第一話03 言訳紡ぎ <久槻月深 編>

▼久槻家


彼女の歩みは結構早く僕も着いていくのがやっとだった。

競歩部でも入っているのだろうか。

そもそもそんな部活があるのだろうか。

都内大学でも少ない気がする。


「着きました」


彼女が歩みを止めたお陰でどこかに着いた事は分かった。

ただ常に下方向を向いて歩いている僕はその場所がどこなのか解らないわけで。

要するに彼女の背中にぶつかりそうになった。

顔を上げてみるとそこには赤い扉があった。


「ここは?」


彼女に質問してみた。

けれど、どうやら僕の意見など耳に入っていないのかその扉に鍵を突っ込み開けた。


「入って」


何の躊躇もなく、何の戸惑いもなくそう彼女は言った。

見ず知らずの人間を勝手に家に入れることに逆に抵抗感を覚えたけど、今は気にしないでおこう。

中は殺風景という程芳しくもなく派手でも無い。

目の前にまるで毎日、雑巾掛けでもしてるかのようなキラキラ輝く廊下があった。

いや、きっと毎日しているのだろう。

まぁ雑巾掛けではない、か。

その上をスリッパを履いて彼女が歩いていく。

僕もスリッパを適当に履き彼女の後を追った。


一つの部屋に入ってみるとそこは思春期真っ只中の女の子の部屋だどは思えなかった。

好きなタレントのポスターも無く、

ベットの下に散らばっている雑誌も無く、

漫画と教科書の比較すらままならない勉強机すら無かった。

代わりにあるのは―――――

病院によくある簡易ベッド。

昔よく見かけた階段状のタンス。

破れていない障子。

埃すら見当たらないアナログ時計。

蛍光灯が壁に掛かっていただけだった。


殺風景とはこのことをいうんだろう。

彼女が僕の方を向いて、というか対立してずっと僕を睨みつけている。

何か悪い事したかな。

ふーっ、と溜息が聞こえた。

彼女が呪縛みたいな目線を僕から空へと切り替えた。


「貴方は本当に私を探しに来たんですか?」


僕が黙っているとそのまま続けた。


「返答が無いということはそういうことですね」


すると彼女は簡易ベッドに寝転ぶ。

右手でこっちへ来いと合図している。


「貴方は女子高生と寝たいとは思わないんですか。では、脱ぎましょうか」


「自分を卑下ひげしない女子高生にそんな行為をされる覚えはないね」


制服を脱いで綺麗に畳んでいる彼女。

僕の声に驚いたらしく、わざとらしく口に手を当てている。


「へぇ、もっと紳士的な声かと思いきや意外と子供っぽいですね」


続けてカッターシャツを脱ぎだした。

そろそろマジで止めないといけない。

この子はデリカシーなんて無いんだろうか。

いや、そう考えると、デリカシーが無いのは僕の方か。

廊下の方へ足を踏み返す。


「どこに行くんです?」


「乙女が着替えをするのに紳士が居てはいけないじゃないか」


「乙女の着替えを観るのも紳士の役割ではないでしょうか」


それはどんな理論から成り立っているのか。

目の前の子は脱いだカッターシャツをこれまた丁寧に畳む。

白いキャミソール姿になる。


「もしかして、いえ、もしかしなくても乙女の着替えを観るのが初めてなんて言わないでしょうね。貴方に1割程度の変態要素が有ることを願います」


キャミソールのすそにも手が伸びる。

本当に女の子かどうかが怪しくなってきた。

だから会話を続けて時間を稼ぐ。


「一つ質問していいかな。乙女ちゃん」


「なんです?紳士さん」


「初対面の人に着いて行ってはいけませんって言われなかった?」


「着いて行ったりしてません。連れて来たんです」


「僕が君を殺めるかもしれないんだよ?」


「その前に犯されるかもしれませんね、はっはっはっ」


「じゃあヤッても良いわけ?」


「そもそも貴方みたいな人はそんな不埒ふらちな行為はしないでしょう」


お見通しだった。

安堵する自分が居たりする。

僕から期待通りの反応がなかったのか、話が飽きてしまったからか、

彼女は階段状のタンスから 『BOY&GIRL』と英文字のロゴがプリントされた派手なTシャツを出して着る。


結果、

下スカート、上Tシャツ姿。

うん、実にダサい。

そしてベッドから降りて立った。


「さて、どこへ行きましょうか」


それはデートの誘いでは無いことは確実だった。


「意見が無いのであれば、私が先導しますが?あれ?どうしました?私の半裸を見ていかがわしいご想像に浸ってました?でしたら、ごめんなさい。途中で水を差す様な事をして。では私は無言で居ますのでどうぞご自由に」


反論を与える暇もなく話を勝手に進める。

ベッドに座り直して脚を組み直し、女の子座りをした。

色っぽい瞳で見詰めてくる。

瞠視どうし

『かわいい』

『あざとい』

『いやらしさ』

というものは感じられない。

そのダサいTシャツのお陰で。


「君に付いて考えた訳ではなくて。僕は…」


「あっ、そういえばそうですね。自己紹介するのを忘れていました。私、自分の名前を自分で呼ぶ痛い女ではないですから全然気が付きませんでした」


生徒相手と僕相手に声色を変えた先生のように。

これが彼女の僕に対する会話方法なんだろう。

丁寧に両手を広げて手振りまで付けているのがその証拠だ。

彼女は続ける。


「では自己紹介を忘れていた罪滅ぼしとして初めは私から―――」


罪滅ぼし。

どちらかというと僕の方が先に言われなければいけないはず。

それでも最初を選ぶという事は、この子はこういうことに関しては最初を選ぶのかもしれない。

そう推測していくとこの子の性格が分かりそうな気がする。

少なくとも積極的や消極的のどちらかだと問われるのならば前者になるかもしれず。

今まで消極的な部分があったとは思えない。


先生に対しての怒声。

歩くスピードの早さ。

自宅に初対面の男を入れるいさぎよさ。

もしかして普段は消極的であるが一定の場所で、一定の人数の場合にのみに積極的になるのかもしれない。

最近はそんな子供が多いと纏った赤色のわりにはやる気の無い『溜息殺し』から聞いた覚えがある。

えーと、何だっけ?


場面沈黙症?

画面感黙症?

アスペルガー症候群?


おそらく最後のは違うだろう。

たぶん前者の2種類のどちらか。

全部違うかもしれない。

そういえば今、あの人は何をやっているんだろう。

確証として突けるなら『仕事』はしてないと思う。

あの人はそんなに『仕事』に対して積極的な方では無い。

むしろ興味薄だそうだ。


「―――です。ですから私を呼ぶとき時は『キツ』と呼んでくだされば結構です。フルネームで呼ばれるのが嫌なので」


キツ?

なんだその長いクチバシを使って高速で木を叩く生き物みたいなあだ名は。

僕はちゃぶだい近くに座り対峙たいじした。

ふと疑問に思った事を質問してみる。


「漢字は?」


「はい?」


「君が外国人じゃない限り、日本人の名前には漢字が使われているはずなんだけど」


「私が外国人に見えます?ふふんっ」


上機嫌に肩に掛かった癖っ毛を揺らして魅せてくる。

たぶん本物の外国人はそんなことはしない。


「ここまで日本語達者な外人は見たことないよ。じゃあ呼ぶときは呼び捨て?ちゃん付け?」


「この際、ちゃん付けでも構いません。では貴方の事は何と呼べばいいですか?」


考える。

僕としてもあまり本名は人に教えたくない。

嫌いだから。

あの偽名にしようか。

悩んでいるとこの子が口を開いた。


「もしかしてご自分の良いあだ名を考えてます?こう見えても良いセンスしてるって後輩に言われるんですよ。んーそうですね………」


んー、んー、んーっとうなる。

ベッドに寝ころびながら腕を組んでいる少女。

別にそこには何の風情も欲情も感じない。

スカートは壁の方向いているので中身も見えない。

わざわざ見ようとも思わない。


「マッキーしか思いつきませんでした」


水でこすったらすぐ消えそうなあだ名だ。

良いセンスのカケラも無いじゃないか。

何か思い付いたらしく勢い良く飛び上がった。

蛍光灯のヒモにぶつかるみたいなドジッ子はやらなかった。


「ピチピチラムネってどうですかっ!結構可愛くありません?」


きらきら星が見えるような輝きに満ちあふれた眼をしてくる。

ラジオでありそうなあだ名だ。

『ペンネーム、ピチピチラムネさんからのお便りです』

本当にありそうだから止めて欲しい。


「長ったらしいじゃないか」


「んじゃピチラム」


今度は海岸に座礁打ち上げられた魚のようだ。

ぴちぴと砂浜に跳ねる情景が浮かぶ。


「でもピチラムじゃ4文字だから、ピラム」


「思いっきりピラフじゃないか!」


「そう、ピラフ!何だかピラフとかマンボウとか話していたら、お腹が空きました」


突っ込んでやると手を叩いた。

マンボウの話なんぞしてない。

マンボウ…。

果たして食べれるのか。

そういえば何十分、この子と話していただろうか。

家族の介入がない。

共働きなのかもしれない。

このまま話していたらいずれは帰ってくるだろう。

『溜息殺し』のあの人が最終的にどうするか知らないけど、ここまでしてくれたこの子との接点を持っておくのは悪くないはず。


「そうだね、どこか喫茶店でも行く?」


「こんなところに居たらお喋りしかできませんし」


「喫茶店でもそう変わらないと思うけどね。もしかしてその格好で行くの?」


「なにか問題でも?」


さも当たり前のように言う。

規定の制服スカートと英文字のダサいTシャツ。

本当はどちらかに統一して欲しい。

まぁ細かいことはなんとやらだ。

背も相まって一見、高校生より中学生に見えそう。


「なんでもないよ。でどこか良い所ある?僕はあまり天蒲ここに来た事が無いから案内してくれると嬉しいんだけど」


「では、どんと私めにお任せください」


ポンっと拳で幸薄そうな胸を1つ叩く。


「そうなれば早速行きましょうか。あっ、でも…」


廊下まで進むも一旦、部屋に戻る。

そしてベージュのロングパーカーを羽織ってくる。

この子は言動とは裏腹に可愛らしいのかもしれない。


――――――――――――――――――

▼街道


外は肌寒い訳でもなく暖かい訳でもなかった。

その中間。

黄昏時たそがれどきにはまだちょっと早いのか、お天道様は山の上ではなかった。

空模様は晴れで、追加要素を加えるなら雲が所々あるというところ。


「るんるんるん♪」と上機嫌で先導してくれる女子高生。

まるでデートのようだ。

でも本当にこの子の背中には傷があるんだろうか。

パーカーの後ろから垂れたフードを見ていても想像もできない。

それは一体どういった経緯で出来た傷なんだろう。

僕は外堀から埋めていくことにした。


「ねぇ、そういえば親御さんは大丈夫なの?」


は放任主義なのです」


その歳で放任主義って言葉をよく知ってる。

一体この子の親は娘を見ず知らずの男に取られてると知ったらどうなるだろう。

嫌なイメージしか沸かない。

そうか!

あの『溜息殺し』はこれが嫌だから僕に投げ渡したな。

同族嫌悪女狐め。


「この辺にはポツポツと喫茶店みたいな小さいお店があるぐらいですね。まあ最近はどこのお店も賑わってますから」


香ばしい匂いが漂ってくるパン屋。

シャッターの開いている商店街。

結構な土地を陣取ってるゲームセンター。

その上の方には大掛かりな飾り付けをした観覧車があった。

凄いな、あれ。

絶対乗りたくはない。

何だか貧富の差を感じて、ますます下を向いて涙を零しそうだ。

やはり僕が住んでいる田舎の町より都会の街だ。


「ここで良いですか?ピンキーさん」


「あんな可愛らしい猿じゃないけどね」


顔を上げると思わず足を戻してしまいそうな店だった。

さっきの榊原のように何歩も脚が引いた。

そこには猫耳の生えた人型生物の看板。

案内されたんだ。

ここで引き下がるわけにもいかない。

よし、行ってやろうじゃないか!

男性の一度は行ってみたい店ベスト10位中3位ぐらいに入ってそうなそんな―――。


「ん?ヒッキーさん。こちらですよ」


どうやら僕の見ていた店は違ったみたいだ。

そこはよく見ると地下へと続く道がある。

あの子がくぐったドアは、目の前の店。

地下にある店なんて一人では絶対に入店したくない。

それにしても、ヒッキーって。

僕はそんなにインドア派だっけな。

たしかに自ら出歩くことはそうそうないけどさ。


彼女と同じように目の前にある自動ドアを潜った。

店内は文字通りの喫茶店でまばらにも客と店員がいた。

それだけ安心する。

誰も付け耳をしてないしピンクのハートをかたどったフリル服を着てはいない。

僕は彼女の先導で道が見える席へと席を下ろした。

店員が水とおしぼりを持ってきて彼女と僕の前に置いた。

新鮮味のない営業スマイルをして去っていった。

メニューは既に案内人の手にあった。

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