第3話 ハラルドは行き倒れエルフを拾う


 布袋の中から現れたものを、信じ難い気持ちで見下ろした。


 清純な魔力を纏う黄金色の髪の少女。

 美しくあることを運命づけられたような彼女は、幼い子供のように細い両手で頭を抱えて、丸くなりながら震えていた。


「ううううっ、ゴブリンだけは、勘弁してくださいぃ」


 ぜんぜん俺の方を見ようとしない。

 ひどくゴブリンを怖がっているようだ。

 俺は痩せこけた少女の肩をゆさぶった。


「ゴブリンはもういないぞ、大丈夫だ。俺のことがわかるか」

「ううっ。わたしは汚されて、このまま惨めに死んでしまうのです」

「……参ったな」


 さっぱり話ができそうにない。

 頭を掻きつつ、困り果てながら少女を観察した。


(このあたりのやつじゃないな)


 俺よりも年齢は下に見える。

 だが、たった数匹のゴブリンに誘拐されるなんて何があったのだろう。そもそもどこから来たのだろうか。

 少女の正体を探って、答えを見つけた。


「お前、その耳。まさかエルフか……?」


 きめ細やかな白い頬の奥。

 耳元が、ありえないほどピンと尖っている。人間ではありえない特徴だ。

 びくっと少女の体が震えて、涙目がこちらを向いた。


「ま、まさか。あなたは人間さんですか」

「そうだ。本当にエルフなのか」

「あなたもゴブリンさんのように、わたしに悪いことをするつもりですね……っ」

「えっ」


 可愛らしい敵意を向けながら、涙目で自分の体を抱き抱えた。

 当然、顔を抑えて否定する。


「心外だな。野蛮なゴブリンと一緒にしないでくれないか」

「悪いことをしないのですか……?」


 長い耳に美しい姿を有したエルフの少女は、おそるおそる尋ねてくる。

 

「しない。だから、とりあえず話を聞かせてくれないか」

「すみません……人間さんのことをよく知らなくて勘違いしてしまいました」

「分かってくれたならいいよ」


 泣き止んで、申し訳なさそうに深々と頭を下げられた。


「それで改めて話を、って……おい!?」


 改めて話を進めようと思った矢先だった。

 少女は目を細めて、力が抜けたようにふらりと地面に倒れてしまう。

 裂かれた布袋の上でぐったりと横たわった彼女を抱き起こして、呼び掛けた。


「しっかりしろ! どこか怪我をしているのか。それとも病気か!?」


 ぐったりと腕の中で気力を失った彼女は、魂が抜けたように首を傾けた。

 虚な瞳で、ぽつりと一言だけかえってくる。


「ごはん……おなかが、もうげんかいです」


 ぐぅぅぅぅぎゅるぅぅっ……と。

 少女の腹の虫が低い唸り声をあげる。

 頬が痩せこけている理由が分かった。


「もしかしてお前、腹減ってるのか」

「はぃ……」


 起き上がることもできないという様子だが、とりあえず余裕はありそうだ。

 安心した俺は力が抜けた。


(エルフといえば森に生きる伝説の種族だが、行き倒れるやつもいるのか)


 物語で語られる荘厳な『エルフ』のイメージと違っていて、気が抜けた。

 それにしても森に生きる亜人族は多いが、行き倒れているやつは見たことがない。

 一体どんな目に遭ったのだろう。


(とにかく、このまま見捨てることはできないな)


 知らない亜人族に近づくな……というのは人間の常識だ。

 どんな相手かわからない以上、向こうから襲いかかってくる可能性だってある。


「はぁっ。うぅぅ」


 異種族の少女は衰弱しながらうめいている。このまま放置したら、魔物に連れ去られて悲惨な目に遭うだろう。

 エルフがどんな種族なのかは知らない。

 だが、助けない選択肢はない。


「エルフって何食べるんだ。パンとか食えるのか?」


 もう一度語りかけると僅かに目を開いた。


「なんでもたべられます……」

「それなら何とかなるな。俺の手に捕まれ」


 エルフの少女は抵抗する気力もないようで、されるがままに起き上がらせられた。

 リュックを背負っているため、背中と足を腕で支えながら持ち上げる。見た目通り、少女は恐ろしいほどに軽かった。

 

「安全なところに連れていくぞ。携帯食なら持ってる。着いたら食い物を用意してやるから、それまで頑張れ」

「うう、ありがとうございます」


 とにかく今はこの場を離れるのが先決だ。

 素材は勿体ないが、執念深いゴブリンが追ってくる前に離れるべきだろう。

 

 俺は急いで、移動できる範囲で野営できる場所を探しはじめた。

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