三日目 後編
「え……」
体が動かない以上、こうやって声を捻り出すのがやっとだった。存続を穢されて、虫唾が走る。すぐにでも止めさせなければならない。けれども、凡人の陽向にそんな勇気などあるはずもなかった。
「骨ってやっぱり硬いのな。で?お前は傍観してていいの?止めないってことはお前が殺ったの?」
大切な両親を殺すわけがない。そう何度も叫ぶが、全部心の中でだ。
「ち、ちがっ!」
辛うじて出た言葉がそれだった。しかし、体は一向に動かず立ち尽くすのみ。
「ま、どっちでもいいよ。どうせ世界は終わるんだからなぁ!」
男は勢いよく踏みつけると、小さな骨から聞きたくもない音が聞こえた。踏み荒らされた影響でどちらの骨かすらわからない。そして、その骨は二つに割れていた。
「ふぅ……。つまんな」
突如として骨への執着を止めた男は、再び陽向の方を睨んだ。
「やっぱり反応がある生きてる方が楽しいな」
そうして男は陽向へと近づき腹部に拳を入れた。陽向は一瞬呼吸ができなくなったかのような感覚になり声を出す間もなく転がった。しかし、苦悶の表情を浮かべることで精一杯だ。一方の男は殴ったことで気分を良くして陽向へと近づいた。
殺される。陽向自身も、陽向の両親も、そしてこの世界も。それだけは嫌だと強く思う。しかし、非力な陽向では敵いっこない。
「なら……」
陽向が服から取り出したのは、小型のタブレットだ。急いで操作すると、家の中から男に向かって突進してくるものがあった。
「なんだぁ?」
男は音に気を取られた。そして、その物体は男に当たると体を登っていく。大きな体格でなかったら登れなかっただろう。男がてんやわんやしている間に、その物体は男の頭髪部まで動くと大きな音を立てて吸引し始めた。
「いいった!なんだこれ……」
必死に男は除けようとする。しかし、その尋常ではない吸引力のせいで髪の毛が絡まり痛みが生じて本気で振り切れないのだ。
陽向がタブレットで動かしたもの、それは改良したてのロボット掃除機であった。圧倒的な吸引力で髪の毛を吸引し離さないため男は悶絶する他ないのだ。
しかし、そのまま警察が来るのを待てるわけではない。バッテリーもそれほど多くはないのだ。それに、振り切れてしまうかもしれない。陽向、両親、そしてこの世界を守るためには、ある方法が必要だった。
「殺さないと……」
人殺しなど、世界を救うヒーローにはあるまじき行為だ。それに、男は家の中を荒らし陽向の両親を無碍に扱ったが、人殺しまではしていないしする気もない。陽向の過剰防衛他ならない。さすがの陽向も躊躇し、呼吸が早くなる。しかし、事態は待ってはくれない。男は頭頂部を壁に叩きつけることによりロボット掃除機を壊そうとしているのだ。男の力ならそのうち壊してしまうだろう。
「はやく……やんないと……」
陽向の顔は真っ赤に染まり、汗の量も尋常ではない。男が藻掻いている間に台所に包丁を取りに行った。そして、その包丁を男に構えた。
しかし、男はロボット掃除機を叩きつけているうちに抜け出すことに成功していた。急いでタブレットを取り出すと、吸引部が壊れただけということだった。安堵している間もなく男は陽向の目の前まで来ていた。
「よくもやったなクソガキめ」
男の目は、今まさに宿敵を殺そうとする者の目だった。そして勢いよく顔面を殴りつける。腹部を殴られたときとは力の入れ具合が違い、今回は本気で殺しに来ている目だった。
そして、最悪なことに包丁を落としてしまった。手元にあるのはひび割れたタブレットのみだ。
「安心しろ。すぐに死なれちゃ楽しくないからな。刃物は使わないでやる」
そう言った男は何の躊躇もなく腹部を蹴りつける。声にもならぬ声をあげても男は先程と違い気分を良くはしない。常に怒り狂っていた。
必死で這いつくばり逃げ出そうとする陽向を、男は蹴り飛ばす。
「やっぱり殺そうかな」
陽向は血まみれでとても動けた様子ではない。そのため、男は包丁を取ろうと周囲を探ったのだろう。その瞬間。音を立てながら再びロボット掃除機が男に突進してきた。そして、陽向はタブレットを血まみれの指で操作した。
その瞬間、ロボット掃除機に入っていたゴミが勢いよく噴出したのだ。本来なら一瞬の足止めにしかならないものも、今回は違う。
「ぐっ……は」
男は急いで激痛のする腹部を確認する。男の腹部には、包丁が刺さっていたのだ。吸引とは違い、取れば良いというものでもない。男が蹲っている間に陽向は果物ナイフを台所から持ち出した。
「世界を救うには……犠牲が必要なんだ……」
言わされているような発言をすると、陽向はその果物ナイフを男の首元へと突き刺した。血が噴出し、すぐに男は動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
改めて陽向は自分が犯したことを実感した。そして、無言で家の奥にあるあの部屋へと向かった。
部屋の奥に掛けられた宇宙服という異質な服に全身を包むと、陽向は廊下に火を放った。棺には入れられなかったが、これが今陽向にできる精一杯の葬式である。軽く合掌をすると、部屋に戻り内鍵を締める。そして、覚悟を決めた。
「世界を救うヒーローか……。やっぱりなれなかったよお父さん」
二度と戻れぬ世界を二度見することなく、陽向は世界の外側へと出た。
太陽が止まった町 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn
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