第23話 ハラルドは狐族の村にたどり着く


 森に入ってから、エレンは目を丸くした。


「もしかして、ナタリーさんは獣人の血を引いている方ですか?」


 そんな風に尋ねてきたのは数分後のことだ。

 自由に木々の枝を飛び越えていく。

 その様子は動物よりもずっと軽快だ。獣人のエレンが驚くほどなので、やはり相当凄い能力なのだろう。


 ……エルフ族だということは言わない方がいいだろうな。

 誤魔化すことに決めた。


「そういう話は聞いていないな」

「そうですか。すごい動きなので、てっきりそうかと思いました」


 エルフ族は亜人だが、獣人というくくりには入らなかったはずだ。

 だからまあ嘘は言っていない。

 ……適当に話題を変えた方がいいな。

 

「ところで。街に着くまでに村の状況を教えてくれないか」

「何をお話しすればいいですか?」

「ギルドの連中はトロールの襲撃があったと言っていただろう。そいつのことか?」


 エレンは自信なさげにうつむいて考える。


「名前はわかりませんが、多分、そうなんじゃないかと思います。強い魔物は滅多に出てきませんから……」


 まあ確かにそうか。

 トロールなんて、滅多に出現する魔物ではない。ギルドが警戒する魔物と同じなのだろう。

 気になるのは、なぜそんな強力な魔物が浅い地帯に出てくるのか。


「滅多に現れない魔物が、二体も出るなんて妙だ。森で何が起きているのか、獣人族として何か心当たりはないか?」

「分かりません……」


 エレンは首を横に振る。


「ですがここしばらくの森は、ずっと変な雰囲気だって。みんな言っています」


 何かしら、異変は感じているようだ。

 竜神の森は俺にとっては稼ぎ場所で、コルマールにとっても重要な地域だ。

 後でナタリーにも話を聞いてみよう。


「トロールの討伐を依頼してきたが、ゴブリン族に目をつけられたのか」

「……臭いを覚えられてしまいました」

「そうか、やつらは執念深く追ってくるからな」


 ゴブリン族はタチが悪く、一度目をつけた獲物を見逃すことはない。

 トロールよりも強い実力者がいない今、奴らは諦めない。

 狐族は壊滅に追い込まれるだろう。


「移住することは考えなかったのか?」


 Aランク級の魔物が相手なら、それも考えなければならない。

 そう思って尋ねたが、エレンは首を横に振った。


「人間の方はあまり知らないかもしれませんが、森はどこも他の種族の縄張りだらけなんです」

「そういうものか」

「はい。川沿いの広い土地なんて、もう手に入りません」

「森も案外自由じゃないんだな」

「森には森のルールがあるんです」


 確かに言われてみればそうだ。

 ゴブリン族の執念深さは凄まじく、彼らから逃げるには森を出るか、相当遠くに出なければならない。

 全く知らない土地で再起を図るのは、相当に難しいことだろうと想像できた。


「ゴブリン族は、今日にでもわたしたちの村にやってきます。数日前から偵察が来るようになりましたから……」

「それなら俺たちが追うより、村で待ち構えた方がよさそうだ。構わないか?」

「そのつもりで村人や重要な品は、安全な場所に移動させています」

「それなら、やりやすい」


 敵を待ち構えられるなら、用意ができる。

 俺はゴブリン族の群れを倒すための算段を立て始めた。


「すみません!」


 策略を考えながら森を歩いていると、ナタリーがひょこっと枝から飛び降りてくる。 


「どうした、ナタリー」

「この先の大きな川に、村のようなものが見えました」

「あっ、はい。そこがわたしたちの村です」


 もうそんな場所まで来ていたのか。

 偵察のゴブリンを警戒しつつ森を抜けた。


 気が遠くなるほど広い川辺が見えてくる。

 遠目にも魚影が見えるほど澄んだ、静かな川のほとりだ。

 そこには八角形のテントがいくつも建てられており、エレンと同じ狐耳の亜人族がそこらで動き回っていた。

 ここが狐族の村だ。


「みんなー、大丈夫ーーっ!?」

「エレンか! よく戻った!」


 声をはりあげて手を振るエレンに反応した。

 狐族の数人が駆け寄ってきて抱擁を交わす。

 大人の一人が俺たちに気付いた。


「そちらの方は……?」

「例の凄い魔法を使っていた人間さん。事情を話したら、助けてくれることになったんだ」

「何と! 森中を騒がせていた、あの恐ろしい魔物の群れを討伐してくださったのは、あなた方だったのですね」

「まあ。あの虫の魔物のことなら、そうです」


 すると狐族の男は、すがるように俺の手を握りしめてくる。


「我々を助けていただける、ということでよいのでしょうか!?」

「はい。エレンさんと、約束しましたから」

「わたしもお手伝いしますのですよ!」


 ナタリーが横から顔を出してこたえる。

 すると気の良さそうな顔をした狐族の男は頷いて、手を差し伸べてくる。


「申し遅れました。私が村長のジェムです」


 俺は狐族の代表者と手を握りあった。


「ハラルドです。ではすぐに作戦について話し合いたいのですが、構いませんか」

「もちろんですとも」


 俺は、代表として立つのは初めてだ。

 だがナタリーの手前格好悪い姿は見せられない。気合を込め直して、真っ向から狐族に向き合った。


 

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