナタリーは新しいパーティメンバーだ」

「何だって? ほう……」


 俺の言葉を聞いたデニスは、今度は矛先をナタリーに変える。


「この街じゃ初めて見る顔だな。この男のパーティメンバーというのは本当か?」

「はい、仲間に入れてもらいました」

「悪いことは言わない。こいつだけはやめたほうがいいぜ」


 善人ぶった丁寧な口調で、俺から引き離そうとしてきた。


(こいつ、他人のパーティメンバーを引き抜こうと……!)


 他人のパーティから引き抜くのは、最悪の行為だ。

 怒って止めようとして気付く。

 ナタリーも、俺と同じく怒っていた。


「どうして、そんなことを言うのですか」

「おいおい親切で言っているんだぜ。この男の評判を知らないらしいからな」

「どういうつもりだ、デニス」

「決まってるだろう。お前のような疫病神には釣り合わねえからなあ」


 デニスは背中を無遠慮にばんばんと叩いてくる。

 

「知らねえようだから教えてやる。こいつは疫病神と言われててなあ、ギルドでは嫌われ者なんだよ」

「はい」

「他人の魔力を奪う汚らわしい『スキル』持ちの男なのさ。知らなかっただろう」


 どうやらデニスは徹底的に、俺を下げる腹づもりのようだ。

 ナタリーはムッとした表情のまま、黙って話を聞いている。


「だから。そんな男なんて捨てて、Aランクパーティの俺のところに……」

「いえ、知っています」


 美少女であるナタリーに手を伸ばしたデニスは動きを止める。

 はっきり断じたあと、デニスの伸ばした手を押し除けて真っ直ぐに言った。


「あなたのように人を馬鹿にするかたは、とても嫌いです」


 食事処の全員に聞こえるように、否定の言葉を返した。

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