第4話 ハラルドはエルフの行き倒れ事情を知る


 夜。

 すっかり陽の落ちた夜の森で焚き火を囲んでいた。

 野営の用意を整えている最中も、エルフの少女は横になって動かなかった。


「ん……」


 だが、食事の用意を整え始めると、ゆっくり起き上がる。


「美味しい匂いがします……?」

「起きたか」


 重ねた枝が、ごうごうと燃えている。

 その上には鍋が吊り下げられており、わずかに香りが漂い始めていた。

 エルフは立ち上がろうとしたが、腹の虫の音が鳴った。


 ぐぎゅぅるるるぅぅるるっ。

 

「…………」

「…………ん」


 俺は何と言っていいかわからず、思わず口を閉ざした。

 しかしエルフの少女はまったく気にしておらず、鍋のほうを見つめていた。


「まだ煮えていないから、もう少し待て」

「そんな……」


 絶望的な表情で力なく座り込む。

 だが時間が経っているため、スープといえど加熱しないと危ないのだ。


「かわりに、先にこれを食うか?」

「た、食べます! ください!」


 携帯食である黒パンを取り出してみせると、目を輝かせた。


「硬くて食べられたもんじゃないかもしれないが……まあ、とりあえず齧ってみろ」

「おいしいっ、おいしいですぅぅ、人間さんっ!」

「そんなに美味いか?」


 困惑した。

 単体では固くてボソボソしているだけで、食べられたものではないはずだ。だがスープにつけて食べるほかないそれを、半泣きの笑顔で胃に押し込んでいる。


 ……やっぱり無理だ。

 自分でも少し齧ってみるが、硬すぎて無理だった。


「硬いだけのパンが、そんなに美味いもんかね」

「森で食べていたものに比べたら、全然硬くないです!」

 

 今まで何を食べていたんだ……?

 未知の亜人族・エルフの食生活を疑問に思った。

 森で獲れる食料は、魔物の肉や魚・植物など何でもある。他の亜人族はそれらを食べて暮らしているはずで、このパンは、そのどれにも劣る不味さだ。


「で、ですがよく考えると、お返しできるものがありません」


 やけに高いテンションから、エルフの少女は我にかえった。


「パン屋で買ってきた安物の携帯食だから気にしなくていい」

「人間さんは気前がいいです……」


 文化の違いに感激するエルフを横目に、ようやく泡を吹き始めた鍋蓋をとった。


「おっと、こっちもそろそろできたかな」


 鍋をあけると、ふわりと真っ白な蒸気があがる。刻んだ干し肉入り、黄金スープの豊潤な香りが広がった。


「この黄金色の飲み物は何ですかっ!?」


 すると案の定。星のように目を輝かせて、エルフ少女は身を乗り出した。


「携帯食の干し肉スープだ。スノーシープの干し肉が入っているが……エルフって肉は大丈夫なのか?」

「美味しいもの大好きです!」

「そうか」


 頷いて、手元の木製のカップに一杯のスープを注いだ。

 湯気が立ち上っているそれを手渡した。


「ほら、これを……」

「いただきますっ!」

「あ、おいっ!? 熱いぞ!」


 エルフ少女は止める間も無く飲み干してしまった。沸騰するまで火にかけたばかりなのに火傷するぞ!?


「こんなに美味しいものは初めてです……」


 だが、ぷはぁと。

 何の後悔もない、胸いっぱいの幸せそうな笑顔を見せてくれた。


「そ、そうか。もう一杯飲め。今度はパンに漬けながら食べるんだぞ」

「人間さんはそんな食べ方をするのですか?」


 新しく注がれたスープを受け取ると、今度は慎重にパンに付けながら食べた。


「おいしいです!?」

「それはよかった」


 それを食べてまた、目を星のようにまたたかせながら喜んだ。

 とにかく喜ぶエルフを面白がりながら、俺も浸けて柔らかくしたパンを齧った。


「おなかいっぱいです」


 そして食後になって、気力を取り戻した異種族は横になった。

 すっかり満たされたのか、幸せそうに表情をとろけさせている。


「はは……」


 携帯食がほぼ消えたカバンを見つつ苦笑。

 こんなに食われるとは思っていなかったが、飢えていたみたいだし仕方ないか。


「それで。お前のことについても聞いていいか?」

「もちろんです、何でも聞いてください!」


 俺は改めて向き直る。

 今度は、ばっと一気に起き上がった。

 宝石のように綺麗な緑色の瞳が俺を見つめてくる。

 すっかり生気を取り戻したようだ。


「もう一度確認するが、エルフ族なんだよな」

「その通りです」

「森で暮らしてる種族の一員が、どうして行き倒れてゴブリンなんかに捕まっていたんだ?」

「うっ……それは」


 エルフの少女は言葉に詰まり、言い辛そうにかえしてくる。


「実は、エルフの里を追い出されてしまったんです」

「追い出された……?」


 俺は、そんな少女の気まずそうな返答を疑問に思った。


「森に住む種族は結束が固いはずだろう。何があったんだ」


 森に住む亜人族は、外敵から身を守るために、かたい結束を結んでいる部族が多い。

 一人追い出されるなんて、よっぽどだ。


「ご存知かは分かりませんが、エルフは魔法と弓の腕が全てなんです」

「……そういうことか」


 その一言で事情を理解した。


「エルフ族は、魔法と弓が部族での地位を決めるんだな」


 少女は頷いた。

 亜人族は、人間ではわからない基準で、種族での地位を決めることがある。

 例えば生まれ持った鱗や翼の美麗さ、単純な強さなど。亜人族ごとにさまざまだ。


「わたしは、どっちもうまくできなくて。役立たずは出て行けと言われたんです」

「……それは、災難だったな」


 落ち込んだ表情に加えて、特徴的な耳もしゅんと垂れている。

 悪いことを聞いてしまったと思った。


(俺みたいなやつだな)


 深い同情のほかに、親近感を覚えた。

 俺も役立たずと罵られて、パーティから追放されたばかりだ。


 なんだか、自分自身を見ているみたいだった。

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