第22話 ハラルドとデニスの因縁


 三人で街の外に出ようとして、普段と様子が違うことに気付く。


 普段はほとんど人気のない裏門の前。

 武装した人間が、何十人も集まっていた。


「何でしょう、あの人だかりは?」

「ギルドの連中だな。森の異変に気付いたのか……」


 これだけの騒動だ、そういうことだろう。

 俺たちが助けた新人が報告したのか、あるいは他の人間が異変を見つけたのかもしれない。

 いずれにしても気が重くなった。


「ごめんなさい。先に行ってもらっていいでしょうか……」

「ああ、もちろん」


 エレンも気まずそうな表情でフードで狐耳を隠す。

 酷い扱いを受けたばかりだと言っていた。

 気まずくなるのも当然だろう。


 仕方なく、俺が先頭になって番兵の方に近づいていく。


「ハラルドか。今日もそっちの可愛い子と一緒なんだな」


 彼らは最初のように驚くこともなく、俺とナタリーを見て息をついた。


「ああ、仲間だからな」

「お前たちのことが噂になり始めてるぞ。この街で、こんな美人とパーティが組めるなんて羨ましいにも程があるよ」

「えへへ。なんだか褒められちゃったです」


 ナタリーは赤くなった頬に両手を置いて、照れた表情を見せた。その仕草は少女らしい幼い可愛らしさを引き立てる。

 俺も満更ではなかった。

 しかし素直に喜ぶことはできなかった。


(まあエルフだとばれたら、ただじゃ済まないだろうけどな……)


 美人といえども、エルフもまた亜人族だ。

 ギルドでどんな扱いを受けるのかは想像に難くない。ばれたら大騒ぎだろう。


「それで。ここは通ってもいいのか?」

「あー、通行禁止令が出ているわけじゃないが、今はやめておいたほうがいいな」

「どうしてですか?」

「どうも森で異変が起きているらしくてな。お前の所属していた『赤蛇の牙』や、他のやつらも強力な魔物を見たようで、今は調査隊が集まっているところだ」


 番兵は、門の向こうに集っているギルド連中に視線を向ける。

 やっぱりその件か。

 かなり殺気立っているのが伝わってきた。


「中堅のパーティが、何組もやられている。トロールを見たってやつもいるくらいだ」

「それほどか」

「ああ。悪いことは言わないから、止めておけ」


 忠告を受けてしまった。

 だが俺は止める気はなく、むしろ受けた依頼のことを思い浮かべる。


(トロールか。それなら森が得意な獣人でも、ひとたまりもないな……)


 ようやく具体的な名前が出てきた。

 トロールはゴブリン族の中でも凶悪な魔物だ。

 単騎でもAランクパーティ相当の実力がなければ討伐は不可能であり、それなら狐族がやられたのも無理はない。


「どうしても森に行く必要がある」

「……止めはしないが、どうなっても知らんぞ」


 深く息を吐いて、道を開けた。

 俺たちは番兵の横を通り過ぎていく。

 怖がったエレンが声をかけてきた。


「あ、あの……」

「問題ない。予定通り森に向かおう」


 俺は真っ直ぐに森に向かうと、たむろしているギルドの人間に気づかれた。

 俺たちはいっせいに彼らの視線を浴びる。


「おい。あいつ、ハラルドの野郎だぜ」

「追い出された"疫病神"が、どうしてこんな所にきたんだ」

「追放されたことを忘れたんじゃねえのか! ここはギルドの集まりだ。さっさと家に帰りな!」


 冒険者の視線と嘲笑を浴びた。

 だが無視して横を通り過ぎていく。

 ナタリーはむっとしていたが、こんな連中は無視すればいいと言い聞かせてある。

 エレンも、フードを深くかぶって気配を消していた。

 

 このまま通り過ぎて、やり過ごそう。


「おうおう。誰かと思えば、疫病神のハラルドじゃねえか!」


 ……そういうわけにもいかなくなった。

 人混みを割って現れたのはかつてのリーダー・デニスだ。

 金色の装備を纏ったやつは、俺の前に立って行く手を塞いできた。嘲るような笑みを浮かべる相手を睨み返す。


「お前に用はない。どいてくれないか」

「嫌だね。"疫病神"のお前にいられちゃあ困るんだ。俺様の活躍にケチをつけるんじゃねえよ」


 ……まともに反論しても無駄のようだ。

 無視して通り過ぎようとしても、わざわざ道を塞いでくる。

 苛立ちながら、かつての仕事仲間を睨みつける。


「どけ。俺とお前はもう、何の関係もないだろう」

「このまま行かせるわけねえだろうが。家に帰れって言ってるんだよ」


 デニスは強い力で、俺の肩を力いっぱい掴んでくる。

 周囲の連中も下衆な笑みを浮かべた。

 この状況を楽しんでいるようだ。


「なあ。そっちのフードの女は獣人だろう。獣臭い臭いがプンプンしやがるぜ」

「ッ……」

「ハラルド。てめぇいつから、薄汚い亜人とつるむようになったんだ。クズ同士お似合いだがなあ」


 デニスが嘲笑しながらエレンを観察し、そして嫌な笑みを浮かべる。


「そうか思い出したぞ。昨日、ギルドに来て追い返されていたやつだな!」

「っ……」


 エレンがビクッと震えた。

 どうやら、この二人はすでに面識があったようだ。デニスは大笑いする。


「ははっ、傑作だぜ! まさか"疫病神"にすがるとはなあ!」


 追従するように、背後のギルド構成員の嘲笑の笑い声が大きくなる。


「いいから離せよ……!」


 俺はますます苛立った。

 徐々に語気も強くなるが、握られっぱなしの肩からギリギリと嫌な音が鳴りはじめる。


「バカが。この先には行かせねえって言っただろう」

「何だと……ッ」


 痛みで、わずかに表情が歪む。

 その俺の耳元に近寄って、ささやいた。


「その女を置いて街に戻るなら許してやる。でなきゃ肩が潰れることになるぜ」


 その一言が頭にきた。

 あれほど酷く振られたにも関わらず、まだナタリーを諦めていないらしい。

 俺に言うことを聞かせられると思っているのなら、大きな間違いだ。


「嫌なら、大人しく俺の言うことを聞いておけよ……」

「そうか。それなら止めてみろ」


 我慢の限界だ。

 片手でデニスの腕を掴み上げる。

 肩を掴んでいた手は、あっさりと外れた。


「な、なっ。お前……!」


 骨が軋むような音を響かせるのは、今度はデニスの腕の方だった。


「っ、ど、どこにこんな力が……ぐぅっ!?」


 戦士を上回る力で捻り上げた俺は宙に持ち上げた。

 優越感に浸っていたデニスの表情が歪み、明らかな焦りが混ざる。


「何度も言わせるな。もうパーティメンバーでも、ギルドの一員でもないんだ」

「て、てめぇ……っ」

「二度と俺に関わるな」


 やりすぎないうちに掴んでいた腕を離す。

 デニスは背後にさがって、掴まれていた部分をもう片方の手でおさえた。


「お、おい。デニスさんが負けたぞ……?」

「いや、自分から離したんだろう」

「Aランクパーティのリーダーが、疫病神に負けるはずない」


 一連の様子を見ていた冒険者達は、想像外の事態にざわめき立った。

 俺たちは堂々とその場から立ち去る。

 すると、背中から叫ばれた。


「この屑野郎! 必ず、街から追い出してやる!」


 デニスの馬頭を無視して、三人でさっさとギルド集団をあとにした。

 そのまま森に向かってしばらく進む。

 俺はナタリーに礼を言った。


「助かった、ありがとう」

「嫌なことを言う人間さんは、嫌いです!」


 ぷんぷんと頬を膨らませる反応に、小さく笑ってしまう。

 魔法使いの俺が、戦士のデニスに腕力で勝てたのはナタリーのおかげだ。

 こっそり魔法で力を貸してくれたのだ。


「あ、あの。あんなことしちゃって大丈夫なんですか?」

「君は気にしなくていい。これは、俺とギルドの間の問題だからな」


 エレンは対立を不安がっていた。

 だが俺はそう言ってのけた。


 どうせ黙っていても虐げられるだけなのだから、言い返した方がいい。

 こんなことに何故今まで気づかなかったのだろう。


「とにかく気をつけて進もう」

「はいです!」

「は、はい……」


 ギルド連中より一足早く。

 異変の起きている森に足を踏み入れた。

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