第19話 成り上がり者パーティの末路(Ⅱ)


 ここはギルドに併設された酒場。

 普段は賑わっているはずの場所だが、この日は不穏な空気が流れていた。

 デニスは最高に不機嫌だった。

 握っていた酒瓶を机の片隅に放り捨てる。


「くそがっ……! なんだったんだよ、あの魔物はッ!」


 床にガラス破片が散らばった。

 ギルドが静まり返る。


 不機嫌な彼に近づいて、とばっちりを喰らってはたまらないと、普段は媚を売る低ランク冒険者から先に離れていった。

 そんな彼の背中を撫でて宥めるのは、メンバーのアリアネだ。


「仕方ないわよ。あんなに浅い場所で変異種が出るなんて、分かるはずないもの」


 アリアネの言葉はもっともだ。

 しかしデニスにとって慰めにはならない。


「あんな魔物にいいようにやられたことが、許せねえんだ……!」


 自分の鉄鎧の傷を掴んだ。

 深い爪痕は、先の魔物との戦いでついたばかりの生傷だ。

 ペーターとアリアネは何も言い返すことができず、その表情はひどく暗い。






『ひぃっ……! 何だこの化け物は!』


 竜神の森に立ち入った彼らの目の前に現れたのは、昆虫型の魔物だった。

 黒色の鱗を持ったムカデは、歯をガチガチと慣らしながらうねり、木々の隙間を縫って一直線にデニス達『赤蛇の牙』のもとに向かってくる。

 元Aランクパーティのペーターが怯えるほどの魔物に、全員がひるむ。


『ぐ、ぐおおぉぉぉっ』

『おい早く支援をよこせ。お前は魔法を撃て! くそがっ!』


 最前線に立ったマティアスは猛攻に耐えながら、苦痛で表情が歪んでいる。

 デニスは叫んで、自らも双剣を振るった。

 ペーターも遅れて火球を放つが、物理・魔法のどちらも装甲に傷一つつけることはない。


 最後は目眩しをかけて、ボロボロになって撤退するのがやっとだった。






 思い出すだけで、デニスの苛立ちは募る。


「Cランクの魔物を狩るだけの依頼で、なぜ俺様が苦戦しなきゃならねえんだ」


 田舎の街で稼ぐためには、低ランクの依頼も受けざるを得ない。

 楽勝だと舐めていた依頼が大失敗に終わるなんて考えられるか。


「あんな場所に、あんな魔物がいるなんて。運がありませんでした……」


 その落ち込んだような言葉に、デニス顔をあげる。


「待て、ペーター! お前に聞きたいことがある」

「な、何でしょうか?」

「なぜあの魔物と戦っている時、上級魔法で応戦しなかったんだ」

「何ですって?」


 リーダーの苛立ちに、戸惑った様子で反論した。


「それは仕方ないでしょう。あんな咄嗟に、上級魔法なんて出せませんよ」

「ああ? 何を言っているんだ。使う場面だろうが!」

「無茶を言わないでください!」


 怒鳴り返すが、ペーターは何を言っているのか分からないという態度だ。


「上級魔法を使えるって話は嘘だったのか!?」

「初級魔法ならともかく、準備が必要な上級魔法はすぐには使えません!」

「疫病神の奴は、簡単そうに発動させていたぞッ!」

「あの状況でそんなことできるはずがありませんッ!」


 頑として主張を変えないペーター。

 致命的に話が噛み合わない感覚があったが、デニスは納得しない。


(どうなってやがる。ペーターはAランクパーティに所属していた経験もある、王都の魔法使いだぞ!)


 デニスは魔法使いについて、それほど詳しいわけではない。

 仲間のアリアネもリザは、魔法を使うという点では同じだが、魔法使いとしての方向性が違いすぎる。


 しかし納得できない。

 自分がスカウトしてきた相手は、ハラルドの完全上位互換である。

 必ず、そうでなければならないのだ。


「くそがっ!」


 ガラスの破片を蹴飛ばして歯噛みする。

 パーティ設立以来、これほど気分が悪くなったのは初めてのことだ。

 マティアスは大怪我を負った。

 リザはその回復につきっきりになっている。しばらく『赤蛇の牙』はまともに動くことができなくなってしまった。


「まだクエストの依頼期限は残っているんだ。状況は必ずよくなるさ」

「ああ……これも、あの疫病神にケチをつけられたせいだ」


 アリアネに慰められながら、怒りを燃やした。

 するとギルドの一角で、他の誰かが争うような声が聞こえてくる。


「本当なんです! 僕たち、大きな虫の魔物に襲われて、あの人に助けてもらったんです……!」


 デニスが視線を向ける。

 体中が土に塗れた子供のパーティが叫んでいた。


「クエストは失敗となります。あなた方には規則通り、違約金を支払っていただくことになります」

「だから、仕方がなかったんだってば! あんなに強い魔物が出たんだよ!」

「こんなの規約にある例外事項でしょう!? いくら僕らが弱いと言っても、あれはやばいです。すぐ森に入らないようにするべきですよ!!」

「支払いの免除はできません」


 対応するギルドの受付事務員の態度は冷たかった。

 新人パーティにはありがちな光景だ。切り詰めながら生活している連中にとって、違約金はばかにならない金額だから、必死に粘っているのだろう。


 普段なら嘲笑って終わりだ。

 しかしデニスは引っかかりを覚えた。


(まさかな)


 自分たちが遭遇した場所は、新人パーティが踏み入らないような森の奥地だ。

 あの・・魔物と出会ったのなら、生きて戻ってこられるはずがない。

 おおかたCランク魔物のオークとでも出会ったのだろう。


「まあいい」


 意識を仲間の方向に戻す。


「明日は、必ず失敗した分を取り戻すぞ。いいな?」

「……分かっているよ」

「ええ。そうしましょう」


 そう返すアリアネもペーターも、ひどく居心地が悪そうだった。

 『赤蛇の牙』のメンバーの間に不穏な空気が漂い始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る