第21話 ハラルドとナタリーと初めてのクエスト


「依頼したいのは、ゴブリン族の討伐です」


 切羽詰まった様子の狐族の少女エレンの必死な訴えに、俺は怪訝な顔をした。


「ゴブリンくらい誰でも倒せるだろう」

「い、いえ。そんなことはありません。あれは恐ろしい魔物です」

「確かにお前はそうだろうな」


 ゴブリンに誘拐されかけたナタリーはさておき、俺は疑問に思った。

 森に住む種族にとって、ゴブリンは最弱の魔物。

 わざわざ俺に依頼してくる理由が分からなかったのだ。


「襲ってきたのは、恐ろしい巨体の個体でした」

「ゴブリンでも、上位種のオークでもないのか?」

「もっと強力なやつでした。それで、みんなどうしようもなくって……」


 ますます落ち込んだ風な様子を見せたエレンを見て考える。

 オークはCランク級の魔物だ。

 それより上位となれば、強者集まるギルドでも早々に討伐できるような敵ではない。


 森の亜人族が苦戦するのも無理はないか。

 その点は納得したが、俺にはまだ分からないことがあった。

 

「事情は分かった。だがなぜ俺のところに来たんだ」


 あえてギルドに所属していない人間のところに来る意味が分からない。


「もちろんギルドにも行きました。ですが話を聞いてもらえなくて……」

「どういうことですか?」


 ナタリーの問いに対してエレンは悲しそうに視線を落とす。

 事情を察している俺が、かわりに答えた。


「魔物関係で問題が起きた時は、ギルドに行くのが基本だ。実力者はたいていギルドに集まるからな」

「はい」

「だがギルドは獣人を嫌っているんだ」


 予想外の言葉に目を丸くした。


「嫌がらせはもちろん、登録も依頼もさせてもらえない。それがこの街のギルドだ」

「どうして、そんなことをするんですか……?」


 ナタリーが悲しそうな顔をうかべる。

 亜人族とは体の作りも文化も、何もかもが相入れない。また人間族の金を持っていないことも多く、何かとトラブルになりやすいのだ。


「とにかく事情は分かった」


 だがまあ、そんな後ろ暗い話をわざわざ説明する必要もないだろう。


「だがそれにしたって、街で色々言われてる俺に依頼してくることはないだろう」

「いえ。あなたに依頼したいんです、人間族のハラルドさん」


 エレンのまっすぐな視線に対して、俺は目を細めた。


「ギルドにも行ったなら、俺のことは知っているだろう」

「もちろんです」

「なら、どうしてわざわざ?」

「最近森で起きている異変を、ハラルドさんはご存知なのではありませんか」

「異変……?」


 エレンの返しが予想外で目を丸くする。


「少し前から、わたしたちの住む森の様子がおかしくなってきているんです」

「……とりあえず話を聞こう」


 狐族の少女の言葉に耳を傾ける。

 エレンはいつの間にか机の上に置かれていた水に口をつけて、それから語った。


「わたしたちのなわばりに、普段は見かけないような魔物が迷い込んでくるようになったんです」

「縄張りがあるのか」

「はい。強力な魔物も、頻繁に見かけるようになりました」


 俺が思い浮かべたのは、昨日の魔物だ。


「最近は黒い甲殻を持った虫の魔物や、巨大なゴブリン族の魔物が現れて……わたしたちの村の何人かは、大怪我を負いました」


 エレンは膝の上で拳を握りしめる。

 やはり昨日の、新人のギルドパーティを救い出した出来事と何か関係があるようだ。

 あの魔物の様子は、相当におかしかったと思う。


「ハラルドさん。もしかして、昨日の魔物さんじゃないですか」

「ん……ああ、そうだな」


 ナタリーも同じことを考えているようだ。

 まさか、そういうことなのか?

 確信を持った視線を向けているのを見て、彼女が俺を頼ってきた理由を察した。


「まさか、森で俺たちが魔法を使っているところを見ていたのか」

「はい。あの場所はわたしたちの縄張りで、監視している最中でした」

「そういうことか……」


 誰かに見られているとは思わず、つい顔を抑えてしまう。

 あそこは狐族の縄張りだったのだ。

 そこに出てきた魔物を監視して、その最中に俺が現れたということか。


「あれだけの力を持っている方を、わたしたちは他に知りません……! わたしたちを助けてください!」


 身を乗り出してきたエレンに手を握り締められる。

 俺は動揺しつつも、咳払いした。


「……事情は分かった」


 だが実のところ、俺はあまり乗り気ではなかった。

 強力な魔物の相手をするのは危険だ。

 それに上級魔法を他人に見せびらかしたくなかったからだ。


 しかしそこで、ナタリーが何かを言いたげに俺を見ていることに気づいた。


「どうしたんだ」


 尋ねると、顔を近づけてささやいてくる。


「何とかしてあげられませんか……?」

「助けたいのか」


 彼女はうなずいた。


「もしかして狐族は知り合いなのか」

「そういうわけではありません」


 ナタリーに、普段のようにやんわりとした雰囲気はなかった。

 消極的な声色ではない。

 意思ははっきりとしていた。


「ですが、へっぽこでもエルフです。森の問題を放っておくことはできません」


 ナタリーの言葉は、強かった。

 俺はふと幼い頃に読んだ物語を思い出した。


 エルフはどの種族よりも気高く結束が強く、そして仲間を大切に想うという。

 どの街でも聞ける英雄譚の一つだ。 

 今のナタリーからは、物語と同じ気高い意思が感じられた。

 

(……そうだ。俺は、こういう冒険者になりたかったんだった)


 俺は思い直した。

 夢を追いかけるうちに、現実に晒されて忘れてしまっていたらしい。

 こういう時に、誰かを見捨てるようなことはしたくない。

 そういう冒険者になりたかったのだ。


「分かった。それならやってみよう」

「本当ですか!」


 ナタリーは立ち上がって、ぱあっと満面の笑みを浮かべて喜んだ。

 しかし、話が決まりかけた一方。

 慌てたのはエレンのほうだ。


「ま、待ってください。まだ報酬の話もしていないのに……!」

「ああ、そうか……すまない。こういう交渉は慣れていないんだ」


 俺は先走ったことを恥じて座り直した。

 確かに、依頼を受けるなら報酬があるのが当たり前だ。その話を何もしていない。


「なら報酬についてはどう考えているか、教えてくれるか」

「はい。村で、金貨十枚ほどお支払いする用意をしています」

「えっ」


 金額を聞いて固まった。

 その反応を見たエレンはしょんぼりと肩を落とし、狐耳を垂らした。


「少ないですよね。ですが村にはお金がなくて、人間の方に満足いただける額がお支払いできないんです……」

「え、いや。そんなに貰っていいのか」

「えっ?」


 そこでようやく齟齬に気づく。

 この依頼で、金貨十枚だって?

 パーティで受けた高難度のクエストでも、銀貨数十枚がやっとだったのに……


 と。そこまで考えて、ようやく気付く。


(そうか。デニスは借金を押し付けるだけじゃなく、報酬も抜いていたのか……はぁ)


 俺は、案の定という感じでその事実を受け入れた。


 Bランク以上の魔物討伐でも、大金と呼べる金額を手に入れたことはない。

 所属していた頃も何となく感じていたが、思ったより多く抜かれていたらしい。


「大丈夫ですか……? なんだか、怖い顔をしていますのですよ」

「あ、ああ。すまん」


 ナタリーが不安げに袖を引いてくる。

 思ったよりも苛立ちが顔に出てしまっていたらしい。

 一度、冷静になって息を整える。


「分かった。あとは倒した魔物の素材だが……」

「村のもので倒した分以外は、全て差し上げます」


 俺はナタリーの方を見た。

 うなずくのを確認して、俺も頷いた。


「分かった。俺はギルドに加入していないが、それでも構わないなら依頼を受けよう」

「ありがとうございます! どうか、そのお力を貸してください……!」


 代表としてエレンと握手を交わした。

 俺たちの新パーティは、普通とは違う経緯で、最初のクエストを請けたのだった。

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