第二話03 空耳流し  <言槻千咲 編>

▼自宅


家に着いてもキツちゃんは一言も口を開かず僕も無言だった。

それからというもの彼女は部屋に閉じ籠もった。

多分、勉強してるんだろう。

かくいう僕は何もすることがないのでぼぉーと庭で項垂うなだれている飼い犬を眺める。


僕の家に居る犬種は、コモンドール。

調べてみると分かるがモップの先みたいな犬。

毛がだらしない程に垂れていて眼が見えているのか、いないのか分からない大型犬。

いつもの僕の寝癖のような姿。

これは保健所やペットショップで買ったのではなく飼育放棄されて捨てられていたものをもう居ない愛他主義者が保護した。

名前は名付け親が蒸発したので『名無し』。

アイツは1匹でも幸せそうだ。


感傷に浸っているとテーブルから結局食べることがなかったカップラーメンが逆さに落ちた。

口が半開きだったためねぎやら鳴門なるとやらが散らばる。

行き場の無い怒りが心の中を過ぎった。

それでもその感情を表には出さずティッシュを出そうと立ち上がった時にスマホが振動しているが眼についた。

これが原因か。

誰だ、幸せな日常を脅かしたのは。

開けてみるとあの人だった。

怒りがすぅぅっと消える。

なんの用だろう、寂しいのか暇なのか。

まぁ前者だろう。

少なくとも『暇』じゃないんだから。


『おう!たまには伝言サービスにも甘えて良いんだぜ』


またパチンコ店のようなうるさい雑音が入ってくる。

この人に『常識』は通用しないとはいえ最低限ぐらいは守って欲しい。

まともに会話も出来ない。


「それは使い方が間違っているような気がしますっ!特に貴女が電話してくる時は!で何用ですか?」


『なぁ、いきなりで何だかまた仕事頼めねぇ?今度もそれ相応は出すからさ』


訊き出す前に答えてくれたので面倒が省けた。

やっぱりこう来たか。

キツちゃんの件で何点取れたかは分からないがこの人の信用に足る点数は取れたんだろう。

誇るべきか落胆するべきか。


「本当にいきなりですね。はぁ…とりあえず聞きましょう」

――――――――――――――――――

▼回想 パチンコ店 溜息殺し視点


私がいつもの台でパチンコをやっていると、隣の席に居るいつもリーチぎりぎりで帰るおっさんが片手でハンドルを回しながら小声で話掛けてきた。


「なぁ、最近はお前さんのような若人わこうども入ってきちょるようじゃが、どうもそいつらを見ていたらここにはあまり居たくないと思えてきてな」


「わたしは若人ではないですがどういった理由で?」


私は若人じゃない。

学生なんてものはだいぶ昔の話だ。

私の台はまだリーチすら来てないのに隣の台はリーチが掛かっていた。

だが、おっさんの顔色は沈んだまま。

また外れると思ってるのかもしれない。


「どうもな、これにつぎ込んどる金がてめぇのモンではないそうなんじゃ」


「はぁ。つまりどこからか持ってきていると」


「なんと言ったかな。揚げカツじゃったかパックリじゃった忘れたがそんな悪行をやっとるって噂じゃ」


「それはカツアゲとパクリのことかと」


いくら私が若人じゃないと言ってもさすがにこれらを分からないほど年老いてもいない。

隣のおっさんは私より一世代も二世代も違う。

それでも都合の良い話し相手だ。

自分が外れても溜息を殺さなくて済む。

おっさんは、リーチが来るもいつも当たらない。

少なくとも私がここに来てから一度も当たったのを見たことがない。


「そうじゃそうじゃ。わしはてめぇの金でやるこそに意義があると思うのじゃがそのカツ揚げとやらに段々と腹も立ってきよる」


「あれま」

「だからお前さんに一つ頼み事がある。風の噂でのアンタ、そういうのを生業なりわいにしちょるんだろ?」


生業にしてる、か。

いつからそういうのを始めたのか。

もう思い返すのも嫌になるほど昔だ。

今やそれもアイツに任せっきり。

まるで教師が生徒を成長させるような感じ。

だからもう私はパチンコを打つことしかできない。


「ええ、まぁ。それなりに」


「じゃったら、あやつらをどうにかしてくれんか?あやつらがここに居座り続けるのならわしは違う餌場へ行くことになる」


できれば、このおっさんには居て欲しい

そういう気持ちもある。

ただ自分が優越感に浸りたいだけ。

それだけのために居る存在。

だだ、その盗人たちにも世間の常識なんかを勉強させたいという気持ちもある。

教師が不良を更正させたい気持ち。


「まぁ急げとは言わん。人生急がば回れじゃ。じゃがのぉ、わしは老い先短い。楽しめる時間は限られておる。だから、どうかここは一つ『退屈潰し』と思って受けてくれんか」


ここで初めておっさんは私の方を見た。

その表情に光は見えない。

まるで一生のお願いだとでも言わんばかり。

私はその顔に負けてしまった。

――――――――――――――――――

▼自宅 主人公視点


そこまで長くない回想を『溜息殺し』は語った。

この人は声真似が得意だからおっさんの声もそれそのものだった。

どれだけそのおっさんと仲が良いか知らないけど自分で請け負った仕事をそのまま丸投げしてくる人だ。

責任感の欠片もないんだろう。

溜息をした人を殺すという『溜息殺し』なんて名をうたっておきながら。


『そうして請けてやったのさ』


「ってそんな軽々しく」


『あぁ?忘れたか?』


僕が言おうとしていた台詞を遮って、何を言うかと思いきやどうしてそうなる。


「『細かいことは気にするな』」


『そうだよ、それそれ』

「『そうだよ、それそれ』じゃないですよ!そのおっさんが行っているパチンコ店に行かなくちゃ何も進展しないじゃないですかっ!」


パチンコの雑音がなぜか増してきた。

うるさいなぁ。

そんなところで仕事の話なんかするな。

態度ってものが感じられない。

無責任過ぎる。

その反芻はんすう思考は何度目だろう。

今度はキツちゃんみたいにはならないだろうか。

そのお店の場所を尋ねると紫煙しえんを吐くようにひとつ溜息を吐いた。

殺せない溜息を。


「ふはぁー。ふぅー。なぁ、あの子どうしてる?」


急な話題転換。

本当に貴女には『常識』が無いんですか。

まぁ殺した人の家に入って堂々と盗っ人する人だ。[第零話 溜息殺し <霧霜霖・霧霜雫 編> 参照]

『常識』の欠片もないか。

この人も『変人』なのだから。


「愛想つかされてもう寝てます」


「あれあれー?愛想つかされたのか。やっぱ『普通』のお前には荷が重すぎたか」


「もう『普通』じゃありませんよ。主に貴女の所為でね!」

「おや、今日は寸断に張り切っているね。黍団子きびだんごでもあげようか?」


黍団子。

そういえば、あの激うすシソ味のポテチを情報料として渡すのを忘れていた。

まぁこの人も忘れてるだろうし、自らドツボにハマる真似はしたくない。

今度は僕が殺されない溜息を吐く。

すると外に出てくれたようで雑音がマシになった。


「キツがさー、2割6分4厘。楽しくないって」


なんでそれを貴女が知っているんですか。

もしかして尾行されていた?

確かに気配ぐらい消せるできる人だけどさ。

それってストーカーじゃないか。


「まぁ7割は楽しいと言ってくれたので」


「まぁ数字が多いほうが安心だ。で依頼の話なんだがそのおっさん、仕事があるのか知らんがたまにしか来ないんだ。だから待ち伏せしてくれないか」


「えっとですね…。一応言っておきますけどそもそもそのおっさんと顔見知りじゃないし、未成年の僕がパチンコ店の前に並んでいたらそれこそお縄になります。それと僕は早起きが苦手です」

「ふうむ、そうだったそうだった」


今更納得されても、これぐらい分かっていて当然だと思った。

貴方の脳内には何が入っているのか。

おそらく『常識』外のことばかりだろう。

僕と同じ『変人』側なんだから。


「だったらおっさんに事情を訊いてみることにするか。まったくお前というやつはまだ未成年なのか。だったらもう大人だって思い込んでおけ。いいか?ヘイストくん」


「確かに『人は思い込みでなんでも出来る』と言いますが僕は時間を早くすることはできません」


「お前、MP1しかなさそうだもんな。じゃあ私がおっさんから事情を訊くからその情報を頼りにそのガキをとっ捕まえてくれ」


「捕まえるのは警察の仕事です」


「じゃあ頼んだ」


溜息混じりに通話を切る。

また仕事を請け負ってしまった。

まぁキツちゃんの件で抜き打ちテストには合格したみたいだし。

なんて考えると、また下手な仕事を頼まれそうで嫌な予感がして堪らない。

まぁあの人の言う通りに物事は成るように成るしか無い。

どちらの選択肢を選択したところで後悔や罪悪は遺る。

要するに、流されるか逃げるかということになる。

今回はどうなるだろう。


さあ、空耳に流せないような言訳を紡ごうか。

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