第228話デート・四人目

「伊上さん。お待たせしちゃいましたか?」

「いや、そんなでもねえ」


 色々と改めて考えざるを得なかった三人目——浅田とのデートを終えた翌日、今日は最後の一人である四人目——宮野とのデートの日となった。


 ……今更だが、これまで結構人通りのある場所で待ち合わせをしているし、こんな連続で別の女の子を侍らせているところを見ている奴がいたら、どう思われるんだろうな?


 まあそれはそれとして、だ。これまでの三人もそうだったが、宮野も随分と成長したもんだ。なんというか、以前から落ち着いたところがあった奴だったが、今ではより一層そう言った雰囲気がある。端的にいえば、大人っぽくなった。


「そこは、今来たところだ、って言う場面じゃないですか?」

「そんな取り繕う関係でもねえだろ。んな嘘つかなきゃやってけねえ関係だってんなら」

「まあ、そうですね。ちゃんと事実を口にして軽く許し合えるような関係の方が、ちゃんとした恋人、と言う感じはしますね」

「だろ? まあ、俺たちは別に恋人でもねえわけだが」

「む。それは本当に余分な言葉ですよ。わかっていても言われたくない言葉っていうのはあるものですから」

「そりゃあ悪かったな」


 しかし、これからまたどこ行くか考えて歩き回って、あれそれを見て買って感想を言い合って……うんざりとまではいかないが、正直言って疲れるな。


 宮野とは気安い関係とは言っても、気を遣わないわけではない。特に、今日はお試しといえどデートなのだ。相手を不快にさせるわけにはいかないし、つまらないと思わせたくはないのだが、そうやって色々と考えると結構疲れるな。今は、昨日の浅田との話もあり、考えなくちゃいけないから余計にだ。


「ふう……んで、どっか行くのか?」


 だからだろう。小さいものではあったが、思わずため息を吐き出してしまった。


「そうですね……。それじゃあ、一箇所だけ付き合ってください」


 宮野は俺のことをじっと見つめると、何かを考えた様子を見せてから笑みを浮かべ、そう口にした。


 ——◆◇◆◇——


「——で、こんなところでよかったのか?」


 宮野に連れられてやってきたのは、待ち合わせ場所からタクシーに乗って二十分程度の場所にある銭湯だった。


「はい。伊上さんなんだかお疲れのようでしたし、ここだったら休めるでしょう?」


 やっぱり、さっきのため息は聞かれてたか。じっとこっちを見てたのも、疲労度合いを確認してたんだろうな。


「まあそうかもしれねえけど、ここ風呂じゃん。男女で分かれんだから、一緒に来てる意味ないだろ」


 銭湯といっても中々広い健康ランド的な場所だが、風呂屋であることに変わりはない。

 そして、風呂である以上は中に入れば男女で分かれることになるはずなのだが、なんでここを選んだんだ? デートでくるような場所でもないだろうに。


「案外そうでもないですよ。お風呂カフェとか知りませんか?」


 カフェっつっても、風呂の中でなんか飲み食いする、ってわけじゃねえよな?


「カフェ? ねえな。健康ランドとかそういうのならあるな。なんか中で休めたり遊べたりするやつ」

「あ、それですね。それをちょっとオシャレにした感じのやつなので、お風呂以外は中で一緒にいられるんです」


 ああ、そうなのか? 中で一緒にいて何かすることがあるってんなら、まあデートとして選んでもおかしくはないのかね。


「ほーん。まあ、お前がそれでいいんだってんなら俺は構わねえけど」

「じゃあ決まりですね! というか、ここまで来ちゃったので今から変えると言われても困りましたけど」

「そりゃそうか」


 まあ確かに、今からどっか別の場所に行こうっていっても改めてタクシー呼ばなくちゃなんねえし、無駄に時間を使うだけか。


 ——◆◇◆◇——


「なんか、思ったより色々あるもんだな。漫画喫茶と健康ランドの合いの子みたいなもんか」


 そんなわけでお風呂カフェとやらの中に入ったのだが、中は思っていた以上に風呂以外のスペースがあった。そして、俺たちのように男女で一緒にいる奴らの姿もちらほらと見受けられた。

 これなら確かにデートとして宮野がこの場所を選んでもおかしくないな。もちろん、第一に俺が休める場所をってことで選んだんだろうが、本人が楽しめそうな場所って意味も確かにあるのだろう。


 現在はデートが始まったばかりということもあり、すぐに風呂には入らず、落ち着いて話をすることができる広場的な場所で隣り合わせで座っている。


「どうですか? 気に入ってもらえました?」

「まあ、それなりには。こんなふうにわざわざ風呂に入りに来たのなんて、だいぶ前のことだったしな」

「これからも、一緒に来たかったらいつでも誘ってくれていいですよ」

「一緒にね……」


 これからも一緒に、とは昨日も聞いた言葉だな。そして、今俺を悩ませている言葉でもある。


「……伊上さん。伊上さんって、これからどうするんですか?」


 俺の反応がおかしいことに気付いたのだろう。宮野が昨日の朝だと同じように、微かに不安の色を顔に乗せながら問いかけてきた。


「……それ、昨日浅田にも言われたな。昨日ゆっくり考えてみたんだが、まあしばらくはお前達と一緒に行動するつもりだ。戻ってきたとはいえ、今の俺はなんの仕事もしてない状態だ。金そのものは、あの時の報酬ってことで一応は振り込まれてたっぽいから余ってるが、なんの仕事もしないのも落ち着かないからな。だから、住む場所や戸籍や口座なんかの諸々が用意出来次第、またお前達と一緒にいられればな、とは思ってる」


 宮野に限らず、こいつら四人に対する感情は黙ったまま、当面の行動だけを口にする。

 これがずるい逃げで、時間稼ぎや問題の先送りでしかないことはわかっているが……


「そうですか……はい。わかりました」


 そんな俺の狡さから話を逸らしたのは理解しているのだろう。宮野はわずかな間を置いて頷いた。


「もちろん、検査やなんやらでダンジョンに行っても良いって許可が出てからだし、何よりもお前たちがそれでいいって言ってくれるんだったらだがな」

「良いに決まってます!」


 俺としては冗談混じりの言葉だったのだが、その言葉に宮野がことの他反応してしまい、叫ぶ、とまではいかないが大きな声を出してしまった。


「声落とせ、アホ」

「あ……すみません……」


 大声を出したことでこちらに視線を向けていた他の客達に軽く頭を下げると、それ以上俺達に関心を持たなくなったのか視線を逸らし、俺達は俺達で話に戻っていった。


「でも、私達は別に、伊上さんだったらいつでも歓迎ですよ。……だから、待ってます」


 一旦落ち着いたことで改めてこちらを向いて話す宮野の目は、とても真剣なものだった。

 だから俺は……


「つっても、俺がどこまでやれるかは微妙なところだけどな。お前らだって三年前から成長してるだろうし、逆に俺は若返ったって言っても体の動きにまだ慣れないからむしろ弱体化してるとすら言える。ゲートの崩壊に巻き込まれた影響がどう出るかも未知数だし、足を引っ張ることになるだろうな」


 そんな宮野から目を逸らし、再び冗談めかして答えたのだった。


「それでも、私たちは伊上さんと一緒にいたいんです。それに、伊上さんならすぐに馴染むことができますよ」

「だといいんだけどな。でも……」


 真っ直ぐにグイグイ押してくる宮野からまたも逃げるように否定の言葉が口からこぼれ出てくるが、それは宮野によって遮られた。


「でも、は禁止です! 今日は休みに来たんですから、そんな難しい顔して話してちゃダメですよ」

「……難しい顔をするような話を振ってきたのはお前だけどな」

「……そうでしたっけ?」

「そうだよ」

「ま、まあ、そうだとしても、とにかく今は休みましょう」


 都合の悪いことを誤魔化すように、宮野は心なしか慌てた様子で提案してくる。


「まあでも、そうだな。せっかくお前が休みを潰してまでこんなところに連れてきてくれたんだ。だったら、適当にだらだらしてくか」

「はい。そうしてください」


 そういうなり、ぴたりとくっつくように座り直す宮野。

 元々隣に座ってはいたのだが、多少は距離が空いていた。だが、今は本当に距離がなく、なんだったら俺に寄りかかってきているくらいだ。


 そのことに一言言おうと思って口を開いたのだが、言葉にする前に再び口を閉じて結局そのことに関しては何も言わないままでいることにした。


 代わりに、文句ではなく雑談として疑問を口にすることにした。


「……お前、結構変わったな。前はもっとなんつーか、一歩引いたようなところがあったのに、ずいぶんと攻めてくるじゃねえか」

「そうですね。先日も言いましたけど……あたし、もう無駄に我慢をするの止めたんです。引かなくてもいいところで気を遣っていた結果、後悔する羽目になりましたから。だから、今度はもっと自分に正直に、やりたいことをやっていこうって、そう思ったんです。あっ、もちろん時と場合と相手によりますけどね」

「……はあ。好きにしろ」

「はい。好きにさせてもらいます」


 それにしても、なんだってこいつは……いや、こいつらは、俺みたいな情けないやつを好きになったんだろうな? 俺なんて、こんな状況になっても手を出せないヘタレで、女側からすればイラつきを感じてもおかしくない奴だろうに。少なくとも、死んだと思われた後に何年も待ち続けるような存在じゃないと思う。

 そう思うんだったら、こいつらの想いに応えるように成長しろよって話なんだが、それができればこんなに悩んじゃいない。


 ただ、それでもせめて、これくらいは言っておきたい。


「——宮野」

「はい? なんでしょう」

「そのうち……そう遠くないうち、ちゃんと答える」


 そのうち、だなんていっても所詮逃げでしかないのはわかっている。


「はいっ。なら、その時を待っています」


 だが、そんな俺の言葉でも宮野は驚いたように瞬きをした後、そう言いながら俺の手を握って笑みを浮かべた。

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