第229話初めての遠足?
「——さて、それじゃあ初めての……なんだ? 共同作業? を始めるぞ」
宮野達四人とのデートを終えてから一週間ほど経過したわけだが、結局俺がこいつらにどういうスタンスでいるのかを確定させることはできずにいた。受け入れるわけでもなく、かといって拒絶するでもなく、だが以前より少し縮まったような距離感……言うなれば仲間以上恋人未満とでもいった状態でひとまず落ち着くこととなった。
心なしか近くなった距離の宮野達と共に、現在俺は新調した装備を見に纏いゲートの前にやってきていたのだが、一点だけいつもと違うところがある。そのせいで、〝共同作業〟なんて訳のわからないことになっているのだ。
「共同作業はなんか違くない?」
「そりゃあわかってるが、つっても他になんか言いようがあるか?」
「遠足?」
「遠足って……晴華ちゃん、ここダンジョンだよ?」
「でも、戦力的には大抵のことには対応できるはずよね。少なくとも、正面から攻めてくるような敵には負けないと思うわ」
「だとしても、油断はすんじゃねえぞ……って、今更お前達に言う必要なんてねえか」
佐伯さんから指示されたこのゲートは、まだ誰も入っていないできたばかりのものだ。入っていないといっても、それは正式に探索していないと言うだけで、中の環境がどんなものかくらいは軽く確認してあるが。
だが環境はわかっていても何がでてくるか、どんなことが起こるのかはわかっていない。
今回のゲートは街中に発生しており、放っておけば人の暮らしに支障をきたすということで、俺たちが対処することになった。
対処といっても、ダンジョンの破壊が目的ではない。もちろんそれを目指すが、中で取れる素材が使えそうなものや未知のものであれば、それを確保するためにダンジョンの危険を確認するだけダンジョンを破壊することはなく終わる。
これも『勇者』の仕事の一つ。未確認のダンジョンに無闇に人を送るわけにはいかないので、最初っから最高戦力を送って確認する。
もっとも、すべてのダンジョンを勇者が確認すると言うことはできないので、街中などの人通りが多く、社会に影響が出そうな場所に限っているが。
しかし、これで宮野も何年も『勇者』をやってきたのだ。今更ことのほか緊張する必要はない。——普通ならば、だが。
最初に口にした〝共同作業〟というのは、宮野達を対象とした言葉ではない。では誰を対象とした言葉のかといったら……
「あの、お父様……」
「ん? どうした?」
「その、えっと……これは、遠足なのですか? お弁当とか持ってきていないのですが……」
「あー……遠足ではないから安心しろ」
「遠足ではないのですか……」
「こ、今度な。また今度そのうち遠足に行こうな?」
「はい! その時は私がお弁当を作らせていただきますね!」
「ああ。よろしくな」
先ほどの言葉の対象となった人物は、何を隠そうニーナである。
俺が宮野達とだけデートをした……外に出て一緒に遊んだことがバレたようで、ニーナが自分も遊ぶのだと、外に行くのだと機嫌を悪くした。
その結果、ニーナとも一緒に外に出て遊ぶことになったのだ。今の状況を〝遊ぶ〟と称していいものかわからないが。
だが、ニーナを外に出すには何日どころか何週間も前から申請し、計画を練り、許可を受ける必要がある。しかし、そんな時間をかけていてはその間ずっと不機嫌なままだ。
そこで、佐伯さんと一計を案じ、『街中にできたダンジョンを破壊するためにニーナを派遣し、たまたま滞在していた伊上浩介を操作役として共に派遣する』ということになった。これならば無駄に時間をかける必要はない。
元々、近いうちにゲートが出現することはわかっていたし、ちょうどよかったといえばよかった。
単なるゲートの対処に送り込む戦力としては、些か以上に過剰だと思うが。
「んで、まあそれじゃあ、そろそろ切り替えろ。仕事だ」
「あんたとこうしてダンジョンに入るのも久しぶりねー」
「俺の体感としては、一年どころか半年も経ってないんだけどな」
「実際は三年ですからね。私達としては、本当に久しぶりです」
「ま、それはそれとして、入るぞ」
俺としては一月、宮野達としては三年、ニーナに至っては初めてとなる共同でのダンジョン探索。それがようやく始まる。
「見たところ……んー……平原って感じ?」
「でも、霧があるね……」
「聞いていた通りの環境だけれど、これだけの霧だと普段よりも奇襲なんかを警戒する必要があるわね」
「熱源はない」
そうしてゲートを潜ってダンジョンに入るなり宮野達が周囲を警戒しているが、その動きに澱みはなく、これまでも何度も似たようなことをしてきたのだろうと理解できる。
……やっぱり、前よりも成長してるな。以前は新規のダンジョンの探索なんて教えなかったのに、よくできてる。
「ん?」
そう感心して宮野達のことを見ていたのだが、ふと違和感を感じた。
なんだこの感覚。体験したことない感じだが……ダンジョンの奥からか?
「どうかしたの?」
「いや……なんだこれ?」
俺の変化に気がついたのか宮野が声をかけてきたが、なんと言えばいいか……
「何かあったんですか?」
「……なんと言えばいいのか……あっちから嫌な反応……ではないな。なんとも言えない気配のようなものを感じるんだよ。お前らは何にも感じないのか?」
何かどこかに繋がっているような、空気がまとわりついて俺を掴もうとしているような、そんな不思議な感覚がある。最初は本当に些細なものだったが、集中してみると確かに何かを感じる。
「なんかある?」
「……何も感じないわ」
「私も」
「うん。私も、何も……」
だが、そんな俺の感覚を宮野達に話しても、宮野達は周囲を警戒して確認をしたが何も感じないと不思議そうな顔をして顔を見合わせている。
勘違い? いや、それにしては……
「それではお父様、行きましょう!」
そう言いながらニーナが俺の手を引いて進もうとした方向は、偶然にも俺が違和感を感じた方向だった。いや、俺が指したからそちらに進もうとしているのか?
「おい、ニーナ。ちょっと待て」
「? どうかされましたか? コアを壊しにきたのですよね?」
「それはそうだが……お前は何か違和感を感じないのか?」
正確にはダンジョンの核を破壊しにきたわけではなく、その調査が基本なのだが、今はそのことはおいておこう。
「違和感ですか? いつも通りですけれど……」
「……そうか。ならとりあえず、警戒しつつも先に進むか」
「はいっ! それではコアのところへと向かいましょう!」
「それはいいが、肝心の核の場所が……いや、ちょっと待て。まさかお前……ダンジョンの核がどこにあるのかわかるのか?」
ニーナと話していて、突然頭に電気が走ったように一つの考えが思い浮かんだ。
先ほどからニーナは、まるでダンジョンの核がどこにあるのか知っているように振舞っていた。俺の手を引いて進もうとしたのも、迷いなく核を破壊しに行こうとするのも。
「? はい。瑞樹達もわかるでしょう?」
だが、ニーナは俺の言葉の意図がわからないのか、首を傾げつつ宮のたちへと問いかけた。
「えっと……いえ、私には分からないわ」
「そんな馬鹿な事を言わずともいいでしょうに。分からなければ、どうやってコアを破壊するというのですか」
嘘をつかれたと思ったのか、ニーナはわずかに不機嫌そうな様子を見せたが、やっぱりか。
これは宮野達が嘘をついているのではなく、ニーナが特殊なのだ。普通は、ダンジョンの核がある方角なんてわかりはしないのだから。
「しらみつぶしに探して?」
「それは……馬鹿ではないですか? 非効率すぎるでしょうに」
「でも、実際それ以外に方法がないのよね」
「あんたはわかるっての?」
「先ほどからそう言っているでしょう」
何度も同じことを言わせるなと言わんばかりにニーナは胸を張っているが、ここまで来れば確定だ。
「……伊上さん」
宮野が困惑したようにこちらへ振り向いてくるが、ニーナは嘘なんてつかないし、考えてみれば納得できることではある。
「考えてみれば、そうだよなって納得できることが多々あるな」
「そうなんですか?」
「そうだ。考えてもみろ。ニーナはダンジョンに入ってものの数時間で核を破壊してくるわけだが、そんなことが常識的に考えて可能か?」
ニーナはダンジョンに入って数時間……早ければ数分でダンジョンの核を破壊してくることができるが、どう考えても異常だ。今までは『ニーナだから』で考えることを放棄してきたが、核の位置がわかるんだったら納得できる。
「それは……」
「ダンジョンを炎で埋め尽くして全部まとめてぶっ壊してるんじゃなかった?」
「そうですね。適当に炎を撒いて、それでおしまいです」
ニーナの感覚としてはそうだろうが、その〝適当〟ってのも無造作にって意味じゃないだろう。ただ単純に、周りの被害を気にせずに思い切り、というような意味のはずだ。
「ニーナがめちゃくちゃ強い、ってのはあるだろうが、それでも限界はある。ダンジョンなんてのは、場所にもよるが日本が全部埋め尽くされるような広範囲のものだってあるんだぞ? それだけの規模の場所を、全部炎で埋め尽くすことができると思うか? 黒い炎であればじわじわと侵食していくことができるだろうが、それだと時間がかかる」
無造作に全方位に炎を放ったところで、ダンジョン内全てを埋め尽くすことなんて流石のニーナもできやしない。そんなことができるんだったら、最初にニーナが捕まっていたところから逃げ出した際に、その場所があった国が炎に包まれてるはずだ。だが、ニーナが燃やしたのはその敵の拠点周辺だけ。
全てを燃やす意思がなかったんだとしても、当時のニーナは加減なんて知らなかっただろうし、にもかかわらずその程度の被害ということは、ニーナの能力はその程度だということだ。
ニーナが消さない限り燃え続ける炎という、どこかの漫画で見たような魔法があるが、それだとゲートを潜って数時間でダンジョンを破壊する、なんてことはできない。
「だが、核の位置がわかってるんだったら話は別だ。ダンジョンの核に向かって全力の一撃を放てばそれでいいんだから。日本全てを覆い尽くすほどの炎は無理でも、日本の端から端まで届くような攻撃、あるいは、ある程度核に近づいてから攻撃を放つだけなら、ニーナの能力があれば半日と経たずにダンジョンをクリアすることは可能だろう」
そう考えればニーナのダンジョン攻略の早さも納得できる。
ただ……ダンジョンの核のある方向がわかるというのは異常であり、凄まじい能力ではある。普通ならばそんな能力があると判明したのであれば、国に報告すべきだろう。
だが、ニーナの場合は少し事情が異なる。ニーナ本人としては最初から核の位置がわかっていたから、それを普通だと思っていた。外野も、ニーナなら、世界最強ならなんでもありだ、なんて雰囲気ができていたから、誰もニーナの異常性を異常だと認識することはできず、指摘する人もいなかった。
ただまあ、ニーナの能力について理解できたのはいいが、じゃあそのニーナが示した方角に何かあるのだと感じた俺の感覚はいったい……
「あの……私のやり方は何かいけなかったのでしょうか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……普通は、核の位置なんてわからないものなんだよ。だからこそ、人類はダンジョンに危機を感じている。一つのダンジョンを破壊するだけでも相当な時間がかかるからだ。一つを処理している間に二つ増えれば、いつかはこの地球上がダンジョンで埋め尽くされることになるからな」
「だからあの者達は、あの程度の処理を私に押し付けてくるのですね」
「まあ、純粋に戦力が足りないからってのもあるけどな」
現在でもニーナに頼んでダンジョンを破壊してもらっているのは、そうしないとゲートが増え続けることになるから。その部分は三年前から変わっていない。こればっかりは仕方ないだろう。あの騒ぎが終わったからって急に味方が強くなるわけでも敵が弱くなるわけでもないんだから。
「でも、あの……先ほどの話ですと、伊上さんも核の位置が、わかるんですか?」
「あ。そういえばさっきなんか言ってたっけね」
「……正直、この感覚が核のある方向を指しているのかは分からない」
「んじゃまあ、とにかく核のところに行ってみないと、ってことね」
そうして俺は不思議な感覚を辿っていき、ダンジョンの核があると思しき場所へと向かっていき、核を見つけることができた。できてしまった。
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