第9話 成り上がり者パーティの末路(Ⅰ)


 とある地方の都市の、他よりも大きな建物の中で宴会が行われていた。


 ここは国中に展開されているギルドの支部。中でも優秀とされるAランクのパーティが誕生したばかりだった。


「ぷはあああぁっ。へへっ、昼から飲む酒は最高だなぁおい」


 当の本人達は、併設された酒場で気持ちよさそうに仲間と談笑していた。

 酒瓶を置くデニスはの顔は真っ赤だ。


「そうだね。それにようやく疫病神がいなくなって、せいせいしたよ」

「ああ。奴を追い出してから、何もかもうまくいき始めている」


 同じく集まったメンバーの三人も、その言葉に同調するようにうなずく。

 アリアネが、甲斐甲斐しくデニスの口元の泡を布で拭った。


 五人のパーティ『赤蛇の牙』が集ったテーブルには、大量の酒と食べ切れないほどの料理が置かれていた。

 大きな袋の中は、金貨と銀貨が大量に詰まっている。


「それにしても、領主様は気前がよいのう。前金でこれほどの額を頂けるとは思っていなかったわい」


 散らばったその中の一枚の金貨を、重戦士のマティアスが手に取った。

 デニスは両手を広げて、嘲るように笑ってみせる。


「俺たちの実力を考えれば当然さ。だが貴族様が依頼をかけてくるなんて、『赤蛇の牙』も有名になったもんだ」

「ええ。それは全てデニス様のお力があってのことです」


 新人として加入した魔法使いのペーターも、デニスを褒めちぎった。

 デニスは機嫌よさそうに笑いながら、内心で暗い考えを抱く。


(この街で手に入る金も名誉も、何もかもが俺のものになったわけだ)


 Aランクは地方で得られる、ギルドの中では最高の地位だ。王都ギルドででさえ、そこまで至れるパーティは数少ない。

 今も周囲から受ける羨望の視線を心地よく感じながら、新たに注がれた酒をあおった。


「あいつを追い出しておいてよかったぜ。使えないクズがメンバーだなんて、領主サマに知られたら最悪だからなぁ」

「その前に優秀な魔法使いが見つかってよかったよ。ねえ、ペーター」

「ありがとうございます」


 疫病神と呼んでいるハラルドの代わりに加入した魔法使い、ペーターは頭を下げた。


「ところでギルドの恥さらしと伺っていましたが、どういう意味でしょう……?」


 彼はデニスに対して尋ねる。


「ああ、奴のことは加入の時に話しただろう」

「私から見ると、魔力なしの軟弱な男のようにしか見えませんでした。魔法使いにさえ見えなかったのですが、どのような方だったのですか?」


 煽るような言葉に、アリアネがプッと吹き出しながら答えた。


「あいつはね、他人の魔力を使ってしか魔法が使えない役立たずなのさ」

「……他人の魔力、ですか?」

「ああ。あたしたちの魔力を勝手に使って、おこぼれで魔法を使っていたんだ。泥棒じみた『スキル』の力で成り上がった疫病神なんだよ」

「うむ。自分で魔力を持たない者など、何の価値もないわい」


 魔力を吸われることを嫌っていたマティアスは、腕を組んで拒絶を示している。

 二人の評判にペーターは、ほうと息をこぼす。


「自力で魔法が使えないのですか。随分変わったスキルをお持ちのようですが能力がなかったようだ」


 胡散臭い笑みを深めながら、彼もまた同調するようにくくっと笑う。

 デニスが期待するような言葉を吐いた。


「デニス様の言う通り、冒険者失格というところでしょうか。同じ魔法使いとしても恥ずべき人間です」

「ヒャハハハッ、そうだろう!」

「儂は、奴が二度とギルドに戻ってこないことを祈っておるよ」


 マティアスは何度でも吐き捨てるように言い放った。

 彼らは仲間であったはずの男を徹底的に嫌い抜いていた。


「…………」


 しかしそんな中で一人。

 同じテーブルに座りながら、まったく顔を上げずにいる少女がいた。


「なあ、お前はどう考えているんだよ。リザ!」


 デニスに振られて顔をあげたのは『赤蛇の牙』所属、青髪の少女リザだ。

 僧侶の錫杖を磨いていた彼女は顔をあげて、ぽつりと一言だけ返す。


「……どうでもいい」

「ああ?」


 そっけない反応だけを返して、再び錫杖磨きに集中し始める。

 デニスは怪訝な声をあげた。

 

「何だぁ、無関係ですって面しやがって。奴に一度も魔力を吸われたことがないからって、すました顔してるんじゃねえぞ」

「…………」

「おい。聞いてんのか!?」

「ちょ、やめてあげなよ、デニス」


 自分の話に同調しない相手に対して、機嫌が悪くなっていく。

 そんな様子に慌てたのはアリアネだ。胸を寄せながら近づいて、おだてて宥めた。


「リザはあたしたちに必要な仲間だろう」

「…………」

「もうあの疫病神は追い出したんだ、二度とギルドに顔は出すことはないよ。だからリザも興味がないんだろう」

「ケッ……まあ、いいさ」


 言葉を飲み込んで、忌々しげに床に唾を吐き捨てる。

 僧侶は神の力を借りて魔法を使うことのできる、魔法使い以上に貴重な役職だ。

 ここで失っていい人材ではない。


 リーダーが納得した様子を見せたことに、アリアネ、マティアス、それにペーターも息をついた。


「だがこれでもう俺たちの障害になるものは何もねえ」


 デニスはそう言って、口角を吊り上げる。

 

「このまま駆け上る。俺たちは王都で、Sランク冒険者になるぞ」

「ああ、そうだね」

「うむ」

「お任せください。一度は王都で活躍していた身。解散してしまった前のパーティに変わって、お役に立って見せましょう」


 リーダーの所信表明に対して、ペーターは自身のギルドカードを見せつけた。

 王都ギルドの印が刻まれている。

 彼が王都ギルド冒険者であった証だ。

 デニスは、確実に目的に近づいていることを実感した。


(貴族サマの依頼をこなせば、もっと金が手に入る。王都で仕事を受けるだけの"格"も十分。そうなりゃ金も女も選び放題だ……!)


 幼い頃からこの古臭い街が嫌いだった。

 実力がある自分はもっと上にいける。

 田舎に骨を埋める気はない。最上位冒険者として羨望を得て、王族のように意のままに振る舞うことが、夢だ。


 その前に、酒瓶を机に荒っぽく叩きつけた。


「その前にハラルド。てめぇを地獄の底に落としてから、王都に行ってやるよ」


 デニスにとって、ハラルドは不快な人間だった。

 自分のおこぼれで成り上がっただけの存在であり、スキルがなければ、絶対に仲間に加えることはなかっただろう。

 我慢していたのはAランクパーティになるのに使える存在で、金儲けができたからだ。


 しかし、もうその必要はない。

 疫病神のハラルドを更に破滅させる光景を思い浮かべて、いやらしく笑った。

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