第17話 ハラルドは魔物の大群を打ち滅ぼす


 歩き続けていくと、周囲に続いていた木々が途切れて景色が一変する。

 丘のように岩が積み上がっている広場だ。

 ナタリーも木から降りてきた。


「ここからは慎重に身を隠しながら行こう」

「りょうかいです!」


 俺は敬礼をしたエルフと、積み上がった岩場を見上げた。

 音の様子から、向こう側に元凶がいることが分かった。


 二人で協力しながら岩場を登った。

 そのまま姿を隠しつつ陰から様子を見て、思わず口元を抑えた。


「なんだあの、デカい魔物の群れは」

「な、なんですかあれは……」


 音の正体を見て絶句する。

 それは気味の悪い黒色の百足ムカデ魔物の群れであった。

 人間を飲み込めそうなほどの体躯の個体が、何十と折り重なって、一つの生命体のように森を移動している。


 あんな大型の魔物、見たことがないぞ。

 異様すぎる光景だ。

 まるで悪い夢でも見ているようだった。


「エルフでもわからないか」

「も、森のことを全部知っているわけではないのですよ」


 ナタリーのほうを見たが、顔を引きつらせながら、ぶんぶん首を横に振った。


「不味いな。どう見てもAランク級の魔物だぞ……」

「Aランク?」

「魔物の強さだよ。街を滅ぼす強さを持つ魔物に与えられるランクが、Aだ」


 最悪の予想が当たって舌を打った。

 人間族は、その相手の強さによってパーティや魔物を『ランク』で格付けしている。

 今目の前にいるのは、ギルドの『Aランクパーティ』に所属していた頃に実際に見てきた『Aランクの魔物』にも引けをとらない。

 恐ろしい威圧感に表情がひきつる。


「このまま離れよう。放っておいたほうがいい」

「そ、そうですね。いきましょう」


 幸いにも俺たちには気付いていない。

 ここから離れるのが賢明だ。

 背を向けて岩場を降りようとして、だが突然に殺気を感じて振り返る。


「っ!?」


 魔物の気配が変わった。

 おぞましい殺気だ。


 まさか俺たちに気付いたのかと慌てた。

 だが、そうではなかった。

 魔物の紅色の瞳は一つとして俺たちを見ていなかったが、視線を集中させていた。


「あそこですっ、誰かいます……!」


 俺はナタリーが指差した先に、人間がいるのを見つけた。

 四人の人間が、怯えたように立ち尽くしている。俺もその姿を遅れて見つけて、それが誰なのか気付いて身を乗り出した。


「あ……あいつらッ! ギルドの新人だ……!」

「知り合いの人間さんですか!?」


 直接の付き合いは薄いが、知っていた。

 成人したばかりのリーダーの男は、震えながらも剣を構えて立っている。

 だがあとの三人は目の前の脅威の殺気に負けて、震えて蹲ってしまっている。


 だめだ、完全に腰を抜かしてる。

 今すぐに逃げろと叫びたかったが、そんなことをしたら気付かれる。


 俺はどうするべきだ。

 魔物達は確実に新人冒険者パーティを睨んでおり、うねり進み出していた。


「ナタリー。魔法はっ、魔力はまだ大丈夫だったよな!?」

「は、はいっ。何ともありません」


 迷っている余裕はない。

 すぐさまナタリーの方を見て、唾を飛ばして返事をもらう。


「まだ試したことがないが、上級魔法を使う! 異変を感じたらすぐ言ってくれ」

「わわっ、わかりました」


 ナタリーも頷いた。

 あれがAランク級の魔物であるなら、余力を惜しんではいられない。

 ギルドはどうなろうと知ったこっちゃないが、罪のない新人を見殺しにはできない。


(もっと段階を踏んで試したかったが、仕方ない)


 魔法は位階が上がるごとに、必要とする魔力量が跳ね上がる。

 上級魔法の一回の負担は計り知れない。

 だからいきなり使うのは避けたかった。

 だが……

 目の前で人間が殺されようとしているなら、救わなきゃならないだろう。


「おいっ新人ッ! 今すぐにそこから離れろッ!」


 俺は彼らの逃亡を促すために、懐から杖を抜きながら大声をあげた。

 新人は気づいて、ようやく我にかえった。

 這いずって逃げようとする一方で、今ので虫魔物の一部がこちらに気づいてしまった。


「こっちに登ってきてます! な、なんとかしてください」


 虫の魔物は、群体を分割した。

 片方が俺たちの方に迫ってくる。俺は焦っているナタリーの手を強く掴みながら、目を瞑って詠唱をはじめた。


「我が敵に、大地の怒りをもって滅びを齎せ」


 エルフの魔力が注がれて、茶色に変換された魔力が一点に収縮する。


 杖先から、精密な魔法陣が展開された。

 徐々に巨大化し、俺の体を超えるほどの大きさの、幾何学模様の輪となっていく。

 注がれている魔力は十分だ。


 これならいける。

 迫ってくる魔物に対して、圧倒的威力を誇る上級魔法を開放した。


「『大地裂傷グランド・キャズム』ッ!」


 土色に変換された魔力が、魔法陣の発光とともに拡散した。

 光は岩場を伝った。

 地面を稲妻のように走る。

 異変に気づいた虫の集団は、その一瞬だけ動きを止めた。


『ギイッ!?』


 地面に引倒した魔法が、大地を揺らし始める。


「な、なんですか、この揺れはっ!?」


 木々が倒れて、大地が避ける。

 魔力を渡し終えたナタリーが、わけもわからずに涙目でしがみついてくる。



 俺の目の前で、木々が倒れた。

 頑強なはずの大地が真っ二つに裂けた。


 虫の巨体は、自らの重みに耐えきれない。

 冥府まで続いていそうな漆黒の隙間が生まれ、その中に魔物が次々に落ちていく。


『ギィィィッ!! ギッ!』


 まるで爪先ほどの大きさもない虫を相手にしているような呆気なさだった。

 次々に落下した草木や魔物。

 一匹たりとも残らない。

 轟音をあげながら裂け目は閉じていった。


(嘘だろ……なんだ、この魔法の威力は)


 その現象を引き起こした俺は、茫然と立ち尽くすほかになかった。

 自分の手を見つめて茫然としていた。

 こんな威力の魔法だっただろうか。


「っ、そうだ、ナタリーッ!」


 不意に、思い出したように顔を上げる。

 あんな魔法を使った後だ。魔力欠乏になるほど消耗しているに違いない。


「は、はいです」

「え……」


 そう思ったが、ナタリーは目を丸くしているだけだ。

 少し動揺しているほかは、平常通り。

 魔力欠乏の症状は全く見えない。


「大丈夫なのか? 頭が痛くなったりしてないか……?」

「何ともありません。平気なのですよ」


 信じられない。

 上級魔法を使って平然としているなんて、どれだけの魔力を持っているんだ。

 だが、今はその追及をしている場合ではなかった。


「わたしより、あの人間さんを助けてあげてください!」

「っ、そうだった!」


 俺はすぐさま彼らを探した。

 幸い魔法に巻き込まれることはなく、木陰に集まっているところを見つけた。

 ナタリーの頭に布を巻き直し、エルフであることを隠したあとに岩場を降りていく。


「大丈夫か、お前たち!」

「あ……やっぱり、ハラルドさんだったんですね」


 へたりこんだ新人四人に走り寄ると、リーダーの少年は茫然自失気味でかえしてくる。

 彼らも、ギルドではある意味有名な俺のことは覚えていたらしい。


「うぁぁぁっ。なんですか、さっきの魔物はぁぁっ」


 すると突然一人の少女に思い切り泣きつかれた。体を押し付けられて、わんわんと涙で服が濡れた。

 もう二人の少女は張り詰めすぎたのか、すっかり気を失っている。


「お前達はどうしてこんな場所にいたんだ」


 そう尋ねると、しどろもどろの返事がかえってくる。


「このあたりにっ、依頼の薬草がいっぱい生えてるって聞いて……」

「大丈夫だってギルドの皆が言っていたんです」

「あんなのが出るなんて聞いてませんよぅ」


 俺は、彼らの運のなさに頭を抑えた。

 Aランクパーティでも苦戦するような魔物の群れと遭遇するのは運がなさすぎる。


 だが、まあ。

 逃げずにいたのは彼らの失点だ。

 優しい言葉をかけることなく、命令した。

  

「今日は森の様子がおかしい。このまま帰るんだ」

「で、でもまだ依頼が……」

「違約金を払うくらいの金は残っているだろう。命とどっちが大事だ?」

「わかりました、すぐに帰ります」


 リーダーの少年は、延々と泣き止まない二人の代わりに頭を下げた。

 俺は確認のために背後を見た。


「何だか森の様子がおかしい。ナタリー、俺たちも引きかえそう」

「は、はいっ。もちろんです」


 ナタリーもこくりと頷いた。

 本当はもっと森で稼ぐつもりだったが、こうなっては無理だろう。

 俺たちはボロボロになった新人パーティを引き連れて、森から引き返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る