第一話02 言訳紡ぎ <久槻月深 編>

▼天蒲市立高等学校 校門前


校門から少し離れた所で待つ。

幸いながら校門の近くにベンチがあったので腰を下ろす。

自販機でコーヒーを買う。

待つこと数十分、下校時間なのか

校門から生徒がぞろぞろと出てきた。

この中から探せと言われても

どの生徒がくだんの女の子なのか分からない。


一人一人訊けばいいか。

ってそんなことをしたらまた変態扱いされるじゃないか。

自分が男だという常識すら頭の外だった。

危ない危ない。

では、どう捜せばいいのかとカフェインの入った脳味噌で良案を練っていると影がひとつ現れた。


「どこみてんのよっ!!!」


今度はいきなりにも程があるくらいに大声で怒鳴られた。

声の主の方を向くと、これまた女の子。

さっきの言槻ではない。


白いカチューシャ。

長い黒髪の後ろはゴムか何かで留められている。

それが左右に分かれている。

たぶんツーサイドアップ。

スカートは膝下。

襟を立てることもなく全身的に乱れが一つもない。

袖には、緑色の腕章。


「考え事をしていたんだ」


その子は目の前に居たのに、その倍以上の距離を離してくる。

まるで気持ち悪いものを見るような眼をした。

明らかに引いている。


「ひぃぃ…考え事なんていかがわしい」


「はぁ?なんでそうなるんだ」


「いいえ!男性が考え事するときは9割がいかがわしい事です!」


「それは偏見だ。でなにか用事?」


「貴方が不審者なのか判断しにきたんです」


「じゃあどっちに入る」


「間違えましたNGです」


どっちにしろ捕まってしまった。

遅かれ早かれこうなることは薄々思っていた。

だがそれを逆に利用できないか、と考えていた。

言訳を紡げば最悪の事態を変えることぐらいはできるはずだ。


「なら、どうすればいい?刑務所にでも行けばいいのか?」


「あっさり自分の罪を認めるとは命乞いですか。とにかく今は忠告ですが次はこうはいきませんから」


やはりこの子は生徒会の類の生徒だったようだ。

普通なら教師か警備員のはずが、どうして生徒が見回りをしてるんだろう。

でもそれだけ顔が広いなら目的の子も知っている可能性がある。


「なぁ、こっちからも質問いいか?」


訊ねると、ものっすごい長い溜息を吐かれてた。

呆れたような表情ですっぱそうな口を開く。


「命乞いを見逃したってのに貴方って人はどれだけ恥知らずなんですか」


「この学校の2年生で背中に傷がある女の子っている?」


これも言うべき台詞じゃなかった。

しまった、と。

それは、後の祭り。

その祭りはきっと楽しいものではないんだろう。

呑めや歌えや。

そのさかなはきっと吊された僕だ。


「やはり貴方は今捕まえておくべきですね!」


いきなり僕の上着のえりを掴んでベンチから下ろしてズカズカと歩いていく。

飲みかけの缶コーヒーが転がっていった。

息苦しい。

よりによって何でそこなんだよ。


「せめて腕とかにしろよ!」


「男の子ならまだしも男の人の身体にはあまりにも不純が多いので嫌なんです!」


「なっ、離せ!話せば分かるって!」


「この状況で駄洒落が言える男性は、変質者ですっ!」


「それは偏見だって。どこに連れて行く気だっ」


「職員室です!」


首根っこを引っ張られてるので周りの生徒からも注目を浴びてしまう。

不幸中の幸いか、その中に一人、髪に見覚えのある生徒が居た。

アホ毛。

赤い大きいリボン。


言槻ことづき!言槻瑞歩!こいつに言ってくれ!違うと」


すると言槻は僕に向かってウインクをした。

手をメガホンのように丸めて引っ張っている子に向かって叫ぶ。


「センパイ!その人は私達の着替えを見学しに来たので離していただけませんかー」


「やはり貴方はそういう人なのですね!」


引っ張る少女は言槻の言うことを信じやがって離そうとはしない。

むしろスピードを上げた。

それに比例して息苦しさに拍車が掛かる。

目の前が段々と霞んでいく。

このまま行くと本当に職員室に連れて行かれてしまう。


榊原さかきばらさん、お待ちなさい」


鶴の一声。

どうやらこの暴走少女を止めてくれるありがたいお方が居た。

すると榊原と呼ばれた少女は急ブレーキをかける。

足元を見ると土埃つちぼこりりが巻き上がっていた。

時速何キロで走ればそうなる。

僕は荒い息を呼吸をしながら体勢を整える。

顔を上げると――――。

スーツのようなグレーのジャケット。

ブラウンのスキニーパンツ。

首から垂れ下がっているのはネームプレート。

それだけで教師だと分かった。


「榊原さん、貴女って人は見ず知らずの人を不審者扱いするんですか」


「ですが、この男はいかがわしい言動に及んでいまして」


「だからといってすぐに連行してはいけません。しかも、こんな強引に。だから私は貴女を委員長にするのは躊躇ためらったんですよ。ちゃんと就任するときにわたし言いませんでしたっけ?周りの仲間と相談した上で口より先に手がでないことと」


「………はい、すみません」


「では持ち場に戻りなさい。この方はわたしが相手をします」


榊原と呼ばれた生徒が去ろうとするときにこっそり同じように校門を出ようとするとまたもや首根っこを掴まれた。

衝撃で転びそうになるが何とか両脚の踏ん張りが効いた。


「まだ話は終わってないのに何処どこにいくんだ?まず動機から聞こうか、少年」


生徒相手とは異なった声色。

さっきまでは、高い声だったのに今は、男性のように低かった。

いや、こっちの方が普段使いなんだろう。

たまたま通り過ぎただけだとその場を濁して一歩前へ踏み出したがやはり右足は出なかった。

捕まれた首根っこから手が離れる。

黒色の鋭い眼光で僕の顔を睨んだ。

凝視。


「まだ事情は聴取できてない。まずは名前から訊こう」


斎藤宵春さいとうよいはる


「ふーん。で動機は?」


「さっき言ったじゃないですか」


「うちには背中に傷のある生徒はいない。で?窃盗か?」


先生はグラウンドの奥の方にある倉庫らしいところを指差す。

僕は上を指差した。

太陽が眩しいほど照り付けてる。


「いや、真っ昼間にできるわけないでしょう」


「じゃあ生徒の盗撮か」


次に先生はグラウンドを走る生徒を指差した。

総じてジャージ姿だった。

何人かはこっちを向いている。

僕は応えとしてすぐそばにある古くさい校門を指差した。

下校中の生徒から一定間隔を空けられている。


「だったら真っ正面から入りませんよ。というか僕は高校の時、一年中半袖半ズボンの格好だったので自由な服装だった教師陣が羨ましい限りでしたよ」


「君は一体どんな高校生活を歩んできたんだ」


「フツーの高校生でしたよ」


「普通の高校生は教師に嫉妬しないと思うんだが」


「それは偏見ですよ」


「偏見は個人的分析の結果だから。わたしは当てにしてないんだ」


「では、そろそろ」


もう一度トライしてみるがやはり左足が進まない。

これはもう言訳をせずにこのまま大人しく捕まるべきなのか。

少しの無言の後、一向に狼のような鋭い目線を外そうとしない先生は再び口を開いた。


「立ち話もなんだからちょっと座って話さないか?」


「こんな地面に座ったらケツが汚れますよ」


「貴方の精神年齢は偏見で測るほどでも無かったですね。さぁ着いてきてください」


さも呆れたように両手を胸の内に広げた。

そして今度は引っ張ることはせず校舎に向かって一人でに歩き出す。

ここまでされて逃げたら言訳無しで変質者扱いだろう。

人生が終わった気がする。

吐きそうになる溜息をどうにか心で殺して先生の後に続く。


「先生、その人を離してください。その方は私を探しに来てくれたんです」


校舎から透き通った声がしたかと思うと前方を歩いていた先生が足を止めた。

その所為せいでぶつかってしまいそうになる。

なんとか身を取り退き衝突を防いだ。

声の主を確認するために首を傾ける。

そこには、1人の女の子が立っていた。


肩まである茶髪のセミロングの女の子。

ところどころ曲がった枝毛が目立つ。

横髪に、白いピンを付けている。

左頬に、1つの小さい黒子ほくろ

背は言槻よりも高く、榊原よりは低い。

言槻が140cmとしたら榊原は160cmとなる。

この子は150cm弱といったところ。


「あら、久槻くつきさん、部活は?」


声が生徒相手に高音に戻る。

教師というのは声を操るのも仕事なのか。

久槻と呼ばれた少女はたかのように鋭い眼光をして先生と対峙する。


「途中で抜けてきました」


「それはいけませんね。ちゃんと部活動には参加しないと」


「ですから早退という形で後輩にはそう伝えて来ました」


言うが早いか、僕と先生の間に入り混んでくる。

トウセンボと言わんばかりに手足を広げる。

身体を漢字の『大』の形にした。

女の子がやっているところを見るとなんだか滑稽に見えてしまう。


「久槻さん?なにがしたいの」


「この方は私を探しにきたんです」


「何を言っているの?この人はね、我が校の名誉を汚しに来たんですよ」


なんだか徐々に経緯がレベルアップしてきている。

最初はまだ着替えだったのに。

今や名誉毀損めいよきそん

もはや、変質者ではなく犯罪者扱い。

嫌なレベルアップだ。


「そんな事ありません!そうですよね?」


クルッとこちらを向く。

鷹のような眼光そのまま。

真顔で僕に問いかけてきた。

ここで言槻や先生の言ったことを丸呑みしてしまえば最悪の事態になるので頷いた。

それを確認すると久槻と呼ばれた少女は再び先生の方を向いて深呼吸をするように息をすぅぅぅと吸う。


「今日は帰ります!!」


エクスクラメーションマークを2つ付けて先生を怒鳴り付けた。

僕には小さく「着いてきてください」と呟いて勝手に先を歩いて行く。

残された先生と僕は衝撃の余り立ち尽くしている。


「早く行ってあげなさい」


先に正気に戻ったのは先生の方で、ぼぉーっと突っ立っていた僕に声を掛けてくれた。

肯定の意志表示もせずに久槻と呼ばれた子の方へ足を動かす。

今度はしっかりと右足が地面を踏むことができた。


――――――――――――――――――

▼雨文


「ざーん、ざ、ざー」


これだけでは物足りなさを感じる。

その原因を模索していた。

本当は最初から分かっていた。


でも、どこにも行かない。

だから、なにも動かさない。

それを解決するものが、ここからじゃあ程遠いだけ。

り続くものだけでは、なにも消えはしない、

り続くものだけじゃあ、なにも失せはしない


だから雨女は理想通りいく答えを探す。


「じゃー、じゃー、しゃー」


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