第一話04 言訳紡ぎ <久槻月深 編>

▼PASTEL 喫茶店


「私はアイスコーヒーとエフォニアで。クッキーさんは決まりましたか?」


おしぼりで手を拭いながら考える。

100歩譲って女子高生がアイスコーヒーを飲むのはいいとしよう。

問題は、エフォニア。

なんだそれは。

聞いたこともない。

語感だけ聞くとパンケーキのような柔らかいお菓子を想像する。


「どうやらそんなサクサクしてるお菓子はこの店には置いてなさそうだね。じゃあカフェラテを」


「分かりました」


ベルを押す。

「少々お待ちください」のはずが「しょしお待ちください」と聞こえんばかりの声が聞こえた後、店員が来た。

彼女が注文を通していた。

僕はその間、外を眺める。

自動車が渋滞を作っていた。

この道路を行き交う自動車群とヌーの群れが競ったらどっちが早いのか。

ヌーが車を押し潰す方が可能性高いか、自動車がヌーを轢き殺すくらいの猛スピードで駆け抜けるのか。

そもそも僕はヌーという生き物を見たことがなかった。

取るにたらない言訳事いいわけごとふけっていた。

ただ、耳はテーブルに傾ける。


言槻ことづきさん、今日はアルバイトの日だったんだ」


「そうなんですよー」


「だから私と一緒に部活を早退したと」


「ソータイ?あーしましたね。あ、店長に呼ばれちゃった。そろそろ行かなきゃですぅ」


「じゃあお水をちょうだい」


「はいっ、わっかりましたー」


店員が去っていく。

この子は僕の方を向いて口を開いた。

眉を細めて不機嫌そうな顔をしている。

なにかしたかな。


「そろそろ良いんじゃありません?なんであの子の前だとふてくれているんです?」


「いや、まぁ生理的にね」


生理的。

どこからともなく出た言葉。

目の前に居る子の方が口走ってそうな言葉だ。


「そんなに悪い子ではありませんよ。たまに言い間違えるだけで」


あれは素だったか。

単にこちらを穴におとしめる手段だったのかと。

そこまで頭が切れるなら、あんなデタラメこと言わない。

単に頭の出来が悪い子なんだろう。

良い意味で、天然キャラ。

悪い意味で、お馬鹿さん。


「ちゃんと部活にも参加してますし。あの子、縦笛だって吹けるんですよ」


縦笛ってのはリコーダーか?

授業で習うやつだよな、それ。

やっぱり頭悪そうじゃないか。


「それに私もあの子に元気を貰ってるんです」


そういうフォローも耳に挟む程度。

さて電信柱に止まっている鴉を白鳩に変えたらどれだけ地球環境が救われるだろうか。


「貴方って人は聞かない話は聞かないんですね。それとも複数の事を同時に出来るデュアルタスク人間ですか?じゃあデュアルさんですねー」


「それはカードゲーム始めそうな感じがする。って僕にそんな超能力はないよ」


「デュアルタスクって超能力というほどものですか?私は超能力というのは瞬間記憶能力とか絶対音感みたいことだと思ってますけど」


瞬間記憶能力。

忘れることができない能力だっけ。

それは超能力なのか?

外を見るのを諦めて目の前の子の首筋を見た。

そこにはなんの傷も見当たらない。

白い肌があるだけだ。


「でもさ、絶対音感は才能の分野に入るんじゃない?」


「そう分類する事も出来ますね」


すると注文が来た。

言槻とは別の店員。

アイスコーヒーを僕の手前にカフェラテとパフェみたいなものを前の子に置いた。

これが噂さのエフォニア。


見た目はセルクル型。

パフェグラスの下部には粉末のチョコレートをトッピングされたバニラアイス。

上部から中部に掛けては段数を重ねてた生クリームと一口サイズのバナナとイチゴが交互に並んでいる。

てっぺんには空洞の空いたチョコ棒がグサリと刺さっている。


パフェにしては入っている量が少ないしデザートにしては多い気がする。

例えるならば丸いショートケーキに黒い竹筒を刺した感じ。

それを片目に眺めつつ、僕はカフェラテとアイスコーヒーを取っ替えた。


「気が利くんですね」


「どういたしまして」


彼女は生クリームをすくい口に含んだ。

もふもふ。

幸せそうに咀嚼そしゃくしている。

眼がきらきら星に見えそうだ。

2口目でスプーンで器用にイチゴと生クリームをすくってスッっと僕の方に差し出した。

そして、にこっと笑う。


「食べます?」


「遠慮する」


「あら意外ですね。さっきのお返しに私と間接キッスが出来る特別券を」


「そういうことは彼氏にしなさい」


「居ませんよ、そんなの。今時の若者は路上でもしてますよー?ちゅっちゅっと。援助交際や親近相姦。結構な事じゃないですか。そんなのに比べればキッスなんてまたまだお子ちゃまですよ。ましてや間接ですから」


後半から何だか勢いが良くなった。

一体この子の頭の中はどういう想像で埋まってるんだ。

確かめたくもない。

そもそも…。


「今は食事中だからそんな事はさ」


「そうですね。食事中に話す話題でもなかったです。では、あのカラスがハトになったらどれだけ地球環境が救われるかを話しましょうか」


それからは他愛も無い世間話をして時間を潰した。

電柱に止まっているカラスの話、道行く人が人生ゲームの棒人間になったらどれだけ無駄な動きが減るだとか、言槻瑞歩の言い間違い聞き間違い特集とか。

飲み物だけでここまで時間を潰せたのは初めてかもしれない。

言槻がたまに寄ってきたと思う。

その度、目の前の子と何か話していた。

まぁ特に関係ない話だろうとカフェラテを啜ってやり過ごした。


「外もだいぶ暗くなってきましたね」


ふと見ると、本当に暗い。

電柱に居るカラスが本当に居るのかも分かりずらい雰囲気。

眼の光なのかクチバシの色か何かは知らないがうっすらと淡く光り輝いて見える。

もうそんな時間か。


「これからどうします?私はまだここに居ても良いですけど」


「でもそろそろ、帰った方が良いんじゃない?明日も学校だろうし宿題とかもあるんじゃない?」


「宿題は学校でやっています。なんて言訳が利いたら良いですけどね」


「つまり、やってないんだね。でもこんな時間に女の子一人を帰らせるのも…」


目の前の女の子は不満そうにグラスのふちを指でなぞりながら答える。


「今、私は独りではありませんから。ところでウソッキーさんは今日、泊まる所とかあるんですか?」


「別に泊まる気はさらさらないよ。それから僕はそんなにクネクネしてる謎生物じゃない」


「でしたらオールナイトと行きましょうか」


縁を撫でた指を口に滑らせくわえる。

なまめかしい。

部屋の中ならいざ知らずここまでくると、もう誘ってるようにしか見えない。

自己紹介をしたとはいえ、素性の知れない男にこの態度。

この子は自分のことに関しては好きにしてくれと言わんばかりだ。

でも僕は牢には入りたくない。


「一晩、女子高生と一緒ですよ?そうそう無い機会じゃないですか」


「でも親御さんがいるでしょ。門限とかさ」


「ですからは私の事なんて眼にもしてません」


僕の意見を途中で遮った彼女は一口、アイスコーヒーを含んだ。

今訊いた方が良いかな。

その背中にあるだろう傷の詳細を。

最近の子供は色々複雑な事情を抱えているとあの人から聞いた事がある。

そこに首を突っ込むと何とか。

肝心な所を覚えていない。

僕は財布の中身を見る。

とてもオールナイトできるほど重くない。


「はぁぁ…貴方はお金が無いと何もできない人だったんですか?私はそんな常識人を相手にしていたなんて」


「まぁお金は無くたってオールナイトは出来るけどさ」


はぁー。

もう一度、溜息殺すこともなく吐き出した。

そしてアイスコーヒーを全部飲み干して席を立つ。


「でしたら私はおいとまさせていただきます。これ以上ここにいても意味ありませんから」


カバンから老人か幼稚園児くらいの子供が持ってそうな茶色のガマ口財布を取り出す。

その中から丁寧に折り曲げられた千円札をテーブルの上に置いた。

バシンッ!と景気のいい効果音。


「おつりは、帰りにでも使ってください。カラオケよりかは使い道が良いはずですから」


背を向けたところでスカートの裾を引っ張った。

もう少し強かったら脱げていただろう。

それでも振り向いてくれない。


「貴方は私の着替えを見れただけで幸せでしたね」


「分かったよ、分かったから」


「なにが分かったんですか?人の話をどれだけ聞かないかですか!それともどれだけ自分がド変態なのかですか!!」


またもエクスクラメーションマークの怒鳴り。

周囲の視線が一同にこっちに集まった。

もうここには来れないじゃないか。

何してくれてんだか、この小娘は。


「言う通り今、独りじゃない。少なくとも僕は。それだけは忘れないでくれる?じゃあカラオケにでも行こうか。キツちゃん」


僕はスカートから手を離し折り畳まれた千円札を持ってキツちゃんの袖を取った。


「ぁ…やっと呼んでくれた」


――――――――――――――――――

▼雨文


「じゃー、じゃー、しゃー」


少しずつ水足が減る中、ふと、顔に付着している感触。

触れてみると、一つ雫が潰れた。

それは今降り注いでいるものなのか、自分の体内で生成されたものなのか。

鏡に映る群衆の音は徐々に無くなっていくのに触れている部分だけがまだ降り続いている。

その足跡を辿ってみると自分の眼に辿り着く。


どうして眼から外と同じものが流れているの?

どうしてこんなにも懐かしく感じるの?

これ、なんだっけ。


雨女は、自分でも世界でもない誰かに問うた。


「ばちゃぱちゃ」

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