第24話 ハラルドとナタリーは夜の森を警戒する


 夕方、茜色に染まった空の下。

 目の前にはゴブリンが数匹倒れている。村にたびたびやってくる偵察部隊だ。

 これでもう何度目だろうか。


「ううぅ、これで三度目です。怖いです……」


 土系統魔法を使い終えたあと。

 俺の背中に隠れて、ナタリーがへなへなと座り込んだ。


「昼はあんなにやる気を出していたのに。そんなにゴブリン族がダメなのか」

「ゴブリンは、ゴブリンだけは、どうしても苦手です」


 涙目で、すっかり弱気になっている。

 森の問題を解決したいと意気込んでいた時のやる気は見る影もない。


 まあ、死にかけたわけだし無理もないか。

 想像している以上に、ナタリーはゴブリンに苦手意識を持っているようだ。


「魔法は仕掛け終わったことだし、もう少し見回りをしに行こう」

「わ、分かりました」


 怯えながらも、涙目で頑張ってついてきてくれるナタリーは健気だ。


 今回は待機していてもいいぞ、と言いたいところだったが、彼女がいないと俺は魔法が使えないので仕方ない。

 俺にできるのは、無理させすぎないように気遣うことくらいだ。


(しかし狐族の言う通り、妙な雰囲気だな……)


 倒したばかりの数体のゴブリンを流し見ながら、表情を曇らせる。


 俺がコルマールの街に来てから倒したゴブリンは数知れない。

 しかし、普段のゴブリン狩りで感じるものと、今日のやつらから感じる魔力は何かが違う。

 

「何となく、昨日の虫の魔物に似ているんだよな……」

「何ですか?」

「いや、何でもない」


 独り言に反応したナタリー。

 首を横に振ってかえした。


 二つの全く異なる種類の魔物に、共通点があるなんて考えられない。

 俺のふわっとした感覚なんてあてにならない。何かの勘違いだろうと考え直す。


「ハラルドさん、失礼します」


 そうしていると、その最中に狐族の男が近づいてくることに気づいた。


「ああ、村長さん」

「ゴブリンの偵察を倒されたところでしたか」

「ええ。これほどの数が来るということは、間違いなく今晩襲撃に来るつもりでしょう」


 倒れたゴブリンを見て、村長のジェムも表情を険しくした。


「もうすぐ日が落ちます。狐族の皆さんも、避難されたほうがいいのではないですか」

「戦うもの以外の避難は済んでいますよ。そちらの方は……大丈夫ですかな?」


 村長ジェムは、俺の背中でフルフルと怯えているナタリーを見た。

 確かに非戦闘員に見えるだろうな。

 俺は苦笑する。


「大丈夫です。ナタリーはいざとなったら、しっかり戦えるやつですから」

「そうでしたか」


 村長は余計な口出しだと思ったのか、それ以上は何も言わなかった。

 

「それよりも、何か用事があって来たんじゃないですか」


 何となくジェムが何かを言いたげな様子であることを察して、先に切り出した。


「ええ。実はエレンから聞いたのですが」


 案の定。村長は頷いたあと、言いづらそうに尋ねてくる。


「人間の街で討伐隊が出されたと。そちらは大丈夫でしょうか」

「というと?」

「あなた様ほどの魔法使いが、そちらに加わわらなくてもよかったかと思いましてな」


 ジェムの質問に、苦い表情を浮かべた。

 まあ、そう見えるだろうな……

 側から見れば一匹狼。同族と分かれて勝手な行動をしているように見えたのだろう。


「あそこは、俺とは何の縁もない場所です」


 正しくその通りなのだが、そのことについて迷う気持ちはない。

 ギルドの連中のほうが俺を追い出したのだから、とやかく言われる筋合いもない。


「どうかその件はお気になさらず」

「……そうでしたか。差し出がましいことを聞いてしまったようです」


 村長も何かを察したのか、言葉を引っ込めた。

 今回の討伐中に鉢合わせになったら面倒だが、その時はその時だ。


「夜が近づいてきましたな」


 村長が空を見上げる。

 遥か高い空に茜色と藍色が交差している。

 残った狐族も、川辺の村を照らすためにかがり火をたきはじめていた。


「私も森の同胞のもとに向かいます。何かあれば若い衆に伝えてください」

「ええ。こちらは任せてください」


 深く頭を下げた村長も、襲撃の用意のためにその場を去っていく。

 あたりが静まり返った。

 風は穏やかだ。下流へと流れる綺麗な水音が響いているが生物の声は聞こえない。


 握った手からナタリーの震えが伝わってきた。


「大丈夫だ、俺に任せておけ」


 手を強く握り返した。

 驚いたみたいに、背中をびくつかせる。


「ハラルドさん……」


 弱気にうるんだ新緑の瞳が、すがるように俺を見上げてきた。


「最初のクエストは絶対に成功させる。お前は俺の側にいてくれるだけでいい」


 俺が強くそう言いきると、頑張らなければいけないと思ったのだろう。


「は、はいっ……! がんばります!」


 ゴブリンに致命的なまでの苦手意識を持っていたが、それでも必死な返事を返してくれた。これでとりあえずは大丈夫そうだ。

 そう安心した時、俺は振り返る。


 森がざわめきたった。

 動かないはずの鳥が紺色の空に一斉に飛び立った。

 突如として緊迫した空気が流れる。


「人間の冒険者と魔物の群れだ! この村に迫っているぞッ!」


 見張りの狐族の男が声を張り上げる。

 俺とナタリーは意識を尖らせた。

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