第6話 ハラルドは行き倒れエルフに提案する


 エルフの少女は本気だということは、目を見ればすぐに分かった。

 その熱意に気圧されてしまう。


「俺についてきても、いいことなんてない。やめておけ」


 だが、結局うつむいて首を横に振った。


「やっぱりだめですか……?」


 エルフの少女は、ひどく落ち込んだ表情に戻ってしまった。

 ……落ち込ませるつもりはなかったんだ。

 悲しそうな表情を浮かべっぱなしの彼女を見て、つい口が軽くなってしまう。


「俺もお前と同じなんだ」

「……?」


 話す必要なんてないのに、自ら知られたくない事情を語ってしまう。


「仲間からいらないと言われて、追放されたんだ」

「えっ」

「金もなければ仕事もない。その日を暮らすのに精一杯の人間なんだよ」


 エルフの少女は、信じがたいという表情に変わった。

 あまり自分から話したいことではなかったが、仕方があるまい。


「あなたのような、いい人間さんがどうして……」

「…………」


 今度は彼女が俺の様子を気にかける番だった。


 俺の追放には、複雑な事情がある。

 少し悩んだ。

 だがここまで話したからには、説明しなければならないだろう。


「お前は、『スキル』について知っているか?」


 エルフの少女は頷いた。


「里で生まれた同世代の子も持っていました。神様から与えられる、魔法とは違う特別な力のことですよね」

「ああ、その認識で合っている」


 スキルとは神の権能とも呼ばれ、稀に得ることのある特殊能力だ。


「だが俺の能力は微妙なんだ」


 だが、俺の中にも宿ったそれは呪いのようで、一切の恩恵をもたらさなかった。

 自分の手を見つめる。


「俺は自分自身のスキルを『代行魔術』と呼んでいる」

「だいこうまじゅつ、ですか」

「ああ。自分で魔法が使えない代わりに、直接触れた相手の魔力で魔法が使えるんだ」

「……?」


 エルフの少女は腕を組み、何も分かっていなさそうな顔で首をかしげた。


 確かに一度聞いただけでは分からないか。

 頭の上に疑問符を浮かべた相手に、さらに詳しく説明する。


「魔力は誰もが生まれ持っている。だが魔法を使うためには素質と才能が必要だ」

「……はい」


 魔法も弓も才能がないからと言われ、追放されたと語った少女は表情を暗くした。


「俺は、俺のスキルを受け入れた相手から魔力を引き出して、魔法が使えるんだ」

「えっ。そ、それは誰でも魔法が使えるということですか!?」

「いや。魔力を受け渡してもらうだけで、結局使うのは俺になるな」

「そうですか……」


 エルフの少女は、しゅんと肩を落とした。

 自分にも、魔法が使えるかもしれないと期待したのだろう。

 同じように誤解する人の反応は多く見てきたので驚かないが、申し訳なく思った。


「ですがそれが、どうして嫌われるんですか?」


 首をかしげて聞いてくる。

 確かに、今の話だけを聞けばいいこと尽くめに思えるだろう。


「……まあ、色々な理由があったよ」


 ギルドに所属した初期は地獄だった。


 スキルを持っていると伝えると、普通はとても好意的な反応を受ける。

 だが俺の場合、それはすぐに消え去った。


「魔法使いは、多くの人間にとって憧れなんだ」

「そうなんですか」

「ああ。だが実際に魔法が使える人間は、ほとんどいない。他人の魔力で魔法を使う俺を気に食わないと思う奴が多かったんだよ」


 魔法が使えるのかと褒めちぎったやつらも、一回クエストに出たあとは、殆どが暴言を吐きながら離れていった。

 

「まず他人に魔力を使われるっていうのは、気分がいいことじゃないんだ」

「……わたしにはよく分かりません」

「なら試しに、お前の魔力で魔法を使ってみせてやろうか」

「えっ本当ですか! お願いします!」


 冗談でそんな風に言うと、喜んで腕を差し出してくる。

 嫌がる様子はまったくない。

 俺はしばらく唖然としてしまうが、腕はそのまま降ろさせた。


「……冗談だよ。そんなことをする必要はない」

「えっ……そうですか、残念です」


 本気で残念がっているようだった。

 気持ち悪いとは思わないのだろうか。

 何度も言われ続けてきた罵倒とは真逆の反応に戸惑ったが、息を吐き出した。


「みんながお前みたいに、気にしないでいてくれればいいんだがな」


 ギルドのことを思い出して消沈する。


「勝手に魔力が使えるわけでもないんだが、まあ、そんな感じだよ」


 魔力の受け渡しにデメリットはない。

 相手の意思で止められるので、魔力欠乏に陥ることもない。だが結局は悪い噂が立ってしまい、底辺まで追い込まれた。


 そうしてついたあだ名が『疫病神』だ。

 魔力を吸って、他人を不幸にするからだそうだ。

 そんなことは一度もなかったはずなのに。

 言葉にできない悔しさが蘇ってくる。


「いい人と出会えなかったんですね」


 おぼろげながら事情を理解したらしい彼女も、同情気味だ。


「頑張ったんだが、結局使い捨てられた。俺が馬鹿だったんだよ」


 スキル発動時は細心の注意を払ったし、言葉を間違えないように気をつけた。

 あれだけ手を尽くしても駄目だったので、もうどうしようもない。


「悪かったな。こんな暗い話を聞かせて」


 だが目の前の少女も、きっとこれで諦めてくれるだろう。


 俺は、疫病神と呼ばれているのだ。

 これだけ多くの人間から嫌われる理由を抱えている。同情してくれても、パーティを組んでくれることはありえない。


「そういうわけだから、他の誰かと――」

「そういうことなら、やっぱり試してみてくれませんか!」


 エルフの少女は真っ直ぐ手を差し伸べてくる。

 ……まさか、まだ俺とパーティを組みたいと言っているのか?


「どういう意味だ?」

「魔法の才能はありませんが、魔力なら持っているかもしれません! さあどうぞ!」

「話、聞いていたか? 俺のスキルは、お前の魔力を使うんだぞ」

「もちろん聞いていました」

「気持ち悪いとか思わないのか」

「ぜんぜん思いません」


 俺が出会ってきた、人間の感性じゃない。

 金髪のエルフの少女は、可愛らしくころっと笑うばかりだ。


「どうしてそこまで、俺の仲間なんかになりたがるんだ……?」


 常識とかけ離れた目の前の相手に、余計なことを尋ねてしまう。

 ギルドでは嫌な顔をされて、仕方なくパーティを組むやつらばかりだったのに。


「わたしも冒険がしてみたいんです」

「冒険……?」


 少女は目を輝かせながら、理由を語る。


「森を彷徨っている間、里の外の世界が見てみたいって思ったんです」

「…………」

「駄目でもともと。そのくらいの気持ちですが、チャンスがあるなら手を伸ばしたいんです」


 底辺を彷徨う俺に、手を伸ばす。

 そんな彼女もまた底辺の存在であり、お互いに同じくらい落ちぶれている。


「もし魔法が使えたら、わたしと一緒に冒険に出てください」


 だが、決定的に違う点がある。

 彼女の中には希望が満ち溢れていた。


 俺は、期待していた。

 才能がないのに魔力だけ多い奴なんて、ギルドの中でも多くなかった。


(きっと今回も駄目だ……)



 思わずうなずきたくなる衝動に駆られたが、直前で思いとどまる。

 勝手に諦めかけてしまう。


「二人で一緒に、夢を叶えてみませんか。いい人間さん!」


 しかし少女は、続けて声をあげた。

 はっと顔をあげる。


 夢。

 冒険は、俺の夢だ。


 長年のギルド生活で死んでいた心が、その一言で動かされた。


(こんなに真っ直ぐに申し入れてくるやつなんて、今まで一人もいなかった)


 俺は顔を上げて、偏見を持たないエルフの少女と向き合った。

 期待に背を押されて、不安を忘れるくらい無意識に、手を伸ばしてしまう。


「わかった」


 天使のように綺麗なエルフの少女の手を、しっかりと掴んだ。


「お前の才能を、試させてくれないか」

「もちろんです!」 


 谷底に落ちかけていた俺の人生が変わる。

 これは、長い物語の幕開けであった。

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