第11話 ハラルドは行き倒れエルフの服を買う


 コルマールの町外れで営業している仕立て屋の周囲には、俺たちの他に人影はない。


「こ、この白くてモコモコした生き物は一体なんですか……?」


 その店の前で屈んだナタリーは、柵の中から顔を出している家畜と睨み合っていた。

 二本角の毛むくじゃらの生物だ。

 ナタリーを物珍しそうに見上げている。


「スノー・シープだ。平原に住む魔物の一種だよ」


 まるで雪のような毛並みを持つ家畜は、温和な性格で重宝されている魔物だ。

 こいつの毛は服になる。

 郊外に店を構えているのはこれが理由だ。

 ナタリーは指先で、頬をつついた。


「は、初めまして。ナタリーです」


 ナタリーが丁寧に挨拶をする。

 スノーシープはメェとかえす。そうっと指先を伸ばすと、ぺろりと舌で舐められた。


「うぎゃあ」


 驚いた様子で手を引っ込めた。

 自分の手を見つめて、それから興奮したように言ってくる。


「ななな、舐められました!」

「そりゃあ、手を出せばそうなるだろう」

「そういうものですか……ときに、どうして魔物が街にいるんですか!?」

「こいつの毛皮から服を作るんだよ」

「ははぁ……では、どうして木で囲われているのですか?」

「外に逃げたら大変だろう」

「人間さんと仲間なのに、逃げるんですか?」


 会話しているみたいに、もう一度メェと返事をかえす。

 もしやエルフ族は動物と会話ができるのだろうか。


「モコモコの動物さん、また触らせてください!」


 ナタリーが手を振って別れを告げると、スノーシープもメェェと鳴きかえした。

 俺はそれを見届けてから店の中に入る。

 店主は、すぐに気付いた。


「いらっしゃい……ああ、なんだ。ハラルドか」

「よう。シャーリー」


 糸つむぎの道具から視線を外して、小さな眼鏡を取る。

 三角巾をかぶった美人の女店主、シャーリー。

 俺を見た後、深くフードをかぶったローブ姿のナタリーに視線をうつして、訝しげに視線を細めた。


「その女の子は誰? どうしてあんたに縫ってあげたローブを着ているのさ」

「ナタリー。もうフードを外してもいいぞ」

「えっ。ですが……」

「この人は大丈夫だ。世話になっているところだからな」


 ナタリーは言われた通りにフードを外して、そのまま長耳を晒した。

 シャーリーは、持っていた羊毛を取り落とした。


「うそ……」


 唖然。

 人間ではない唯一無二の特徴を目にして、ようやく状況を理解したのだろう。


「まさか伝説のエルフ族?」

「ああ。森で拾ってきたんだ」

「拾ってきたって、そんなことある?」


 驚くのも無理はない。

 事情を話そうとすると、先にナタリーが叫んだ。


「あ、あのっ……!」


 シャーリーが伝説の種族である彼女を警戒して、びくりと震えた。


「弓も魔法もダメで、里から追い出されたエルフのナタリーです!」

「え……? あ、ああ。そうなの」

「はい! ハラルドさんの仲間に入れてもらうことになりました!」


 シャーリーはしばらく呆気に取られる。

 だが、やがて呆れ顔で俺を見た。


「ただでさえ色々言われてるときに、ややこしいことになってるじゃない」

「まあ、そうなるよな……」

「昨日からギルドのやつら、嬉しそうにあんたのことを言いふらしてるよ。悪口も言いたい放題」

「これ以上どうなっても、今更気にしない」

「あんたがそう言うならいいけどね」


 シャーリーは俺に同情してくれる数少ない存在だ。

 心配してくれるのは嬉しかった。


「それで。ここに来たってことは、その子の服を買いに来たってこと?」


 雑談もそこそこに、仕事の顔つきに戻る。


「街に出ても目立たない服を頼みたい。あとは耳を隠せるものも欲しい」

「うーん、エルフを見るのは初めてだからね。人間と一緒なのかな……ええっと、ナタリーちゃん。ちょっと近くまで来てくれるかな」

「はい」


 立ち上がってカウンターの奥から出てきたシャーリーは、間近で無遠慮にナタリーを見つめた。


「昔話で聞いたことはあるけど、確かに美形だ。エルフの特徴なのかな」

「あ、あの……? ふぉっ!?」


 無遠慮にローブの中に手を差し入れて、ナタリーが奇声をあげて震えた。


「に、人間さんっ!? こ、この人は、何をしているのですか……?」

「寸法を測っているんだ。服の大きさが分からないからな」

「ああごめん、言ってなかったね」


 シャーリーは顔をあげて、気づいたように手を合わせて謝罪した。


「ど、どうしてもしなければいけないですか」

「うん。サイズが分からないからね」


 ナタリーは泣きそうな顔になりながら、じっとシャーリーを見つめる。

 だが、彼女の言葉を切って捨てた。


「そういうわけだから。ついでにハラルドのローブ、邪魔だから外してもらえると助かるんだけど」

「わっ、わかりました……どうぞ」


 体を覆っていたローブを諦めたようにいそいそ脱いで、俺がそのまま受け取った。

 しばらく緊張した様子でされるがままになっていたが、やがて頷いて離れた。


「亜人族とは言うけど、体の構造は人間と変わらないね。ちょうどいい古着があるから、いい感じのを見繕ってあげるよ」

「恩に着る」

「あ、あの。いいんでしょうか……?」


 ナタリーはビクビクと尋ねる。

 シャーリーはからからと笑った。


「売る相手は選ぶけど、あたしにとっちゃ人間でもエルフでも同じ客だよ。とりあえず何着か在庫を出すから、ついてきな」

「どこに行くのですか……?」

「奥に倉庫がある。ハラルド、あんたはその辺で待ってな」

「ああ」


 シャーリーは、ナタリーの手を引いて奥に引っ込んでいった。


 ギルドは亜人族を嫌っており、街の人間も亜人族によそよそしく接する連中が多い。

 だから、何も言わずにナタリーを受け入れてくれるのはありがたい。



「ん……?」


 仕立て屋の女店主を信頼しながら待っていると、ドタバタ派手な音が聞こえてくる。


(服を着せるだけで、何をやっているんだ……?)


 奇妙な音を疑問に思ったが、そのまま待ち続けた。

 それから数十分後に二人は出てきた。


「どう。似合ってるでしょ」

「シャーリー、お前な……」


 俺は、ぼけーっとした表情で出てきたエルフの少女を見て、頭を抱える。

 確かに人間らしい服装には近づいた。


 特徴の長い耳は、不自然でないように布を巻くことで隠されていた。

 だから問題はその他。

 あまりに大胆すぎる服装だ。


「目立たない服を頼んだはずだぞ」

「うん。でも元が可愛いんだから、ちゃんと引き出してあげなきゃね」


 今のナタリーは、まるで夜の踊り子だ。

 胸だけを覆う上半身のシャツ。下半身は際どい部分だけを隠すような短いパンツと、長めのニーハイブーツを履いている。

 エルフの白い肌の露出が眩しすぎる。

 思わず顔が赤くなった。

 

「趣味を入れすぎだろう。却下――」

「いえ、これが気に入りました!」

「正気か?」


 店主の趣味の服をノリノリで受け入れて嬉しそうにするナタリー。

 即答で突っ込んでしまった。


 ただでさえ美少女なのに、こんな格好で街を歩いたら大変なことになる。


「ちゃんと普通のも持たせてあげるよ」


 シャーリーもわかっているのか、俺の反応をからかうように笑っていた。


「安心しな、この服はオマケしてあげる」

「い、いや、そういうわけにはいかない。もらった分の金は払う」

「いいのよ。趣味で作ったけど、似合う人がいなくて売れ残ってたものだし」

「だが……」


 布袋を取り出そうとしたが、シャーリーはちっちっと指を横に振った。


「服はいい相手に着てもらってこそだよ。どうせ作って放り出していたものだから、気にしなくていいよ」

「……わかった。恩に着るよ」


 頭を下げると、シャーリーも満足げに頷いた。




「ではさっそく出発しましょう!」


 裸同然の格好で、出て行こうとするナタリーの首根っこを掴む。


「街でその格好は禁止だ。早く着替えてこい」

「ううぅ……」


 ナタリーが涙目で悲しんだのを見て、これは人間の常識を教えこむ必要がありそうだと、深いため息をついた。

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