第一話07 言訳紡ぎ <久槻月深 編>

▼カラオケ 店内


「あのっ、ちょっといいですか」


静寂の、声を上げてみた。

だけどそれは一瞬にして雨音に混ざって消えた。

やっぱり2人いっぺん相手にするには難しいか。

諦めかけた時、彼女を連れ戻そうとした両親の足が止まった。

見上げるとドアの前に花摘みに行ったはずの『溜息殺し』が腕を組んで当然のように立っていた。

その格好は雑誌の表紙に載っても違和感ないくらいにカッコイイ。

赤い髪。

朱い瞳。

紅い服装。

それぞれが父親を威嚇している。

協力してくれているんだろう。

もう一歩も引けない。


「なんだね。貴女は。邪魔をする気か」


父親が低い声で『溜息殺し』を牽制けんせいした。

だがあの人は身震い一つもせず堂々と扉に身体を預けた。


「私は、そこの子の知り合いの知り合いの者だ。お二人さん、帰るのは彼の話を聞いてからにしてくれませんかね」


尖った首で僕を差す。

そのちらりと刺すような朱い視線は抜き落ちテストだと言ってるように見えた。

ぶっつけ本番とか聞いてない。


「では、どういう事情で娘をさらったのか聞こうか」


父親は厳深な眼差しで僕を睨め付けた。

キツちゃんは両親とも僕とも離れた位置に座った。

そして僕は、言訳を紡ぐ。

道を急いで走っていたら娘さんとぶつかってしまった。

救急車を呼ぼうかと言ったが嫌だと断られたので、近くにあったカラオケボックスに入った。

話を聞くと家には帰りたくないと言われた。

嘘ばかりの言訳話いいわけばなし

それでも2人はくれた。


「何で帰りたくないのっ!?家に帰ればこんな危ない目に遭わなくて済むのよ!!」


娘に怒りをぶつける母親を横に父親は沈着に「少し黙りなさい」と規制をかけた。

僕は2人にとっての余計者に向かって声を掛ける。


「キツちゃん、背中見せてくれない?」


もう手詰まりなので結論を急ぐ。

ちゃんとあるかまでは確認しそこねたが背中より胸を見せたいと譲らなかった子だ。

隠してるのは丸見えだ。


「うちの娘に何を!」


「ゴホンッ!!」


あの人が咳払いをした。

僕をフォローしてくれたのだろう。

キツちゃんはゆっくり振り向いてたかのような鋭い眼差しで僕を見た。

怖いなぁ、もう。

ごめんね、こんなやり方で。

大丈夫だから。と正確な頷きで返した。

そして仕方ないと諦めたようで後ろを向いた。

そのダサい英文字Tシャツの裾をめくる。

さっきは見えそうだったものがあらわになっていく。


「ひっ…」


小さな悲鳴が聞こえた。

それが誰のものかは分からない。

それもそのはず。

その背中、見た目は疎か、

しっかりと視界に入れることが出来るかどうかの問題だった。

「痛そう」なんてレベルではなかった。


血のような赤いあとが、

拳で殴られたような青白いあざが、

中途半端に破れた錆びのような黒い瘡蓋かさぶたが白い肌を塗り潰していた。


吐こうとした溜息も殺されるし、紡ごうとした言訳をも殺された。

酷い焦燥感と汚い吐き気が身体から吐きそうになる。

こんなのを我慢しながら普通に僕と会話していたのか。

白いブラジャーに手が掛かったところで僕は止める。

これのどこが過保護だっていうんだ。


「もういいよ…」


羞恥と哀悲のため垂れ下がってしまった腕の代わりにTシャツのすそを戻してパーカーを掛けてあげた。

そこから微動だにしないからさっきの距離が開いた席に座らせた。

首が震えてるところを見ると悲しみより怯えているように思える。

そしてキツちゃんから親御さんへと目線を移す。

眼は、睥睨へいげいを使う。

口は、言訳を紡ぐ。


「これはあなた方のせいですね」


断言した。

あのきずの原因、これは他の誰でもない。

この二人だ。

片方だけではない。

どちらかが身体を、どちらかが心をけがした。


「そんなのは、しらん」


父親がボソッと呟いたのを僕は聞き逃さなかった。

殺気立って席を立った。


「惚けるな!!ここまでやるか!普通!」


「オホンッ!」


また、あの人の規制が出た。

落ち着け、というサイン。

謝って座り直す。

両親二人とも無言だった。

先に口火を切ったのは父親。


「別に君は謝らなくていい。むしろ謝らなくてはならないのは私たちの方だ」


「ちょっとあなた。何言って―――」


「仕事の方で少し問題があってな。家に帰ると疲れからかストレスからか分からんが何かに当たらなくてはおさまらないものがあった」


「そんなことは一度も…」


父親は母親の口ずさみを無視し続ける。


「だから………。つい学校のテストで100点を取って喜んでる娘に苛立ちを覚えて」


とうとう母親は黙ってしまった。

当人を見ると大人しく座っている。

顔を下げている。

前髪が邪魔して横からじゃ表情は読めない。

この話は聞きたくないはずだ。

だけど耳を押えるようなことはしていない。


「最初はまだ怒鳴りつけるだけだった、それが段々とエスカレートして娘にその傷を追わせたのは私だ」


そう、父親はきっぱりと喝破かっぱした。

これもあの人が言う、人との接触したときに無意識に生じる『人格』というものなんだろうか。

『人格』というのは時として守るべき人を踏みにじる。

僕は、嘘じゃない言訳を紡ぐ。


「『自分がしたいほど相手はされたくない』これは僕の知人がいった言葉です。自分がどんなにしたいことでもどこかで終止符を打たなければなりません」


「私はずっと当たりたかった訳じゃない。むしろ止めたかった。だが止めたらいつか娘が復讐しにくるんじゃないかと怖くて…」


「あなた…」


「ええ、分かります。僕も同じような過去を持ってますので。ですがこれは謝って済む問題じゃありません。それから奥さんもたまには旦那さんの悩み聞いてあげてください」


僕の言葉がみたのか、沈黙のあとに母親もゆっくり頷いた。


「ですからもうこの件はここまでにしましょう。あとは、お二人で考えてください。一応訊いておくけど復讐なんかしないよね?キツちゃん」


うつむきき加減だがたしかに頷いた。

たくさんの感情を押し殺してるようでもあった。

その感情の元を絶たねばならない。

これ以上、あの疵痕きずあとを増やしてはいけない。

痛みを与えてはいけない。

そういう想いが僕の『人格』から顔を出した。


「これからのことですが、一旦、この子は僕の方で預かります。あなた方は今までしてきた罪悪を背に纏い反省し精進してください」


なんだか犯人を供述させている探偵みたいな気分だ。

あまりいい気分じゃない。

父親は渋々、了承しそっと立ち上がる。

娘の方を見た。


「いつでも、戻ってきていいからな」


「そうよ。もう、あなたには何も、しないから…」


反応はない。

下を向いたまま、頷きもしない。

母親も立ち上がり父親にならった。

父親はあの人に何かを呟いていたが何を言ったのかよく聞こえなかった。

それに対し、あの人は一言返しただけでドアの前から身を退いた。

母親は僕を妬むような悋気りんき深い眼で睨んでくる。

そして真綿まわたで首を絞めるように部屋から出て行った。


「ふぅ…」


これで仕事は完了したと歓喜に浸ってもいいのか。

何だか心の中で重たいモノが浮遊していてどうも気が晴れない。

虐待児。

背中に打ち付けられた忌々しい疵痕きずあと

その所為で心に一つの『人格』を創りあげてしまった少女。

それを救えたんだろうか。

『溜息殺し』を見る。

堂々と鎮座していた。

あの人が僕を『試した』ように思える。

はたして、100点は取れただろうか。

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